第23話 滑走 - perspective C-2
「いよいよだな・・・」
吉田は独りごちた。
「吉田先輩」
中川の声に振り返った。
「吉田先輩、ラジオ体操しましょう。現役の時はそうだったじゃないですか」
「そうですよ。」
西村も同調した。
「そうだな・・・確かに」
はにかんで吉田は応えた。
「そうだな、ちょっと気持ちを切り替えるか。だれか音源持ってないか?」
「俺のスマホで」
藤井がスマホから聞き慣れた音楽を流し始めた。
「Ok。それじゃ翼紐をおもりに結びつけてください。テールの支えはいいね?じゃあ全員体操!」
「ははっ、なんか楽しいね。カズさん」
加藤はクククっと笑った。
* * *
5分後、改めて吉田は言った。
「それでは、滑走試験を始めます。編成は、ウィングフォロワーは右、中川、左、西村、テールは自分がやります。
それから、キャッチ配置は第1層を石橋と藤井にお願いします。第2層は早川君と榎本さん。大野さんと佐々木さんには撮影をお願いしたいと思います。
最初の滑走は様子見ですから、ゆっくり走ります。第1層、第2層は50m間隔で100m、これを真っ直ぐ走れるか、確認します。
滑走スタートの合図はパイロット加藤から、走行中の指示は自分から出します。停止の合図は『減速』、翼紐を引くのは『右翼、左翼』、舵の操作は『ラダー右左』で出します。何か質問はありますか?」
「撮影は何を撮ったら良いですか?」
大野が尋ねる。
「そうですね。今日は滑走中心だけど揚力の左右バランスが大事と思いますから、主翼全体が入るように滑走姿勢を取って欲しいです。出来そうですか?」
「分かりました。私は前方から撮ります。」
「ありがとう。それでは佐々木さんは後方から撮影をお願いします。」
「えっと、カメラに羽が入るように撮れば良いんですね?」
「そうです。毎回開始時に合図しますから、そこから撮ってもらえれば。」
「分かりました。」
「それでは所定の位置へ展開お願いします。」
* * *
今吉田の前には加藤が乗った機体TF-1があり、滑走路は真っ直ぐ開けている。参加者はブリーフィングの通り、50m、100m程の位置の左右に分かれて展開している。吉田は手を大きく振って声を上げた。
「今、6:20です。風は正面から0.1m/s。最初の滑走は、機体が地上滑走できることの確認です。力の6割くらいでゆっくり走ります。キャッチ!準備いいですか!」
滑走路に散らばったそれぞれが、身振りで準備が出来ていることを伝えてくる。
「それじゃ、加藤の合図で始めよう。加藤、いけるときに合図してくれ」
「わかった。カズさん。ペラ回します」
プロペラが回り始める。程なくして大きな声で加藤が宣言する。
「それじゃ、一本目!滑走試験行きます。3、2、1、Go!」
かけ声と同時に加藤は強く踏み込み、プロペラは力強く回る。同時に吉田も機体を押す。TF-1はゆっくりと、しかし確実に前進をする。ガラガラからガガガと走行音が変わり次第に速度が上がる。左右に見えていた翼端がだんだん持ち上がっていくのが分かる。
「右翼!」
中川が翼から垂れ下がる翼紐を強く引き、少し左に傾いていたTF-1の姿勢が戻る。滑走は続く。
「いいぞ、そのまま行く!」
吉田が叫ぶ。既に押すのを止めて機体に併走している。第1層のキャッチの姿がだんだん大きくなる。
「あまり速度を上げすぎるな!気をつけて」
続けて指示を飛ばしながら、吉田はそり上がった主翼の様子を見る。どうやら左右のバランスは悪くなさそうだ。まだ完全に撓んだ感じではない。翼端が少し上下に揺れている。
いつの間にかウィングフォロワーは第1層に交替し、翼の下を石橋と藤井がそれぞれ走っている。交替はスムーズだ。西村も中川も吉田と同じに機体の後ろから追いかけている。第2層が近づいてくる。
「減速!」
「減速!」
吉田の合図を皆が繰り返し伝達する。プロペラの回転が弱まり、次第に速度が落ちていく。吉田も機体に追いつき、テールパイプを掴んで引っ張りブレーキを掛ける。機体はちょうど2層のメンバーのところで止まった。
「ハア、ハア。どうだった?」
吉田は加藤に尋ねる。
「うん。特に問題ない。軽いね。全力じゃないけど・・・」
「ペラは引いているか?」
「まあ、走れていたから引いているんじゃないかな」
「そうか・・・次は高速滑走だ。もっとよく分かるはずだ」
「了解」
「それじゃ。機体を最初の位置に戻して、次は高速滑走をやります。キャッチは50m遠くに配置します。加藤は降りて。中川さんかけ声お願いします」
吉田はテールパイプについた。
「それでは、機体を戻します。せーの」
中川の合図でTF-1はゆっくり後退を始めた。
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