3.結婚するための条件

 「まあ、君たちが大人になることはどうでもいいんだ。それじゃあ、さっそく……。コタロー! ボク大人になったから結婚しよー!」

 「待て待て待て! 待ちなさいって!」


 母屋へ突撃しようとするシュシュミラ。

 それをハイドラがてるてる坊主の布の端を引っ掴んで止める。

 黒衣の布一枚の下にはなにも着ていないのでシュシュミラのお尻が丸出しになる。


 「ちょ、やめてよ」

 「やかましい! なに抜け駆けしようとしてんのよ」

 「抜け駆けってなにさ。この飴はボクがコタローと結婚するために作ったんだよ? それともなに? ハイドラもコタローと結婚したいの?」


 ハイドラの顔にさっと赤みが差す。

 「ば、誰がそんな……。私は誇り高きエルフ族の子よ。なんで人間なんかと――」


 「じゃあハイドラには関係ないでしょ。離して」

 「そそそ、それはだめ。あんたを行かせるわけには……」


 「じゃあ、俺が結婚してくるわ。コタロー」

 「あんたはなんなのよ!」

 ハイドラの拳骨がティガの頭上に落とされる。

 「いたそー」

 大人になったハイドラの長身から振り下ろされる拳はいつもより威力が上がっていた。


 「あんたたち二人ともそこになおりなさい」

 シュシュミラとティガが正座する。


 「いい? 結婚ってのは大人だ合意だって話以前に愛し合っていることが大前提なのよ。それを蔑ろにして結婚したいなんて言うのは間違っているのよ」


 「ボク、コタロー好きだよ?」

 「俺も。愛してるってのはよくわからねえけど、結婚すればずっと一緒にいられんだろ? 一緒にいたいってのは好きとか愛してるってことじゃねえのか?」


 二人の言い分にハイドラはやれやれとため息をつく。

 「愛っていうのはそんなんじゃないのよ。まったくこれだからガキんちょは嫌なのよねえ。考えがおこちゃまなのよ」


 「むー。じゃあハイドラの考える愛ってなんなのさ」

 「そうだよ。愛ってなんなんだよ」


 「それは、その……。キキキキキ、キスとか……、する間柄というか」

 唇を尖らせてキスの一言を搾り出すハイドラ。顔は真っ赤でうつむいてしまう。


 「なんだ? キスって?」

 きょとんとするティガ。


 「口と口を合わせる行為のことだね。接吻とも言う」


 「せっ、ぷんとか生生しい言い方しないで!」


 「なるほど。つまりハイドラは接吻やその先の行為全般を行うことが愛だと言っているんだね」

 「その先!? ちょっとなにを言い出すのよ」

 慌てふためくハイドラ。


 「なんだよその先って。口を合わせた後なにするんだ?」


 「セッ〇スだよ」


 なんのこともないとシュシュミラはあっさり言ってのける。

 ティガは性知識に疎く会話にまったくついていけてない様子だ。

 ハイドラは開いた口が塞がらない。


 「あがががが、あんたなんてことを言うのよ。それは子どもが言っちゃいけない言葉なのよ」


 「なんで? セッ〇スは生物として備わっている本能であり人の営み欠かせないものでしょ? 恥ずかしがることないじゃん」


 「また言った! セセセセ、なんて不良の言うことよ」

 なんだかわからないがこの言葉はハイドラにダメージを与えるらしい。

 ティガは二人の会話からそう読み取った。煽るチャンスだ。


 「セッ〇ス! セッ〇ス! セッ〇ス!」

 「あんたは黙ってなさい」

 再び拳骨を降らせてティガを黙らせる。正座させている分高低差があり威力がさらに上がっていた。


 「ハイドラの言っていることはわかったよ。つまりコタローとセッ〇スすれば結婚を認めるってことだね。いいよ、ボクやってくるよ」

 すっくと立ち上がるシュシュミラ。


 「だめに決まってるでしょ! ぶっ殺すわよ!」


 「しゃあねえな。なんだかわかんねえが、やらなきゃいけないってんなら俺もやるぜ」

 同じく立ち上がるティガ。


 「死ね」

 ハイドラの渾身のボディーブローがティガのみぞおちをとらえる。


 二人を止めるには拳しかない。ハイドラが本気の戦闘態勢に入ろうとしたとき、母屋の方から声が聞こえてくる。


 「3人とも物置にいるの? 僕ちょっと出かけてくるから! お昼はティガに作ってもらって!」

 コタローの声だ。どうやらでかけてしまうらしい。これに焦ったのはシュシュミラだ。


 「え、ちょ、待って! ボクとセッ〇スして結婚を――」

 「行かせるわけないでしょ!」


 走り出すシュシュミラの足を蟹バサミで止めるハイドラ。転ぶシュシュミラの上に馬乗りになって口を塞ぐ。

 「むぐぐぐぐ」


 「ティガ、悪いけどご飯お願いねー」

 「おう! わかった!」


