線引き



「……ったく、勘弁してくれよな」



 ヤジさんとの戦闘が終わって一時間程――二階部分が吹き飛ばされてしまった隠れ家でとりあえずの休息を取っていたところに、モモくんがやってきた。さすがは殺し屋、見るも無残な隠れ家の様子を見ても、そこまで取り乱してはいない。


 ちなみに、ニトイくんとマナカさんは奥の部屋でスヤスヤと眠っている……一旦意識を取り戻した彼らだったけれど、受けたダメージは相当なものだったようだ。


 私みたいに、すぐには回復しない。

 それが人間だ。



「……おい、聞いてんのか」



「え? あ、ごめんモモくん」



「何があったか知ってる範囲で話せ。迅速に」



 彼は頭をポリポリと掻きながら、私の拙い説明を聞いてくれた。


 ヤジさんという人が襲撃にきたこと、ニトイくんとマナカさんが応戦したがやられてしまったこと、イチさんがスキルで撃退したこと、私を狙う黒幕が「変革の魔法使い」という人物であること……大まかな枠組みだけど、モモくんには充分伝わったようで、深い溜息をついた。



「『変革の魔法使い』ねえ……あんたが狙われてるお陰で隠れ家が二つも潰されちまったが、それはまあいい……過ぎたことはしょうがねえ。それよりも、これからを考える方が大事だ」



「これから、って言うと……」



って話だ」



 モモくんは濁すことなく、はっきりと言い切る。実に彼らしい忖度のなさだし、今はそれがありがたい。



「……わかってるよ、モモくん。すぐに出ていくね。みんなにはこれ以上、迷惑はかけられないし」



「あ? 勝手に勘違いしてんじゃねえ。誰が出ていけって言ったよ」



 不機嫌そうな声でそう言って、彼は小さく舌打ちした。



「ただでさえ最近立て込んでんのに、面倒事増やしやがって……それなりに働いてもらうからな」



「……えっと、どういうこと?」



「どういうこともクソも、これからもあんたを匿い続ける上で、きっちり仕事をしてもらうって話だよ……嫌とは言わせねえぞ」



 話が見えない……匿い続けるとは、つまり私と一緒にいてくれるということなのだろうか?



「私が狙われてる所為でみんなが危ない目にあってるのに、一緒にいていいの?」



「そう言ってんだろ。代わりに仕事はしてもらうが、まあさすがに人殺しまではさせねえよ。いろいろ雑務雑用をしてくれりゃそれでいい。言っても、かなりハードだけどな」



 彼はシニカルに笑った。


 このままみんなと――「カンパニー」の人たちと行動を共にしていいなら、それは願ってもないことだ……私が一人でうろうろしていたら、あっという間に拉致されるのは目に見えている。


 でも。


 なぜ、出会ったばかりの私をそこまで気に掛けてくれるのか――わからない。



「……あんたを助けるのに、理由なんてねえよ」



 私が顔を伏せたのを察して、モモくんは静かに語り掛ける。



「強いて言えば、イチがそう決めたからだが……事ここに至っちゃ、それはもう重要なことじゃない。困ってる奴がいたら助けるのが俺たちの信条だ。そこに理由は求めねえと、決めてるのさ」



 俺らというのは、多分「「カンパニー」のことなのだろう。


 彼らは殺し屋の集団なのに、困っている人を助けるという信条を掲げているらしい。


 その矛盾した思いを――どう処理しているのだろうか。



「俺たちは善人じゃない、混じりっけない悪人だ……でも、それは善行をしちゃいけない理由にはならねえ」



 モモくんの中には多くの線引きがあると、マナカさんは言っていた。


 ならば、殺し屋が困っている人を助けるというこの線引きはどんなものなのか。


 私には、想像もできない。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る