第20話 魔力制御
風が冷たくなり、広場で過ごすのも厳しくなってきたと思いながらミヅキは木の下に仰向けになっていた。
少し前まで、青々としていた葉は色がかわり、茶色い葉がヒラヒラと風で舞い降りていた。それが面白くてのんびりと見ていた。
村にいたころは畑仕事が忙しくて、こうやって転がっている時間などなかった。
「村の皆どうしてるのかな?」
「気になるのか?」
突然声がして飛び起きると、そこにはユウキがいた。
「君はいつもそこに寝ているな」
「貴方はいつも、ここを通りますね」
「イルミの家に行く通り道だからな。で、どうだ? 勉強はうまくできているのか? 俺が教えているだからできなくては困る」
フンと鼻を鳴らしながら、ミヅキの目の前に座った。
「平均点は取っていますよ。レイ……-ジョ様にも教えて頂いていますしね」
「あ? レイって呼んでいるのか?」
ごまかしたつもりだったが、無理だった。
怪訝な顔をされた。
どう言い訳しようか考えたが思い浮かばない。
ヘビに睨まれた蛙だ。
「そうか。そんなに仲良くなったか」
「へ?」
王太子にへりくだっているユウキだから、レイージョに対しての態度を怒ると思っていたため拍子抜けした。
「何を驚いている?」
「いえ、未来の王妃に対しての態度を怒られるかと思いましたので」
「あぁ、別に。レイージョ・アクヤークが許したのだろう。ならいいんじゃないか?」
「ユウキ様は、王太子が許しているのに同じ学生同士のような態度を取りませんよね」
「あー」ユウキは視線をそらして罰の悪そうな顔をした。「あの方とは一線引きたいんだよ」
「一線……?」首を傾げた。
「王妃は母の兄弟だから、アキヒト様は親戚にあたるだよね」
「仲が悪いの?」
「仲良かった。だから、今は近づきたくない」
“良かった”と言う過去形の言葉から今は敬遠の関係なのかと思った。
「様々な方向から近づくから嫌になる」
「?」
「君も見ただろ。君と昔撮った画像を使って俺に構おうとするし」
画像と聞いてすぐにはピンとこなかったが思い出した。ユウキがイルミだった頃に図書館で写した画像の話だ。
しかし、“脅す”ではなく“構う”と言う言葉を使ったのが気になった。
「構われたくないのですか?」
「アキヒト様といると弟の機嫌悪いんだ。ふざけた顔して入れ替わりの話をして自分がキチガイのようにふるまう」
「そうですか?」少しが考えたが出会った、彼をキチガイだと思わなかった。
「君が不思議なんだ。いや、アキヒト様もだけど。信じようとするし……」
「私の場合は、ユウキ様が教えて下さったのですよね」
「あぁ、そうだった」
彼の中で弟の存在が大きいのだろうと思った。“弟が”と言うが、ユウキの方が執着しているようにも見えた。
あれ以来、森の中に入っていない自分には関係のない話だと思った。
「ってか、なんだそれ」
ユウキは驚いた顔した。
そして、ミヅキの左手にある指輪を指差した。「ちょっと見せろ」と言って左手を自分の方に引いて観察した。
「コレは通常に形ではない。どうした?」
「もらったです」
「レイージョ・アクヤークか?」
ユウキの鋭い言葉に小さく頷いた。
「あ、これは君の魔力で変形したのか」
「よく、わかりますね」
「魔力は人によって形や匂いが違うんだ」
「匂います……?」
魔力の匂いなんて嗅いだことないし、形なんて見えない。
「俺にはわかる。指輪から君とレイージョ・アクヤークの魔力を感じるが君の方が濃い」
ユウキは指輪を人差し指で撫ぜた。
息を飲んで見守った。
「この指輪を外してしまったら無効になる程度の物のはずなんだけど……。これは外れないね。本来の指輪の効果よりも強くなっているな」
「そうなんですか?」元の指輪の力が分からないから比較ができない。
