第15話(最終話)「逢いたかった人」 タイプB
数か月経ち、僕は百合さんの事を少しずつ気にしなくなっていったと同時に、ある決心をした。世の中には滝沢百合の様に陽の目を見ないで消えていった魅力的な歌手やグループの名曲、または著名な歌手やグループでも知られざる名曲がまだまだ数多く存在し、自分がスポットライトをそれらに当てることで彼らや曲が少しでも救われたら良い・・そんな考えで僕は引き続きレコードやCDを収集しながら、昭和歌謡をメインに知られざる名曲を紹介するブログを設立した。
出来るだけ毎日更新し続けたが、最初の3年位は全く閲覧数は伸びなかった。当然、人気の他の音楽系ブログとも比較しながら時に学んだり、嫉妬もした。しかし、滝沢百合のB面が秀逸だったように、シングルB面、あるいはカップリングの隠れた名曲に特化し始めて以降は少しずつ閲覧数も伸び始めた。他のSNSも連動させることで更にそれは増えていき、ある時ラジオ局の方から声がかかり音楽番組に出演。そこから更に閲覧数とフォロワーが増え、一応音楽評論家としてある程度名が通り、K-WAVEの生放送の特番「あなたが選ぶ思い出の一曲」のゲストの一人として出演している今に至る・・というわけだ。ここまで来るには石川レコードの石川店長も色々宣伝してくれたというのも当然有るけれど。
「・・・と、いうわけなんですよ」
「驚きのエピソードですね・・。よくそんな濃い出来事が次々と」
DJの蒲池秀美さんがそう答える。勿論、さっきまで思い出して来た事を全て話したわけではないけれど、エピソードを振り返りながら僕の脳裏では様々な記憶が次から次へと映画の如く登場していた。
「そうなんです、本当に良い曲なんですよ。一応評論する立場なのに、それしか言えなくて申し訳ないです」
つい冷静さを失ってしまうのは仕方のないことか。
「さて、それでは聴いて貰いましょう、滝沢百合さんで、ミッドナイト・ララバイ」
蒲池さんの歯切れの良い言葉の後、あのイントロが流れ、滝沢百合の艶の有る声が聴こえてくる。そっか、ここから全てが始まったと言っても良いのかな。実はこの曲も滝沢百合の存在も、ブログやSNSでは一度も触れてこなかった。今日という日の為に取っておいた・・というのは大袈裟だけど、それだけ大事な存在だったのは事実だ。あの出来事の直後、動画も自暴自棄で削除してしまったし。この放送をきっかけに、レコード会社や、日本の誰かが彼女の魅力に気付いてくれたら良いのだけど。やがて曲が終わり、僕の出番が終了した。
「えー、柴山雅人さんのリクエストで、滝沢百合さんのミッドナイト・ララバイでした!柴山さん、本日はどうもありがとうございました!」
「ありがとうございました!」
僕は蒲池さんに深々と頭を下げ、ラジオブースから退室する。あ~なんか疲れたな。すると、強面で大柄の吉田ディレクターが真顔で迫ってくる。あれ、なんかやらかしてしまったかな?ゾクっとするような緊張感が走る。すると吉田ディレクターは、急に柔和な笑みを浮かべ、こう言った。
「雅人ちゃ~ん!お疲れ様~~~!いきなり特番のゲストはきつかったかしら?滝沢百合ってチョイス、最高よ!アタシ十代の頃に彼女のシングル買ってレコード擦り切れるまで聴いてたんだからぁ。ミッドナイト・ララバイってホント名曲よね、他に知ってる人が居ないと思ってたから、雅人ちゃんが選んでくれてアタシも嬉しいわ~~!」
吉田ディレクターが野太い声で急にはしゃぎ出す。
「あれ、吉田ディレクターって、そんなキャラだったんですか?しかも滝沢百合を知ってるなんて。放送前はほぼ黙ってて怖そうな感じでしたけど」
「特に本番前には緊張して無口になっちゃうのよぉ。それに、いきなりこのキャラだったらそれはそれで怖いでしょ?」
別の意味で怖いかもしれませんが。そういえば、この言葉遣いで滝沢百合が好きな人って、前もどこかで見たような・・・?
