第9話 春
いつも通りの時間で家を出て、学校へと向かう。俺は朝が得意ではないし、計画的な人間性は持ち合わせていない。しかし不思議なことに、外出するまでが面倒なのであって、実際に家を出てみればさほど苦痛には感じない。何が苦痛なのかと言えば、家を出るまでの準備段階や、「行かなきゃな」という気持ちを作るのが一番の弊害である。それさえクリアできれば、後はさほど面倒に感じない。
家から学校に行くまでの間、自転車で登校した方がその間の労力や時間は短縮されるが、俺は歩いて登校する。どこか矛盾しているような感覚を覚えるが、そこは感覚に任せている。
何でもかんでも効率的だとか論理的に考えては疲れる。
上条西高校は、その近辺にある地域の比較的高台に位置する。緩やかな坂と急こう配の坂を繰り返しながら学校を目指す。
速くもなく、遅くもないペースで歩きながら、昨日の出来事を思い返してみた。思えば、ただちょっと手伝ってやるかくらいの軽い気持ちでやっていたことが、ちょっとというほどの軽さではなかった。新学期初日としては濃い一日であり、出会いもあった。入学してからの一年間、協力ということをやってこなかったから、まあ少し楽しかったのかもしれない。
まばらに人が登校している昇降口を通り過ぎ、二階にある自分の教室に向かう。まだ二階に自分の教室があることが慣れない。
教室に入り、出席番号で振り分けられた自分の席に着く。今回は運がよく、出入り口から見て、一番奥の列の最後尾だ。窓際は開放感があって心地良い。
窓際最高。社会人になったら窓際族になろう。いやそれは目指すもんじゃないな。などと考えていると、隣の席から「おはよう」と声を掛けられた。隣を見るとそこには桜木が座っていた。
俺は逢坂でア行である。なので俺のア行と桜木のサ行の間にはカ行が存在するはずである。え? カ行少なくない?
しかしさしもの俺も流石に驚いた。俺の記憶力働いてなさすぎじゃない? 隣の席の生徒を覚えてなかったって……。
「本当に今気が付いたのね」
呆れたように苦笑する桜木。俺の印象はどうなっているのか気になるところではある。まあどう転んでも良くはないな。
「改めまして、桜木遥よ。まあこれから宜しく」
「逢坂奏多。こちらこそよろしく」
窓際から差し込む、気持ちのいい午前の日差しが桜木だけにスッポトするように照らした。ああ、人はこれを出会いの春とでもいうのか。
改めて自己紹介を交わすと、俺の心の中で喜びが、波のさざめきのように流れた。
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