ふわふわしっぽには抗えない。
羽鳥(眞城白歌)
無精髭、推しに沼る。
世界改革を目指す我ら革命軍の拠点、ダグラ森の砦には、
天涯孤独な身柄を
どいつもこいつもいい歳したおっさんの癖に、なにが抜け駆け禁止だよ。と冷めた目で見ている俺自身も今年で三十五歳、
ウチはまだ人員も少なく、国家を打倒するどころか一地域を奪取するのもやっとなひよっこ革命軍だが、「横暴な
革命軍という性質上、砦にいるのはむさ苦しい男がほとんどで、清楚可憐なお嬢さんなんてのは精霊王並みに希少だ。やれ巡回警備で可愛い花を見つけただとか、やれ村防衛の礼に林檎を貰っただとか、やれ街に降りたついでに可愛いリボンを買っただとか……、大の男たちが頬を染めて
当人だって特別扱いは望んでおらず、チヤホヤから逃れるため俺の
今は、砦の
盗み聞きするつもりはないが、石造りの砦は構造の都合で音がよく響く。何の話かと思えば、恋
「ねえねえ、ヒナはどんなタイプの人がいいの?」
気にせず聞き流していたのにフェリアがそんな質問を向けたりするから、思わず水音を抑えて聞き耳を立ててしまった。遠方の島出身で大陸の言語に慣れていないヒナの喋りは、歳のわりに
んー、と考えるように唸ってから、ヒナは青銀の毛に覆われた大きな狐耳をへたりと下げた。
「みかど。……朝に、むびょうそくさいをおいのりするの。きらきらきれいな、お兄さん」
「お祈り? ミカドって精霊なのか?」
「んぅーっ、わかんない!」
好奇心を滲ませたミスティアの問いに、ヒナの爽やかで意味のない答えが返る。おい、そこ、俺も気になるんだが?
和国は半鎖国中の島国で、大陸とは言語も文化もだいぶ違っていると聞く。島国ならではの精霊や、習慣が根づいているのかもしれない。今度詳しい奴に聞いてみようと思いつつ、俺は蒸しあがった紅芋の皮を剥がして小鍋に入れ、ヘラで潰す作業に取り掛かる。
「ヒナ、ミカドって人はお兄さんなの? キラキラって、光っているのかしら?」
「ひかりのお色だった。こうぐうの方角におそなえして、手をあわせるの。ひとめ見たら、むびょうそくさい。みんなだいすき、やさしいお兄さんだもの」
「みんな大好きなのか? 有名なひとなんだな……」
「うん!」
光属性だと判明したが、人か精霊かそれ以外かはサッパリだ。潰した芋にやわらかくしたバターと卵の黄身を入れて、ヘラを使ってしっかり練り込む。俺は芋の食感が残るくらいの
フェリアがはぁーっと、ため息みたいな息を吐きだした。
「ミカドって、和国の方たちにとっては旗印……希望の象徴なのね。ヴェルクみたいだわ。ヴェルクはお兄さんというより、お父さんだけど」
「お父さんかなぁ、ぼくはそうは思ったことないかも。兄さんより、ずっと頼りになる人ってイメージかな」
ヴェルクってのは革命軍のリーダーだ。確か年齢は二十七歳でまだ若いんだが、砦イチ大柄なせいかフェリアには親父扱いされている。そりゃ年に似合わない落ち着いた奴ではあるが、年頃の娘がいる歳じゃないよなぁ。気の毒に。
ミスティアはどっちかといえば、奴を異性として意識しているみたいだ。いいねぇ若いねぇ。
ヒナは、口元に指を当てて真剣に考え込んでいる。大きな狐の尻尾で床を掃く音が聞こえてくるが、俺は見ない振りして鍋を下ろし、芋生地の成形を始めた。指二つ分サイズの流線形に整え、溶いた卵を上に塗る。お菓子作りとなるといつも手伝いたがるフェリアも、今日は推し
オーブンに入れて
二十七歳の若き革命軍リーダーがお父さんポジションなら、三十五歳のやさぐれ無精髭は何になるだろうか。
「ヒナは、ダズのことをどう思っているの?」
考えた矢先にフェリアが爆弾発言をかまして、俺は声をあげはしなかったものの危うく鍋をひっくり返すところだった。本人がいるところでその話題に持っていくとは、異性枠どころかもはや精霊か仙人の扱いかもしれない。
わざと音を立てて洗い物をし会話をかき消すか、このままヒナの答えに耳をそばだてるか、少し迷う。火を止め、沸騰した湯に茶葉を入れて蓋を乗せれば、音が絶えない厨房でもわりと静かになるものだ。んー、と迷うようなため息のあと少女の口から飛び出したのは、聞き取れない言語だった。
「え、なに?」
「ごめんヒナ、ぼくたち和語は聞き取れなくて」
「んー」
おいおい、かしまし娘たち。後生だから突っ込んでやるなよ……と思いつつ、俺だって言葉の意味が気になってしまう。何たって話題の中心人物は俺自身なんだぞ。
肩越しにうかがい見た途端、ヒナの、綺麗につった
雑念は頭から追い出し、鍋の蓋をとってミルクを加え加熱していると、オーブンから陽気な
ミトンをはめて鉄板を引き出せば、こんがり狐色に焼けたスイートポテトと
「焼けたぞ……って、うぉ!」
振り向けば、至近距離に
「ダズ、だいすき! おやつ!」
「どわっ、なんだその誤解を招くような……」
「ん?」
気の利く
「子供が喜んで食べてる姿みてると、幸せな気分になるよなぁ」
落ち着きなくひょこひょこ動いている大きな狐の耳と、ふわっふわに膨らんで食の喜びを表している太い尻尾を眺めながら、推し活野郎どもの気持ちがほんの少しだけわかった気がした。
ふわふわしっぽには抗えない。 羽鳥(眞城白歌) @Hatori
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