「レイージョ・アクヤークが今、どこで何しているかわかる?」
「えーっと」
目をつぶりレイージョの事を考えた。常に彼女の居場所は把握しているが何をしているかまでは分からない。目をつぶって念じれば、わかるかと思った。
それほど期待していなかったが、鮮明にレイージョの姿が思い浮かんだ。
彼女は生徒会室の自席に座り仕事をしていた。その瞬間、彼女が振り向き目が会った。気のせいかと思ったが“ミヅキ”と口が動いた。こちらが見えているようであった。
「おい」と言うユウキの声が聞こえ目を開いた。
「あ、見えました。生徒会室で仕事をしています。こちらのことも見えるみたいで名前を呼ばれました」
「マジか」
驚きすぎてユウキの言葉が崩れた。あまり上品な話し方をする人ではないが、更に乱暴が言葉であった。
「マジか、マジなのか。そんな魔道具、つくれねぇよ。その指輪は相手の場所がぼんやり、学園内にいるくらいしかわからねぇはずだし、怪我は相手の怪我したとこが痛いくらいだ」
相手に伝える気はないようで、早口で一気に言った。指輪から手を離すと大きなため息をついて、地面に寝転がり頭を乱暴にかいた。
「なるほど、こりゃ、ほしいわ」
「……?」
「君の魔力で、魔道具の形が変わった。それだけではなく効果も上がっている。これを知っているのは?」
「レイージョ様だけです」
“レイ”と呼んでいることはバレていたが、なんとなく彼の前でそう呼ぶきにはなれなかった。
「そっか」と言ってじっとミヅキの指輪を見た。「君、魔力制御できないでしょ。指輪に残っている魔力が安定していない」
「……はい」
「平民だから仕方ない」
彼に“平民だから”と言われるのは好きではなかったが、レイージョの呼吸を停止させてしまったことを思い出すとそれについて反論ができなかった。
「貴族は魔力が高いのが普通だから制御方法を家で学ぶんだよ」
「え? 皆そうなのですか? 魔力では魔道具を動かすだけだと聞いたのですが……」
「馬鹿か」呆れた顔をされた。「魔道具を動かすということは、魔力を“流す、流さない”って制御ができるってことだろ」
“馬鹿”とはっきりと言われたが反論できなかった。
無知は罪だ。
学ばないのは罪だ。
もし、入学当初から学んでいればレイージョに辛い思いをさせることはなかった。
「もしかして、エレベーターや部屋にある文字盤に触れただけで発動したからできると思ったか?」
「……」
図星をつかれた。
「そういう物もある」大きくため息をついた。「レイージョ・アクヤークも未熟だな。平民が魔力制御できない可能性を考えなかったのか」
「レイージョ様は未熟ではありません。きっと、私が不安になったからあの指輪を使ったのだと思います」
「ほう」ユウキは面白いものを見るような目をした。
「あの、レイージョ・アクヤークに気を遣わせたのか。なら、アレは本気か」
「アレ?」
真面目な顔をするユウキに首を傾げた。
「頑張れ」そう言って、森へ入って行ってしまった。
応援された意味が分からなかった。
冷たい風が吹くとまた、ひらひらと葉が落ちてきた。その一枚がミヅキの頭の上に乗った。その葉を手で取りじっと見つめた。
「制御」
自分の手にある葉をミヅキはじっと見つめた。
いまだに、魔力の出し方が分からなかった。
しばらく考えてから、目を閉じて指輪の時と同じように葉に神経を集中させた。すると身体が熱くなるのを感じた。
その瞬間、男性の顔が脳裏に浮かんだ。彼が誰だかはすぐに分かった。
国王だ。
国中に彼の絵があり、見ない日はない。
国王は生徒会室の王太子の席に座っていた。
「なんだったんだ……?」
驚いて、目を開けると枯れ葉は少しずつ赤色が変わってきた。全て赤色になると砕けちってしまった。近くにあった落ち葉を拾い同じことをするとまた砕け散った。
