五〇番目 001
「さあ、ここが新しい隠れ家だよ」
路地を通って住宅地を抜け、街の外れの森を進むこと二時間弱。私とニトイくんは、無事に目的の隠れ家に辿り着くことができた。
昨日まで過ごしていたボロ屋とは違い、かなりしっかり目なお家である。部屋も複数あり、何人かで共同生活するに困らない広さと家具も揃っていた。
「ありがとう、ニトイくん」
ここまで案内をしてくれた彼に一礼する。見ず知らずの私のために時間を使ってくれたのだ、本当なら何かお礼をしたいのだけれど、頭を下げることしかできない自分がもどかしい。
「いいっていいって。気にしないで~」
ニトイくんは手をひらひらさせながら、ソファの上で欠伸をしていた。
ちなみに、彼はグリーンの髪をした少年の状態に戻っている。私が二人いるという状況は何とも耐えがたいものがあったので、姿を変えてもらったのだ。
「まー、周りは森だし何もなけど、くつろいでてよ。直にマナカもくるからさ」
「マナカ?」
さっきもちらっと名前が出ていた人だ。口ぶりからして「カンパニー」の仲間なのだろうけれど……その人もこの隠れ家に合流するらしい。
「マナカはね、五〇番目なんだ。真ん中の数字だから、マナカ」
「そうなんだ。それもイチさんが考えたの?」
「僕たちの名前は、全部イチが考えてくれたんだ。あの研究所の中で、イチだけがみんなの希望だった」
彼は少し遠い目をする。懐かしむような記憶ではないのだろうが、しかしその中にも温かい断片はあるのかもしれない。
「マナカはすごいしっかりしてるんだよ。モモはモモでしっかりしてるけど、マナカのはまた違う感じなんだ」
「へー。それは会うのが楽しみかな」
……って、私何を言ってるんだ。
マナカさんだって殺し屋の仲間なのに、会うのが楽しみだなんて……不謹慎にも程がある。
でも。
やっぱりどうしても――私は彼らのことを好意的に見てしまうのだ。
自分のことを、優しくされたら誰にでも懐くような女だとは思いたくないけれど……客観的な視点で見る第三者が評価を下せば、私は随分警戒心がなくちょろい女なのだろう。
「……ニトイくんは、どうして殺し屋をやってるの?」
私は、モモくんにしたのと同じ質問を彼にぶつける。
「やるしかないからだよ」
こちらに目を向けるでもなく、彼は答えた。
◇
「すみません、遅くなりました」
新しい隠れ家に来てから一時間――暇を持て余した私とニトイくんが部屋の掃除を始めたところに、そんな申し訳なさそうな声が響いた。
「もー! マナカ遅いじゃん!」
雑巾で床を吹きながら文句を言うニトイくんの視線の先には、一人の男性。
五〇番目――マナカさんが立っていた。
「ごめんなさい、ニトイ。少し用事が立て込んでしまって」
「僕休憩するから、あとはマナカがやっておいてよ」
言うが早いか、ニトイくんは掃除中にもかかわらず雑巾を投げ捨て、その宙を舞った布がマナカさんの頭頂部に乗る。
「あ、あの……大丈夫ですか?」
「? ああ、大丈夫ですよ。ご心配ありがとうございます……あなたが、レイ・スカーレットさんですか? 私はマナカと言います、以後お見知りおきを」
マナカさんは頭に乗った雑巾を取り、とても恭しく丁寧なお辞儀をした。
身長はイチさんと同じくらいの高身長で、でも彼より健康的な肉付きをしている。血色のいい肌と少し垂れている目元が、何とも言えない優しい雰囲気を醸し出していた。茶髪にウェーブがかかったオシャレな髪型で、肩に羽織る落ち着いた色のローブからは包容力すら感じられる。
……どうしよう、今までにないタイプの人だ。
年上の男性に苦手意識のある私は、自然と身構えるような姿勢を取って後ずさりしてしまう……イチさんもニトイくんも年自体は上だが、彼らには子どもみたいな愛嬌があるから平気なのだ。
「……あの、その……初めまして、レイ・スカーレットです……」
「……モモやイチから話は聞いていました。私たちに殺しを依頼した相手が、まさか婚約者だったとは、心中お察しします。私にできることがあれば何でも言ってくださいね」
そう言って優しく微笑む彼は、ニトイくんに投げつけられた雑巾を洗うために洗面台へと移動していった。
「……」
殺し屋に気を遣わせてしまった……しかも、恐らく私がマナカさんに怯えているということを察して、離れてくれたのだろう。
失礼にも身構えるような態度を取った相手を責めるでもなく、静かに距離を置いてくれた……何だその気遣い、大人の男過ぎるっ。
「あ、あの、マナカさん……」
「はい?」
「さっきはその、すみませんでした……初めて会ったのに、怯えるような態度を取ってしまって……」
「ああいえ、私は殺し屋ですから、当然の反応だと思いますよ。そこで相手の気持ちを労われるレイさんは素敵ですね」
……あの、あなた本当に殺し屋ですか?
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