「ところで雅人ちゃん、貴方に読んで欲しいメッセージが有るの。番組宛てに送られてきたもので、ちょっと長いんだけど読んでくれないかしら?」
「勿論良いですよ」
僕は吉田ディレクターから渡された封筒を受け取り、メールを元にプリントアウトされた紙を取り出した。
<こんにちは。私にとっての思い出の一曲は、滝沢百合「ミッドナイト・ララバイ」です。この曲が発売された時私はまだ生まれていないのですが、ある事がきっかけで知るようになり、それからは凄く気に入って何度も聴いています。というのは、私がまだ反抗期の中学生だった頃、女手一つで育ててくれた母親が家を空けてる隙を狙って物置を探索していたらこのレコードを見つけ、母が昔アイドルだった事に気付いたんです。曲を聴くにも再生するプレイヤーが無かったので仕方なくネットで調べると、母のこの曲を動画で投稿している方が居て、普段口うるさい母に対する抵抗や遊ぶ気持ちも有ったのでしょう、私は思わず母親のフリをしてその方とネットを通じて交流を始めました。
そして悪乗りと言いましょうか、このレコードと一緒に見つかった当時の母の写真や資料をその方に見せたり、日記の内容を勝手に改ざんして母のイメージダウンになるような事をその方に伝えてしまいました。それに加え、その方からのどこかで会いませんか、という提案を、ネットで知り合った人と会う事に興味が有った私は受け入れてしまったんです。とりあえず怪しい人なら帰って、良い人そうなら素直に真実を話そうかな、なんて気楽に考えていた約束した日の前日、母に物置を物色していた事がバレ、本人の触れられたくない過去だったのか、母は怒ると同時にその方との唯一の連絡手段だった携帯を没収しました。
それから数日経って携帯が返ってきた時にはその方とは連絡が取れなくなっており、それを母に嘆くとネットで知り合った人と会うもんじゃありません、と再び怒られ、ますます母とはギクシャクした関係になってしまいました。しかし、最初は遊び半分だったものの、私はその方と交流するうちにアイドル時代の母の凄さや魅力が次第に理解出来てきただけでなく、いつの間にか憧れさえ抱くようになってきたのも事実で、少し経ったある日私がその方をきっかけに母の存在に憧れ、曲や歌にどれだけ魅力されていたかを正直に伝えると、私を許してくれたのか、こんがらがった糸がするすると解けていくように親子としての関係が修復されていったんです。反抗期が終わりかけていたというのも有りますが、ちょっとあっさりし過ぎてますよね(笑)。
そして母はアイドル時代の自分を前より誇りに思うようになったのか、家事の合間に鼻歌を歌ったり、当時の思い出話を私にしてくるようになり、そんな私も母の後を追うように歌手やアイドルへの憧れが強くなりつつあるタイミングで今回の番組。その時は母は勿論その方にも大変迷惑をおかけして面と向かって謝りたい位なんですが、母の魅力を伝えてくれただけでなく、結果として親子の仲を修復してくれたその方へ、その謝罪と感謝の気持ちを込めてこの曲を思い出の一曲にしたいと思います・・>
「なるほど・・・」
僕は自分が知らぬ間に親子に起きていたドラマに対し、当然の如く感慨深い気持ちになっていた。
「ね、それなりに良い話でしょ?」
吉田ディレクターがそう反応したその時、部屋のドアが叩く音が耳に届いた。
「あ、来たかしら。いいわよ~!どうぞ入ってきてちょうだーい!」
再び緊張感が走り、心臓の動悸が早くなる。でも不思議と、これは嫌な感覚じゃない。何故なら・・。
ドアがゆっくり開く。
「こんにちは!滝沢百合です。やっと会えましたね。」
そこには、不思議な位「あの頃」のイメージが保たれた、笑顔の滝沢百合本人がいた。そして彼女の後ろから、もう一人の女性が顔を出す。
「こんにちは・・。そして、申し訳ございませんでした。masato0812こと、柴山雅人さん。滝沢美樹です!」
彼女は、アイドル時代の滝沢百合そっくりだった。
おしまい。
B面で恋をして コウキシャウト @Koukishout
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