その間も国王の顔が脳裏から離れなかった。
「……」
おじさんの顔がいつまでも頭にあり不快だった。
近くにあった葉を手にとり、レイージョをイメージしながら集中した。おじさんの顔を忘れたかったのだ。
レイージョの頬を赤くして照れた表情を思い浮かべると心が優しくなった。
すると、手に持った葉は赤く染まったが崩れなかった。
「おぉ」
レイージョの愛らしい笑顔を思い浮かべてみた。すると、赤く染まった葉にレイージョの顔が描かれた。それはイメージした通りの顔であった。
「面白い」
調子にのり、何度も繰り返したため周囲に落ちている葉には全てレイージョの顔が掛かれていた。
楽しくなり、目を閉じて葉の中に埋もれた。
ほのかにレイージョの香りがする気がした。
「な、なにをしているの?」
転がってレイージョ葉を堪能していると、聞きなれた美しい声がした。
それがすぐにレイージョだとわかった。
彼女の声は震えていた。
勝手に葉っぱに顔を描いたことを怒っているのかと思い慌てて目を開けて、飛び起きた。目の前には真っ赤な顔をして震え立っているレイージョがいた。
可愛い。
「レイに埋もれています」と笑顔で答えるとレイージョは「そう」と言った。
彼女は呼吸を整えて、ミヅキの隣に座った。
そしてレイージョの顔が描かれている葉を一枚拾った。
「よく出来ているわ。どうやったの?」
「レイを思い浮かべたのです」
「どのわたくしも笑っているのね」とレイージョは持っている葉以外の葉っぱにも視線を送った。
「ええ、レイはいつも優しく微笑んでくれますから」
満面の笑みを浮かべた。すると、レイージョはまた頬を赤くした。
「そういえば、何か私に御用ですか? 私を探すなんて初めてですよね?」
「パーティーにいないから」
「……パーティー」
「ええ。今日は広間でパーティーが行わる日でしょ。卒業の時のように大規模ではないけど、社交界にでる人間としては大切な行事よ」
朝、クラスの人間が受かれていたのを思い出した。
パーティーがあるからこそ、自分はここにいた。
「自由参加という話ですので、ここにいます」
「そうね。無理して出るものではないわ」レイージョは何か考えているようであった。「ずっと、ここにいたの?」
「ええ」綺麗な顔でじっと見つめられるとドキドキした。「あ、さっきユウキ様にお会いしましたよ。パーティーに出ないのですね」
「ユウキはいつも参加しないわ。身長が足りないから踊れないとか言って逃げるのよ。それはいいのだけど、本当にここいたのよね」
「ええ」
何度も確認するレイージョを不思議に思い首を傾げた。
「そう、ならいいのよ。それで、この葉はどうするの?」レイージョは自分の顔の描かれた葉を恥ずかしそうに見た。「このままはちょっと……」
「あ、そうですよね」
自分の顔の葉がバラまかれているなんて誰でも恥ずかしい。
ミヅキは手を広げて葉にかざすと集中した。一度に多くの数に対応できるか分からなかったがやってみることにした。
力を出しすぎないように、水道の蛇口をイメージした。すこしずつ水を出していく感覚だ。
すると、葉は赤くなり砕けた。
その時、首から下げている石が入ったチャームが熱くなったように感じた。そっとそれに触れると確かに熱を持っているようであった。
それをレイージョに伝えようとしたが……。
「全て、ミヅキがやったのよね?」レイージョに砕けだ葉を見て眉を寄せた。
「はい。先ほど、ユウキ様に言われて練習していました」
「そう。予知だけじゃなくて……、そんなこともできるの?」
「できちゃいました」
いつになく怖い顔をしているレイージョに不安になった。
「時間がないからはっきり言うわ。アキヒト様と結婚したくないのよね?」
「いやです」
