20.THE SLIME

 スライムの擬態はあまりに衝撃だった。

 

 子どもたちは大泣きの大パニックで走る。

 もう地図もなにも見てはいない。


 ただホラーさながらのあのモンスターから逃げなければならない。

 それだけを考えて走り続けた。


 「ぎゃースライム怖いー! って、ハイドラは?」

 息が切れるまで走りきって、シュシュミラが振り返る。

 そこには暗い空洞が続くばかりで自分の後方を走っていたエルフの姿がない。


 「え? あ、ほんとだ。いねえじゃねえか。ハイドラー!」

 大声で呼びかけるティガの頭をシュシュが叩いた。


 「おバカ! さっきのスライムに聞こえたらどうするのさ!」

 「そんなこと言ったって、探さなきゃだろ」


 「土地勘なし。地図もアテにならない。モンスターはあちこちにいて、行方不明の仲間が一人……。これはもう諦めるしか……」


 「待て待て待て。判断が早すぎるって。手立て考えようぜ」

 シュシュミラはえーとしかめっ面をする。


 「お前マジで、その他人に一切興味ないのどうかと思うぞほんと」

 「別にいいもん。コタローさえいれば食べるにも寝るにも困らないし」


 「お前なあ……」

 ティガがため息をつく。


 「ともかく合流しようぜ。やっぱ大声で呼ぶしかないんじゃねえか」

 「それで近寄ってくるのがハイドラか、モンスターか……」


 「迷子探しの魔法はねえのかよ」

 「そんな都合のいい魔法知らないよ。ボクが知ってるのは攻撃魔法だけ」

 「なんでそんなに物騒なんだお前は……」


 どうしようかと唸っていると、走ってきたほうの暗がりから人影が見えた。

 人影に気がついた瞬間二人の呼吸が止まる。

 先ほどの恐怖がよみがえり身体が固まるが、影から知った声がした。


 「いた! あんたたち無事だったのね」


 ハイドラの声だ。

 シュシュミラの持つ松明の灯りが届くところまできて、姿も彼女だとはっきりわかる。


 「ハイドラ! よかった。いま探しに行こうって話してたんだ」

 ティガが駆け寄ろうとして。

 「ティガ待って」

 シュシュミラが彼の背中を呼び止めた。


 「ねえティガ。ハイドラは本当にハイドラなのかな?」


 まっすぐとハイドラを見つめて目をそらさないシュシュミラ。

 緊張しているのがその声色でわかった。


 「なに言ってんだよ。どっからどう見てもハイ、ドラ……」

 ティガもシュシュミラが言わんとしていることが理解でき足を止める。


 「そうだよね。はぐれていた間にスライムと入れ替わった可能性は0じゃない」

 シュシュミラが構える。


 「ちょっと。なに言い出すのよ。私よ。ハイドラよ」


 慌てて弁明するハイドラ。

 声も姿かたちも見知った彼女そのもののように見えるが。


 「ハイドラだって言ってるぜ?」

 「そりゃ言うでしょうよ。本物でも、偽者でもね」


 「悪い冗談ね。本物だって言ってるでしょ。というか、あんたたちこそスライムじゃないでしょうね」

 今度はハイドラが二人から距離をとった。


 「え、お前がスライムなのか?」


 「バカ言わないでよバカ猫。ボクは本物のシュシュミラだよ。それを言い出したらばバカ猫だってスライムかもしれないじゃん」


 「オレはオレだぜ? そうだよ。オレとシュシュミラはずっと一緒だった。スライムと入れ替わる隙なんてなかった」


 ハイドラがさらに一歩下がって冷えた口調で言う。


 「本当にずっと一緒にいたの? 一瞬たりとも目を離さなかったわけ?」


 「そう言われると、走るのに夢中だったし、ずっとってわけじゃ……」

 じりじりと3人の距離が開いていく。


 「どうするのよ? このままスライムが紛れ込んでないか確かめるために殴りあうわけ?」

 「やべーぜ。二人がスライムなんじゃないかって思えてきた……」

 「うーん。あ、そうだ。ちょっと待って」


 そう言ってシュシュミラが鞄を下ろす。

 中から初心者セットのモンスター一覧を取り出した。


 「さっきチラッと見たときにスライムの項があったようなー。あ、あったあった」

 ぺらぺらと資料をめくり目当てのところで止める。


 「えっとね。スライムは擬態能力を持っており、獲物を惹きつけて油断したところを捕食します。それでー」

 しばらく黙読して資料を戻した。


 「わかったよ。スライムかそうじゃないかの判別方法」


 「どうやんだよ。早く教えろって」


 「スライムはね、火に弱いの。だから燃やして死んだらスライムってこと」


 ハイドラがあきれて首を振る。

 「待てよ。この中で燃やされて死なないやついないだろ」

 ティガの代弁にシュシュミラはおおきくうなずく。


 「それはそうだよね。ボクも本物だって証明するために火傷するの嫌だし。なのでーこうします」


 んしょっとスカートを捲りパンツを脱ぎ出すシュシュミラ。

 そうしてその場に座り込んだ。


 「え? なにやってんだお前? おしっこしたくなったのか?」

 「そうじゃないけど……。ん……、ふぅ」


 「いや、してんじゃねえか」

 怪訝な顔をするティガ。


 「はい。僕は今おしっこをしました」


 「いらない報告よ。というか奇行が過ぎるわよ」


 「スライムはね、老廃物を出さないの。吸収したものは全てエネルギーに変換できる」


 「そうか。つまりみんなでおしっこして出なかったやつがスライムだ!」


 「おバカ。スライムはおしっこも擬態できるよ。だからこうやって――」

 シュシュミラは地面の水溜りに松明を近づける。


 「ボクがスライムでおしっこも擬態なら火で炙れば正体を現す。なのでー反応のないボクは

本物ってわけ」


 「おお! さすがシュシュミラ天才だ。じゃあオレも――」


 しー。ボッ!

 ティガが壁に向かって立ちションする。松明を近づけるが反応はない。


 「ほらな。オレも本物だ!」

 勝ち誇るように胸をはるティガ。


 そして順番はハイドラに回ってきた。


 「ハイドラ。おしっこして」

 「嫌よ! なに馬鹿なこと言ってんの。こんなところでできるわけないでしょ」


 首を振って抵抗するハイドラ。

 しかしシュシュミラは引かない。


 「して。ティガはあっち向けさせるから」

 「イヤって言ってるでしょ。私は絶対しないからね。別の方法考えなさいよ」


 松明をハイドラの目の前にかかげる。


 「して。もししないなら直接火で炙るよ? それでも確かめられる。どっちがいいか決めて」

 低く冷徹なシュシュミラの声。

 ハイドラは表情をなくし固まった。


 「私は……」

 「ハイドラ……お前、まさか……」


 「わたシいいいいいいイイイワアアアアアアイイイアアアアアア」

 ハイドラの身体がぐちゃりと崩れる。


 「ぎゃああああ! ハイドラがスライムだったー!」


 ひっくり返るティガ。

 シュシュミラが間に割って入る。

 すでに詠唱を終えた火の魔法がスライムに襲いかかり一瞬のうちに火だるまに変える。


 ブスブスと音を立てて体液が蒸発していく。

 あっという間にどろどろの黒い塊となったスライムはそのまま地面に染みこんで消えていった。


 「じゃ、じゃあ本物のハイドラは……」

 しりもちをついたままティガがつぶやいた。


 「まあ、スライムに食べられたと見て間違いないね」

 「うおおおん。ハイドラー!」

 

 「仇はとったぞ。ハイドラ……」

 シュシュミラの目尻に涙が浮かんだ。

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