第27話 ショート動画

 放課後の生徒会室。


「やっぱり簡単にできて、宣伝にもなる動画が欲しいっスね」


 我が物顔で生徒会室に居座る阿久津が呟いた。


 もはや阿久津がここにいることは、天災のようなものなので諦めるしかないが、厄介なことに俺の隣に密着するように座っている。


 この女が隣から定期的に話し掛けてくるせいで、本に集中できない。頭が近いせいで香水の匂いもするから、余計にだ。


「実くんはどう思うっスか?」

「何故素人の俺に聞く。牧田に聞けばいいだろ」

「マキちゃんとは今日は口聞かないっス」


 牧田は阿久津に例の108つのコメント(自演コメントと言うらしい)で怒られたらしく、部屋の隅で落ち込んでいる。

 生徒会長はまだ来ていないので、消去法で話し相手が俺になってるらしい。


「実くんは、いつも本を読んでるくせに何も知らないんスね。役立たずっス」

「……なんだと」


 いつもなら相手にしないところだが、読書を馬鹿にされたとなれば、黙ってはいられない。

 幅広いジャンルの本を読む俺は、当然マーケティング関係のビジネス書も一通り目を通している。


 最近俺のキャラも薄まってきているような気がするので、ここらで阿久津の鼻を明かしてやろうと、俺は意気込んだ。


「簡単に作れる動画は分からんが、宣伝する方法なら分かるぞ」

「えー、実くんに分かるんスか。そんなこと」


 馬鹿にするようなジト目で俺を見つめてきたので、俺は睨み返した。

 俺は頭の中で過去の履歴を検索し、要約した内容を披露した。


「マーケティングの初歩は口コミだろ。田平岡高校の生徒に片っ端から宣伝すればいい。気に入ってくれれば校外の知り合いに口コミで広がるだろう」

「それはもう昨日の時点で生徒会長とマキちゃんに頼んだっス」

「……あの、私は友達少ないけど、XZエクジーのフォロワーは多いので、そこで宣伝はしておきました」


 牧田が申し訳なさそうにアピールをする。

 彼女たちもそこまで馬鹿というわけではないらしい。

 ならば次だ。


「『阿久津音々』と言う商品を多くの人に知ってもらわないといけないから、知る機会を増やすために商材の数が必要だ。だから単純に動画の数を増やして……」

「音々が最初に言ってたことに戻ったっス。馬鹿なんスか?」

「まぁよく聞け。俺は流行は分からんが、お前たちなら流行を知っているだろ? 長期目線で見ればお前の動画はオリジナル性のあるブルーオーシャンを目指すべきだし、短期的に増やす目的ならレッドオーシャンでいいはずだ。だから流行の題材を使って」

「なに言ってるか分かんないっス。レッドオーシャンってなんスか?」

「いいか、レッドオーシャンと言うのはな……」


 俺は部屋にあった黒板を使って、阿久津に説明をした。

 彼女は途中頷うなずきながらも、最後には「なるほど。意味分かんないっス」とさじを投げた。


「分かりにくいよ田中。単純に色んな人が見てくれる流行りに便乗すればいいんだろ? だったら『流行曲の踊ってみた』をやればいいんじゃないか? ショート動画にすれば簡単だろうし」

「それっスよ、それ! カルロスくん天才っス」


 いつの間にか部屋にいたカルロスに、俺の言いたかったことを分かりやすく要約されてしまった。


「やっぱ実くんは役に立たなかったっスね。役立たずはカメラ係でもやってるっスよ」


 阿久津はそう言いながら俺に自分のスマホを手渡す――これで撮れと言うことらしい。

 悔しいが俺は自分の不甲斐なさに反省する意味も込めて、カメラ係を承諾した。


「やっぱ流行りは『ウホウホボンバーイェーイ』っスかね?」

「うん、それがダントツで流行ってるよ。結構幅広い層が見てくれると思う」

「まぁダンスはなんとなく記憶にはあるんスけど、ちょっとお手本は見たいっスね。出来れば大きい画面で」

「だったら牧田さんのパソコンがいいんじゃないかな」

「……仕方ないっスね。マキちゃん、こっち来るっス」


 そして阿久津はカルロスと牧田を上手く使って、『ウホウホボンバーイェーイ』と言う曲のダンスを習得した。

 2、3回見て合わせただけで完璧に踊ってしまったのは、さすがの運動神経といったところか。


「じゃあ、テイクワンってことで、1回撮影してみるっス。実くんは録画の合図出して、その後マキちゃんは曲を流す感じっス」


 一旦テーブルを端に寄せて阿久津が踊るスペースを確保すると、早速始まった。


「はいOK」俺の録画開始の合図の後、牧田が曲の再生ボタンを押す。


「僕らのジャングルは いつも騒がしいんだ〜」


 陽気な太鼓のリズムと、笛の音が交差し、阿久津は両手を横に振る。


「爆発しそうな この気持ち ハートにビートに刻んで行こうぜ〜」


 次に屈伸をしながら、両腕を花火のように大きく開く。


「さぁみんなも 恥ずかしがらず 一緒に踊ろう〜 行くよ 3! 2! 1! ハイ!」

「え、なに? 何してんの?」


 と阿久津が踊っている後ろで扉が開き、遅れてきた生徒会長が部屋に入ってきた。

 阿久津は気にせず踊っているが、生徒会長は戸惑っている。


「ウホウホボンバーイェーイ ウホウホボンバーイェーイ ボンバーイェーイイェイイェーイ」


 だが彼女は状況を受け入れ、何故か阿久津の隣に立って一緒に踊り出した。

 流行曲なので彼女も踊りを知っていたらしく、生徒会長は阿久津に負けない完璧な踊りを披露した。


 二人は曲に合わせてドラミングをし、拳を突き上げる。

 途中で生徒会長の存在に気付いた阿久津は、一瞬吹き出したものの、リズムは失わずに踊り切った。


「「いえーい」」


 まるで若い母親と娘のようにも思える2人が、嬉しそうにハイタッチをする。


「実くん、今のばっちり撮れてたっスか?」

「撮れてはいるが、途中から生徒会長が入ってしまったからどうなんだ? 撮り直すか?」

「何言ってるんすか? これ以上完璧な動画はないっスよ」







 こうして生徒会長が途中乱入した踊ってみた動画が投稿された。


 ――のちに阿久津はこう語る。

「ちくしょう……やっぱりみんなおっぱいなんスね。おっぱいが揺れるのがいいんスよね」


 ――牧田はこう語っていた。

「音々ちゃんの可愛さとキレの良さはさすがですが、今回は完璧美人が偶然の鉢合わせから、アドリブで完璧に合わせてくるギャップが最高でした。お見事です、会長。眼福でした」


 ――佐々木はいつも通りだった。

「なんであの激カワの先輩が阿久津と一緒にコラボしてんだよ!  

 ちくしょう田中、お前ばっかりいい思いしやがって。俺にもあの人紹介してくれよ!」


 ちなみに阿久津本人ではなく、生徒会長がバズったらしく、動画の再生数が20万回、チャンネル登録者数が20人だったのが1000人に激増した。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る