唐突な質問に驚いたがはっきりと答えた。
「なら、わたくしとならいい?」
「はい」できるのかわからないけど、はっきりと答えた。
「では、そうしましょう」
「よろしくお願いいたします」彼女の言っている意図が分からなかったが元気よく頭を下げた。
「どういうことだか分かってないでしょ? 即答していいの?」
「はい」
確かに、唐突な話過ぎて理解できなかったがレイージョと結婚できるならどうでもいい話であった。
こんな幸せなことはない。
レイージョは呆れたように、笑った。
「承諾してくれたから全部話すわ」
「はい」
「ミヅキも知っての通り、アキヒト様は高魔力である貴女を側妃にするつもりだったわ。それは、国とためでもあり貴女自身のためでもあったの。それを断ったのよね」
「そうですね」
王太子と結婚するぐらいなら国なんか滅びればいいと思った。以前は大丈夫であったが今は、レイージョと王太子が仲良くする姿を見たくない。
「仲良くしないわよ」
「へ?」
「結婚するから話すわね。特殊能力で心が読めるの」
ぬぉぉぉぉぉぉ。
レイージョの能力を聞いた途端、心の中で雄叫びをあげた。顔が熱くなるどころか、燃えているようであった。今まで思っていたことが全て筒抜けなんて羞恥。
「ごめんなさいね」
申し訳なさそうにするレイージョに大きく首をふた。
「いえいえいえいえいえいえ。私、気持ち悪くてごめんなさい」
「そんなことないわ。女神なんでしょ」
「はい。愛しています」
すると、ぼっとレイージョ顔が赤くなった。
「あ、こ、言葉で聞くとなんかアレね」
レイージョは頬を抑えた。
あああああ。
レイ、レイ。
かわゆいよ。
照れた顔も最高だよ。
もう超大好き。
愛している。
「あ、うん。わ、わかったわ。もう……」
赤い顔のレイージョに抱きしめられた。
そして、耳元で「落ち着いて」と言われたが、そんなことされたら落ち着けるわけがない。心臓がハイスピードで動き100年ぐらい寿命が進んだ気がした。
頭は大爆発。
「あ、情報過多よね。ごめんね」
レイージョが背中を優しくなぜてくれた。すると次第に気持ちが落ち着いてきた。
心臓の音が正常になったころ、レイージョはミヅキを離した。
「生徒会の人間全員に特殊能力があるだけど、それはおいおいね」
「……はい」
「話進めるわ。貴女の魔力が強すぎるのよ。隣国が気づいたみたなの」
「あら」
「あら、じゃないの」レイージョは葉がなくなった地面を見た。「魔力制御できるようになったのね。朝は出来なかったわよね」
「ユウキ様にした方がいいて言われたからやってみました」
「さっきもその話していたわね。天才すぎるわ。普通、教えてもらって何年もかかるのよ」レイージョは小さく息を吐くと座りなおした。「まぁいいわ」
「このままじゃ、隣国に誘拐される可能性があるの。それは我が国にとっても貴女にとってもいい事ではないわ」
「レイにとっても?」
「勿論よ。貴女には国にいてほしいわ」
「嬉しいです」
自分の国も隣国もどうでも良かった。ただ、レイージョに必要とされるだけで嬉しかった。高魔力で、それを扱える“天才”だからだとしても、レイージョが手放したくないと思ってくれているのは嬉しかった。
その時、レイージョ大きなため息をついた。
「わたくしの“愛”については、のちのち伝えるわ。今は時間がないの」
「愛」
頭の中がハートでいっぱいになった。
ニヤニヤしているミヅキを見てレイージョは困った顔をした。
「ちょっと来て」
レイージョに手を引かれて立ち上がった。そのまま、彼女について走った。彼女はとても焦っているようで足が速くついていくのがやっとだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます