第14話「待ち合わせ」タイプA
僕が滝沢百合の娘さんと交流し始め、滝沢百合のその後を知り、前から思っていた事。それは彼女の墓参りをしたいという事だ。リアルタイムではないものの、ここまで自分を魅了してくれた彼女へのお礼も込めて、今出来る事は誠意ある弔いでもある。その旨のメッセージを送ると、早速感謝の言葉と共に、母は〇×駅から徒歩15分程の霊園に眠っており、宜しかったら案内するが、途中開かずの踏切が有りちょっと厄介なんですけど、という旨の返事が。
娘さんと会えたら良いかな、とはなんとなく思っていたが、丁度良い機会かもしれない。僕はやりとりの中で、こちらの疑問や質問に丁寧且つ誠実に答えてくれる娘さんに対し、次第に好意に近いものをまだ会った事も無いのに抱き始めていた。ただ滝沢百合の活動した時代、丁寧な言葉遣いから察すると、僕よりずっと年上の大人だろう。顔も分からないけど、気になってしまう。とりあえず僕は案内を頼みたいという事、墓参りのついでにどこかでお茶しながら話しませんか、という提案もすると承諾だけでなく、その際まだ見せてない母の当時の写真や記事等も見せますねと来る。
その後何度かのやりとりで、二週間後の土曜○×駅で待ち合わせる事が決まった。メッセージでも構わないが、出来れば面と向かって滝沢百合の事を話したり伺うに越したことはない。約束の日が近づくにつれて、階段を上るように少しずつ高まっていく期待が嬉しかった。
二週間はあっという間だった。○×駅は都内から40分程の郊外に有る街の駅で、片手にユリの仏花を抱えた僕は、少し狭い改札口を抜け駅の外へ。初夏の正午過ぎの日差しが、日焼けしていない肌を真っ白に染める。バタバタしてたら約束の時間ギリギリに来てしまった。事前に少し遅れます、という旨のメッセージを送っていたが、到着と同時に娘さんからこちらも少し遅れる、良ければ先に霊園に向かっていてください、という返事。
ここでずっと待っているのも退屈だったので、僕は先に行ってます、というメッセージを出すとゆっくり霊園に向けて歩き始めた。短めの商店街を抜けると早速開かずの踏切と思われる踏切を見つけたが、タイミングが良かったのか遮断機は上がっていた。他の通行人同様、僕は早歩きで風を切りながら踏切をここぞとばかりにパスする。
霊園は中心街から離れた住宅街の丘の辺りに有り、少々坂がきつかったが夏空が広がるその眺めは素晴らしく、郊外ならではの良さに満ちていた。その時娘さんから今駅を出ました、すぐ向かいますというメッセージ。一瞬、墓の場所を聞いて先に墓参りしても良いかもしれないと思ったが、やはり娘さんとご一緒に墓参りするのが正しいかなと考えた僕は、そのまま彼女を待つことに決めた。
しかし、いつまで経っても彼女は来ない上に、メッセージを送っても返事がない。駅から徒歩15分ならもう着いてもおかしくないが、彼女が最後にメールを送ってから既に30分以上が経過していた。いくら開かずの踏切でも、そこまで時間はかからないはず。でも、もしかしたら・・。そう思った僕は一旦駅まで戻ることに決めた。
嫌な予感がする。やや早歩きで歩いてきた道を戻る僕の肌には、暑さだけでなく妙な緊張感や不安から生まれた汗も走っていた。踏切の近くになる。先程よりも人が多い。人だかりが出来ている。赤い回転灯が回っている。踏切の中で止まった電車。その向こうで誰かが運ばれ、救急車が去っていく。強引に人の波を押しのけ、僕は警察官に何が起こったのか尋ねた。
「この踏切で、誰がどんな事故に遭ったんですか!?」
「若い女性が遮断踏切に立ち入って電車に撥ねられたんですよ。意識不明の重体で」
「いつ頃起きたんですか?」
「今から少し前ですね。13時35分前後だと推定しています」
駅を出たというメッセージが13時29分。この踏切は駅から徒歩で5分程の場。ということは・・。
「すみません、ありがとうございました・・」
暑さの感覚が、少しずつ体から失われていく。そんな事、あるわけないだろうと当然思った。しかし、メッセージが送られてきた時刻と事故発生時刻、駅から踏切までにかかる時間、そしてそれ以降メッセージが来ない事。これらの事実を踏まえると、最悪の出来事が起きたのは事実としか言いようがない。
その日のそれからの記憶は、はっきりと覚えていない。僕はいつの間にかアパートへ戻り、灯りのない真っ暗な部屋のベッドで泣いていた事は覚えている。そんな悲劇的な偶然が起こるものなのか。僕は何度も現実を否定した。数日後当日のニュースで○×駅の踏切事故の記事を見つけたが、やはり女性が意識不明の重体と書いてあるだけで、安否に関する続報は一つも見つからなかった。
僕は滝沢百合の「クワイエット・ララバイ」と「ほんの少しの勇気」を改めて聴いていた。<壁を超える勇気>、<心の壁 明日こそ飛び越えて>どちらの曲にも壁という共通するワードが有った事に今更気付く。君は一体何の壁を飛び越えようとしたの。それは過ちではなかったのかな。嗚咽は何時間も続いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます