第二ボタン

☪︎月兎

第二ボタン。

咲きかけの花弁を身につけた桜の並木。

昇降口を出て西に向かうと何本もの桜の木が並んでいる。

そして並木に対面するよう配置されているベンチに座った。

規則正しく植栽されているが枝や幹の伸び方は異なっている。

整列した生徒のようだと思った。

3月✕日。僕は卒業した。

柄にもなくしっかりと制服を身に纏い、胸ポケットにコサージュを安全ピンで留めている。体育館に入る前つけさせられた。

つい先程まで卒業式があったのだ。1時間程座っていた為か、腰やら肩が痛い。

「ん"ん"ー」

呻き声を上げながら手の指をを思い切り伸ばす。

「なんだよ、おっさんみたいな声出して」

後ろから笑い声と共に現れた。僕の、恋人。

「おっさん言うなよ」

笑いながら少し高いその背に届くよう背伸びをして頭をペシリと叩く。

「はは」と笑う僕の恋人。

そして2人は花壇に座る。

「…。」

「…。」

互いに黙ってしまった。

言い事をあれども、なんとなく、言い出しづらい。

若干の寒さを孕んだ風がひゅうと過ぎる。

冷え冷えとした空気が体に纒わり付く。

互いの髪の毛や、制服がかすかに揺れる。

桜の枝や花が、風によって、さぁ、という優しく穏やかな音を奏でた。

そんな穏やかであり気まずい空気を破ったのは僕だった。

「桜、綺麗だな」

「だな」

柄にもねぇ。なんて思った。

あぁ言いたいことが言えない。どうしたらそういう空気になるだろうかと思考を巡らせて、やめた。

面倒臭い、考えていても仕方がない。

「なぁ、なんか渡すもんねーの」

恋人の顔を覗き込むようにして掌を前にやる。

「え?」

困惑で表情を歪める。

「だから、渡すもんねーの!」

苛立たしげに言うも、こいつは何か分かっていないようだ。

なんだろうと、必死に考えている様子だ。

やっと口を開いた。

「何か貸してもらってたものでもあったっけ」

自信なさげに言う。

「え、返してないものでもあったかな…」

申し訳なさそうに付け足した。

1回だけ叩いた。ぱん!とズボン越しの太ももが音を立てた。

「えっ、違った?」

じゃあなんだろう、といったようにまた考えに耽る。

あぁもう、面倒臭い。

「お前の心臓に近いこれをくれって言ってんだよ」

苛苛とさせながら言う。そして恋人が着ている制服の、上から2番目のボタン――。所謂第二ボタンを指でとんとんとリズムを奏でるように叩く。

言われたこいつは瞬時に理解したようだ。

納得したような顔つきになったと同時に若干頬を赤に染め上げた。

「じゃあ、お前の心臓の代わりもくれよ」

ふと笑みを零しながら言う。

「嗚呼勿論」と僕。

互いに学ランから第二ボタンを引き千切ると互いの掌にボタンを渡す。

「心臓の交換みたいだな」

笑いながら恋人は言う。

「なにその思考、おっも」

僕も笑いながら言う。

「でも重いって、悪くないな」

ふっと笑いながら、こいつの心臓に近い、俺の宝物になったボタンを眺めた。

若干の寒さを孕んだ風がひゅうと過ぎる。

桜並木が祝福するように、さぁ、と優しく穏やかな音を奏でた。植樹されているが枝や幹の伸び方は異なっている。

木にも個性があるんだなと考える。

そう考えると、この並木は整列した生徒のようだと思った。

3月✕日。僕は卒業した。

いつもまともに制服を着ないが、この日だけしっかりと制服を身に纏い、胸ポケットにコサージュを安全ピンで留めている。

これは体育館に入る前つけさせられた。他の皆もつけている。

つい先程まで卒業式があったのだ。1時間程座っていた為か、腰やら肩が痛い。

「ん゛ん゛ー!」

呻き声を上げながら両腕を宙に伸ばす。

「なんだよ、おっさんみたいな声出して」

後ろから笑い声と共に現れた。僕の恋人。

「おっさん言うなよ」

笑いながら僕より少し高いその背に届くよう背伸びをして頭をペシリと叩く。

「はは」と笑う彼。

そして2人は自然とベンチに座る。

「…。」

「…。」

互いに黙ってしまった。

言いたい事はあれども、なんとなく、言い出しづらい。

若干の寒さを孕んだ風がひゅうと過ぎる。

冷え冷えとした空気が体に纒わり付く。

互いの髪の毛や、制服がかすかに揺れる。

桜の枝や花が、風によって、さぁ、という優しく穏やかな音を奏でた。

そんな穏やかで気まずい空気を破ったのは僕だった。

「桜、綺麗だな」

「だな」

言いたい言葉は抑えられて代わりに出た言葉。

柄にもねぇ。だなんて思った。

あぁ言いたいことが言えない。どうしたらいえるだろうかと、思考を巡らせた。巡らせて、やめた。

面倒臭い、考えていても仕方がない。

「なぁ、なんか渡すもんねぇの」

恋人の顔を覗き込むようにしてぶっきらぼうに掌を前にやる。

「え?」

困惑する。

「だから、渡すもんねぇの?」

苛立たしげに言うも、こいつは何か分かっていないようだ。

なんだろうと、必死に考えている様子だ。

やっと口を開いた。

「何か貸してもらってたものでもあったっけ」

自信なさげに言う。

「え、返してないものあったかな…」

申し訳なさそうに付け足した。

1回だけ叩いた。ぱん!とズボン越しの太ももが音を立てた。

「痛っ、え、違った?」

じゃあなんだろう、といったようにまた考えに耽る。

あぁもう、本当に面倒臭い。

「お前の心臓に近いこれをくれって言ってんだよ」

苛苛とさせながら言う。そして恋人が着ている制服の、上から2番目のボタン――。所謂第二ボタンを指でとんとん、とリズムを奏でるように叩く。

言われたこいつは瞬時に理解したようだ。

納得したような顔つきになったと同時に若干、頬を赤に染め上げた。

「じゃあ、お前のもくれよ」

ふと笑みを零しながら彼は言う。

「嗚呼勿論」と僕。

互いに学ランから第二ボタンを引き千切ると、互いの掌にボタンを渡す。

「心臓の交換みたいだな」

笑いながら彼は言う。

「なにその思考、おっも」

僕も笑いながら言う。

「でも重いって、案外悪くないよな、それこそ、心臓の交換とか」

ふっと笑いながら、こいつの心臓に近い、俺の宝物になったボタンを眺めた。

若干の寒さを孕んだ風がひゅうと過ぎる。

桜並木が祝福するように、さぁ、と優しく穏やかな音を奏でた。

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