あとがき

 勢いで始めた執筆もようやく終わりを迎えました。たった一晩の出来事だし当初は1~2ヶ月で書き上げられるかなと思っていましたが、蓋を開けてみれば半年がたってしまっていました。書いているうちにそれぞれの登場人物の思考が変わってしまったり、見えなくなったり。この人物をもっと表現したい等の欲も出てきて創作の難しさを痛感します。

 人力飛行機を題材とした話は、数は少ないものの継続的に作られています。これはひとえに読売テレビ「鳥人間コンテスト」の番組が継続して放映されていることによるものに他なりません。40年以上も続く番組に敬意を表します。

 ところでいくつもの作品が作られているところやはり焦点となるのは大会での描写であって、人力飛行機の活動で外せない製作とテストフライトについては通過点として描かれます。チーム活動全体を丁寧に描いた「俺ら、夏鳥」でもこれらについて描かれていますがそこは大会へ向けてのチームの期待や葛藤等の舞台です。本作では、大会に参加しないチーム・Tiny Flippersという集団により、テストフライトそのものを描き出そうと試みるものです。実際に参加した人しか知らない世界であり、これが何とか表現できていればなによりです。(一方で製作に関するより突っ込んだ描写という宿題が残るのですが)

 なお、劇中では人力エアーレース大会という大会がある世界となっています。こちらは「俺ら、夏鳥」監督より設定の利用を許可頂き使わせて頂いています。この場を借りて感謝申し上げます。(なお、本作の時代は夏鳥より数年前に当たる時期となるようです)


 人力飛行機という題材ではパイロットとチーム代表者あるいは設計者にフォーカスがあたりがちですが、実際のテストフライトはチームの連携した協力で成り立っています。何より既製品の機体ではない人力飛行機は、チームメンバーそれぞれが持ち寄って作り上げられるものです。だから些細なイベント一つとってみてもそれぞれの立場から見ることができます。本作では露骨に同じ場面が繰り返されますが、なんとかそれぞれの立場からの描写をしようと無理をしています。なおperspective Aは中心人物、Bは特に支えになる人、Cはそれ以外の人です。準備では一体に行動し、組み立てではそれぞれの持ち場で機体を組み立て、滑走では滑走路に散らばる参加者がフライトを作り上げる、このような広がりがあるのがテストフライトです。同じテストフライトに参加しながら見るポイントがそれぞれ異なり、にもかかわらずフライトの形に結実するという流れが表現できたでしょうか。

 なぜTiny Flippersか。テストフライトを描こうと決心したものの、従前に習い大会を目指すチームを舞台とすると大会に参加するための活動の考慮が無視できません。そのため大会を目指さないチームTiny Flippersを作りました。

 Tiny Flippersは架空の人力飛行機チームです。技術的な面は人力飛行機製作集団CoolThrust様のものを活用している部分が多くありますが(HPやTwitter情報をありがたく参照しています)、チームメンバーは全くの創作です。また機体TF-1も小生のアレンジが入った構成です。ですからこの小説の中にだけ存在するチームということになります。またメンバーは4人だけしか登場していません。本来人力飛行機を作るにはその倍くらいの人の関わりがあります。登場人物を絞って描こうという作者の意図ですが、その分製作はどうやったのか、というしわ寄せがあります。製作を描くことになった場合頭を悩ませることになります。また作業場所も実際にあったら良いな、と思うような理想です。実際の社会人チームは作業場所の確保にとても苦労していると聞きます。

 

 本作ではテストフライトに集中するメンバーの姿を描きました。勿論個々のTiny Flippersのメンバーには本来の背景があります。今後、それぞれの目的や立場の変化、新規メンバーの加入や離脱があってチームの成長やあるいは衰退があるでしょう。劇中で触れなかった吉田が大会から離れた理由、それは設立を決意した年に世界的経済不況の影響で大会が開催されなかったことと関係があるかもしれません。そこに参加することにした後輩である中川、参加に興味のありそうな西村、もともと飛ぶことに何かを見いだそうとしているような加藤、そして人力飛行機の翼と作ることが好きな榎本。なお、榎本の出身チームは10km程度を普通に飛ぶ強豪校の設定です。一方吉田以下の出身チームはチーム記録2km位の中堅の上位、加藤のチームは少し低迷しています。

 Tiny FlippersとTF-1の今後を描くことがあれば、このようなそれぞれの立場の違いが影響してその軌道を定めていくのだろうと思っています。(といってもこの先彼らに何が起こるのか、小生にも分かりません)そういえばTiny Flippersの今のメンバーには機体の空力的改良を突き詰めるようなキャラクターがいません。コンサバなTF-1を飛ばしていくのか、なにか別の機体を作るのか、そのときどんな議論が交わされるのか、とか夢想します。


 大会以外の人力飛行機のフライトというテーマで描きたい題材は他にもあります。人力飛行機世界記録への挑戦(距離も速度もあります)や女性による初フライトの実現、学生だけで企画した飛行会というものもあります。まったく若い感覚が足りない気がしますが、学生チームの挑戦も描いてみたい。そうしたいのは、ほんの数メートルの高度へたどり着くにはこんなにも長い旅路が必要であるにもかかわらず、長い間人を引きつけて止まないこと、を記していけたらと思うのです。


国枝 安(2022年9月)

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夜と昼の狭間で 国枝 安 @y-kunie

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