第27話

焼き帆立の昼食と兆し


薫達9人はサロマ湖の畔で食事の用意を始めていた。

薫達が買い物をした店の裏手はサロマ湖で、店の脇から石の階段を降りると湖畔に降りる事が出来た。

湖畔は砂浜の様になっていて、数メートル向こうの波打ち際が砂を濡らしている。

石段の端や比較的平らな石の上で皆が思い思いの食事支度を始める。

公共の場所でマナーが悪いが辺りに人気は無い。と言うか、ホテルや店の周りでも人影は無くバイクを降りてから見掛けたのは店員さん位で、そもそもが裏の浜で食事する事を提案したのはそのおばちゃんだったので、少し控えめに店を広げていた。

薫はいつもテントの前室に轢いているブルーシートの上にスノーピークの小さなアルミテーブルを広げた。先程購入したホタテの入ったビニール袋を脇に置くと、SIGGのバーナーとタンクとポンプを取り出し慣れた手つきで組み立てる。

「シグってどう?使い易い?」

それを見ていた次郎が自分のバーナーを持ちながら尋ねて来た。

「私はガソリンバーナーがこれが初めてなんで使い易いかはどうかなぁ?大きくて場所を取るなぁとは思いますけど。」

「俺、ドラゴンフライなんだけどさぁ。あちこちガタがきてるから買い換えようかと思っててさぁ」

そう言いながら手に持つMSRドラゴンフライの五徳をビヨビヨさせている。

「結局ポンプとタンクで嵩張っちゃうんだよ。」

「そうね〜。これならガスでもよかったかもしれない。」

この手のバーナーは車やバイクのレギュラーガソリンを燃料として使える。もしもの時はFZからガソリンを抜いて使うつもりでSIGGを購入したのだが、今だにその機会は無いし、プリムスのガスランタンを使っている事を考えるとガスに統一した方が効率が良いかもしれない。

「次回はもうちょっと考えて来ますよ。」

次郎は少し考えた後にそう答える薫に見向きもせず、薫のSIGGをあちこちから眺めながら、畳んでも大きいだの、ポンプが大きいだのと一人ダメ出しを続ける。

それを無視してアルミ製のタンクに取り付けたポンプをポンピングして火を付ける。程なく赤い炎が青く安定したところで網を上に置くと、袋から取り出した帆立を2枚載せた。

「あ〜っ!ダメダメ!平たい方を先に焼かないと開いた時に汁が全部出ちゃうよ!」

薫の後ろから大きな声がした。鈴木さんだ。

「そうなの?」

「丸い方を焼くと平たい方に貝柱が残っちゃうから、平たい方を先に焼いて開いたらひっくり返すんだよ。」

帆立の焼き方を懇切丁寧に説明してくれる。

「ふうん。そうなんですか?良く知ってますね。」

「地元じゃ海が近くてさ。良く焼いて食ってたから。」

感心する薫に鼻高々の鈴木さん。彼女が出来ない理由がわからない。

「…!」

そう言えば米を炊くのを忘れていた。

まだ開いていない帆立の載った網をバーナーから退かし、コッヘルを載せペットボトルの中身を開ける。後は炊くだけで良い様に研いで水も測っておいたものだ。蓋をして適当な大きさの石を載せる。

バーナーの火加減を弱火にしたがSIGGは弱火調節が難しく、余り弱いと消えていたりするので適度な弱火だ。

米が炊けるまでする事も無いので皆の様子を見てみると、買う時にあれやこれやと騒いでいた割に並んでいるのは帆立ばかりで、干物の魚の姿さえ無かった。

鈴木さんと石川県達がサザエや車エビも買った様子。魚の姿が無いのは皆、網の類を持って来ていないからだったが、網も無く貝やエビをどうやって焼くのだろう?

「使う?」

「えっ…良いの?」

色々と考え無しに買い込んだ石川県達に網を差し出すと、喜んで焼き始める。

「皆んなで使うと良いよ。」

「「「あざっす!」」」

薫の言葉に周囲からも綺麗に揃った反応が。

「私はお米が炊けるまで焼けないから。」

彼らは順番に、と言うより一緒にワイワイ焼き始める。そんな中、次郎は一人バーナーの上に帆立を直接載せて直火で頑張っていた。


焼いた帆立に皆が舌鼓を打つ中、薫も帆立を焼き始める。鈴木さんが言っていた通り平らな面を焼き開いたところでひっくり返し開いた貝殻を捻り取る。

セイコマで買ったチューブバターと醤油を入れて暫くすると芳しい香りが薫の鼻口を刺激し始めた。同時に食欲と空腹感も大きくなる。

先日も帆立を焼いて食べたが、醤油だけで食べた以前とはまた違う味わい。バターと醤油の風味が帆立の甘味を引き立て、味に深みとコクを与えている。生臭さも全く感じない。帆立の弾力ある歯応えも十分。新鮮な帆立とはこうなのだろう。ご飯の最高のお供だ。

網のお礼とエビとサザエを分けて貰えたがこちらも絶品で、プリプリとしたエビとコリコリのサザエの食感がたまらない。思いがけず海鮮BBQとなった。

薫は4枚の帆立と半合のお米をペロリと食したが、後半バターを入れ過ぎたのか少し執念く感じた。4枚以上は厳しかったかもしれない。

そもそも焼きホタテなど何枚も食べる物でも無いと思っていたのだが、次郎と保母さんは10枚近く買い込んでいて薫が分けたバターにやられていた。その後次郎のバーナーの火が点かないと騒ぎ出すが、直火で帆立を焼いて汁のかかったドラゴンフライはカピカピで、火口の殆どを塞いでいた。

そりゃそうだろ!


食事を終えると石川県辺りが帆立の貝殻を飛ばして遊び始めたので、それは良く無いとゴミは店に引き取ってもらう事になった。

時刻は午後3時になろうかとしており、皆ブラブラと適当に帰る事にする。と言っても帰る所は一緒なのでなんと無く皆で帰る様だ。

薫は湧別の温泉にでも入ってから帰ろうかと、皆とは逆方向にFZを走らせた。

湧別はサロマ湖の向こう側、距離にして5、60キロ程の道のり。明るいうちに到着し露天もある温泉を堪能する。

風呂上がり、髪を乾かすついでに休憩所でゆっくり過ごす事にする。畳みの大広間にテーブルが何席も置かれた休憩所には大きなテレビも置いてある。旅の間テレビを見る機会は多く無い。モニターの中では薫の地元では見た事も無いローカルなCMが流れている。見た事も無い芸能人に聞いた事のないお店の名前。この休憩所の中では土地柄は感じないが、モニターの映像からは薫は今北海道にいる事を実感させられる。

無料のお茶を飲みながら何気無しにテレビを眺めていると、画面にはニュースの天気予報が始まっていた。明日の網走辺りの天気は晴れのち雨。明日は遠出をしない方が良いだろう。などと明日する事を考える。

テレビでは北海道各地の予報から全国の天気予報に移り変わった。南で発生した低気圧が台風になり、沖縄を通過中との事。その後日本海を北上し北海道を横断する可能性があるらしい。


2、3日後には台風が直撃するかもしれない。

薫は今までキャンプ中に台風に遭った事は無かった。

漠然とした危機感が薫を襲う。

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