 のんきに返事をするティガ。

 その隣で寝技に持ち込み関節をきめるハイドラ。シュシュミラは顔を真っ青にしてタップする。

 シュシュミラは半裸、ハイドラは真っ裸で全身汚れるのも構わず取っ組み合っている。


 「なんか、大の大人が裸で喧嘩してるのって見ててキツいな」

 ティガがぼそっとつぶやいた。


 「じゃあ夕方には帰るから仲良くねー」

 コタローの気配が遠ざかっていく。

 そうしてしばらくシュシュミラを黙らせて、もういいだろうという所で解放した。

 二人とも土埃で汚れて真っ黒になっていた。


 よろよろと起き上がるシュシュミラ。

 「もう、コタロー行っちゃったじゃん。どうしてくれんのさ」


 「あんたの変態行動を止めてあげたのよ。感謝してもらいたいくらいだわ」

 ハイドラも立ち上がり体中あちこちについた泥汚れを払う。


 「なにさ、いい子ぶっちゃって。ハイドラやな感じ」

 「もう一度〆てやってもいいのよ」

 ゆらりを腰を落とすハイドラに一歩引いて魔力を練るシュシュミラ。


 「もういいだろ。それよりお昼ご飯なに食べたい?」

 実は孤児院の中で一番料理がうまいのはティガだった。

 コタローはよく仕事に出るのでその間に料理や掃除などの家事全般はティガがやることが多い。


 ハイドラやシュシュミラにも家事をまかせることはあるが、ハイドラは大雑把でよくサボるし、シュシュミラはそもそもまったくやる気がない。


 一方ティガは家事が好きですすんでやる子だった。

 おいしい料理を作ればみんな喜んでくれる。部屋はきれいな方が居心地がよく、みんなくつろげる。


 「畑のトマトそろそろ食べられるしスープにでもしようか」

 「そんなのどうでもいいからコタロー追いかけようよ」


 「そんなの……」

 ティガが少ししょげる。


 シュシュミラは食事に一切興味がない子だった。

 口に入ればなんでもよい。そんなことよりも魔法の勉強に集中したい。

 食事は燃料補給と同義。そんな子だった。


 「追いかけたいならあんた一人で行けばいいでしょ。私はお昼ご飯できるまで一眠りしようかしらね」


 「むー。ボクが一人で出歩けないの知ってるくせに」

 シュシュミラは極度の人見知りだった。

 町には極力行かず、欲しいものがあればコタローに買ってきてもらうのだった。


 「ねーハイドラ一緒に追いかけようよ」

 「嫌よ。裸で外出歩けるわけないでしょ」


 「じゃあ、ティガでいいよ。一緒に来て」

 「いや、俺はお昼の用意しなきゃだし」

 結婚騒ぎもひとしきり盛り上がった後でティガは少し興味を失っていた。

 そんなことより料理がしたい。


 「一緒に行ってくれないと蹴るよ」

 「えぇ……」

 「いいの? 魔法で痛いことするよ。ほら飴もう一個上げるから大きくなって」

 「わかった、わかったよ。行けばいいんだろ」

 シュシュミラの圧に負けしぶしぶうなずく。


 「大人になるのはいいけど服はどうすんだよ。さすがに裸じゃだめだろ」

 「そんなのコタローの着ればいいでしょ」

 「あ、そっか」

 母屋に戻って大人用の服を引っ張り出してくる。


 「ズボンはぎりぎり履けたけど上は無理だ。きつ過ぎて着れない」

 「無駄に筋肉もりもりだからねえ。獣人ってみんなそうなの? まあいいや。ほら獣化して」

 「はいはい」


 ティガの身体が震え出し、全身の体毛が濃くなっていく。

 鼻先が伸びていき、合わせて口も大きく裂けていく。

 両手、両足に鋭い爪が伸びて前傾姿勢となり四足の獣の姿に変わった。


 巨大な猫科の肉食獣。

 金色の体毛が風になびく姿はまさしく百獣の王の姿だった。


 「これなら走って追いつけるでしょ」

 シュシュミラがティガの背中にまたがる。


 「ちょ、ちょっと待ちなさいよ」

 すっかり置いてけぼりになっていたハイドラは焦る。


 「ティガ。あんたもなに言いなりになってるのよ」

 「いや痛いのやだし」

 「でかい図体で情けないわね。私のお昼はどうなるのよ」

 「うーん。走ればすぐ追いつけると思うし、シュシュミラをコタローのところに届けたらすぐに戻るよ」

 「さすがティガは話がわかる。どっかのエルフ様とは大違いだね」

 「あんたねえ」

 「ハイドラが意地悪言うのが悪いんだよ。お腹を空かせて待ってればいいさ。はいよー行けーティガー」

 わき腹を軽く蹴るとティガは「クゥーン」とうなって走り出した。


 「ちょっと待ちなさいって! コラー!」

 ハイドラの静止は届かず二人は孤児院を出て行ってしまった。

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