第57話 高学歴オタクアイドル、石動まりあ
「まさかハルさんが連の事を好きになるなんて」
ハルさんの宣戦布告を受けた次の日。
今、アタシ達は事務所のスタジオでのダンスレッスンを終え、リフレッシュルームで机に飲み物を置き、椅子に身を預けていた。
ダンスのトレーナーから「3人共、動きが荒れている。今日は一体どうしたの?」と言われた。
動きが荒れている、そんなの決まっている。理由は河原木美晴――プロコスプレイヤーのハルさんだ。あの人は連の所属するアクションチームでスーツアクターも兼務していた。そして連に惚れていてアタシ達の前でキスまで見せてきた。
あの時の衝撃と怒りは一夜経った今でも嫌でも頭に残っている。アタシは我を忘れて感情に任せてハルさんに殴りかかろうとした位だ。でも、それは連に止められた。一瞬、意味が分からなかった。直後、アタシは連とハルさんは実は付き合っている、だから彼女を殴ろうとするアタシを止めたんだと考えた。その後は全ての感情がグチャグチャになった。単に連に気付いてもらおうとするだけで自分から気持ちを素直に伝えようとしなかった自分が悪いという事は分からないでは無かった。でも分かりたくなかったし考えたくなかった。連がアタシ以外の女と愛を育んでいる事が。
でも、それはアタシの一方的な勘違いだと分かった時は心底ホッとした。でも、ハルさんが連の事を好きなのは紛れも無い事実。しかも相手は連と同じチームで行動を共にする事も多く仕事上色々なやり取りがある事は間違いなくあるだろう。そしてその時もしかしたら…があるかもしれない。そんな事絶対あって欲しくないけど、どうなるか分からないから怖いのが正直な所だ。
「同じチームに所属か…。そこが一番厄介ね…」
「こうなったらわたし達もそこのチームに入団して連ちゃんと一緒に居るしかないかもしれないね」
「それができたら苦労しないわ。流石に二重所属はマズいわね。しかも今の私達はスケジュールがかなり先まで埋まっているし、引退するにもできない。したら違約金とかで面倒な事になるし」
「わたしは違約金とかどれだけになろうが関係無いね。重要なのは連ちゃんと結ばれるかどうかだから」
「綺夏、本当その辺り自由ね…」
「仮に今、私達が引退して連くんのいるチームに入団したら逆に連くんに余計な気を遣わせる事になりかねないわ。そんな事、私は絶対にさせたくないからやはりそれは無しよ」
「でもこのまま確実に行くとこまで行くわよ、ハルさん」
「もういっそ連ちゃんの練習時間に電話とかしちゃう?」
「そんなの無駄に決まってるじゃない。絶対アイツの事だから無視で終わるわ。ゴールデンウィークがそんな感じだったでしょ」
「なら今以上にアプローチする?」
「そんなのしたって絶対無理でしょ。あの後の事、思い出してみなさいよ」
ハルさんが帰った後、アタシ達は真っ先に連の部屋に行った。連に会いたい、連を感じたい、連にキスしたい、その感情がアタシ達を突き動かしていた。
でもアタシ達が部屋に入るなり「話なら後で」とあっさり突き放された。どうも日曜朝の特撮の録画を観ている最中だったらしい。仕方なくアタシ達は連の部屋の前で大人しく待つしかなかった。少しして部屋のドアが開いたので真っ先に連が言ったのが「河原木さんは?帰ったの?」だったのは少しムカついた。気にする所がハルさんって何よ!
それに我慢ならなかったのはアタシだけでは無かったのか、水沙が連の両肩をガッと掴んで「連くん、キスして!」と叫んだ。
でも、連は意味が分からないという顔で「キス?いやしないでしょ」と反応した。
綺夏とアタシが言っても「何言ってんの?」と真顔。
「アンタ、ハルさんとはキスしてたじゃない!アタシ達はしちゃいけない理由でもあんの!?」とアタシが詰め寄ったら、「あれは河原木さんが揶揄っただけで本気じゃないって。あの人は俺を弟だと思って遊んでるだけだよ」とか言ってきた。
イヤイヤ!あの人遊びとかそんなんじゃないから!本気も本気だから!てか水沙みたいな度が過ぎたブラコンな姉以外は弟と気軽にキスしようなんて思わないから!アタシ達がどれだけ言っても連は河原木さんが自分に恋愛感情なんか持っていないと決めつけていた。連が鉄壁なのは知ってたけど実力行使に出てもこれとはね…。流石にアタシ達も脱力しそうになったし、内心ハルさんに対してはざまぁみろと思うと共に同情もしてしまった。
その後、せめてものという思いでアタシと綺夏は泊まって4人で寝る事にしようとしたが、連に追い出された。あんな事があっても結局、連は連だった。
ただ、それでも納得がいかないから連が寝たタイミングでもう一度連の部屋に入り込んでアタシ達は連の唇にキスしてベッドに入った。
アタシの誕生日に連の部屋に泊まった時でも頑張って寝ている時に頬だったから自分でもかなり頑張ったとは思う。ただ順番はじゃんけんで決めてアタシは2番目だったのは悔しかったけど。最初は水沙で最後は綺夏だった。特に綺夏はかなり長い時間キスをしていてアタシと水沙で最後は引き離した位だったし。
その後、連のベッドに3人で入ったら当然狭い。両隣をアタシと綺夏、上から水沙が覆いかぶさる形になって特に水沙はポジションを取り辛くベストな位置を探すのにもぞもぞ動いていた。まぁ水沙は一番おっぱいもお尻も大きいから仕方ないわね。そんな事を考えていたら連が起きてしまい「寝苦しいから出ていけー!」とまた追い出された。
でもアタシ達は懲りずに何度も昨晩はベッドに入っては追い出されるを繰り返しただけだった。
キスできたのは良かったとしてもやはりちゃんと連が起きた状態でキスしたかったのでそこはやはり悔いが残る。また改めてしないといけないわね…。
「キスされても自分に好意を寄せているのに気付かないのは相当よね…」
「要はハルさんは連ちゃんにとって好きな相手でも何でもないからじゃないの。わたしだったらもっと連ちゃんも意識すると思うけど」
「その自信、どこから来るのよ…」
「何の話してんの?」
急に声をかけられた。アタシ達は声をかけられた方に顔を向ける。
そこにはオレンジの先がふわふわにカールしたロングヘア―でスタイル抜群で明るく屈託のない笑顔を浮かべた女性がいた。
「「「まりあさんお疲れ様です」」」
アタシ達は立ち上がって挨拶する。
この人は
正直、アタシ達はデビューしてすぐに売れたので下積みらしい下積みの経験は無い。それが他のアイドルの先輩達からやっかみを受ける事もあるし、それ自体は仕方ない事だとは理解している。けど、まりあさんは違った。デビューは確かにまりあさんの方が早く、あの人もそれなりに下積みを経験している人だ。そんな中で後輩のアタシ達が先に売れたのは面白くない部分もあるだろうけど、そういった感情を全く出さない。いい意味で飄々としていて明るくアタシ達にも良くしてくれている。
アタシ達にとっては尊敬する大切な先輩だ。
「うん、お疲れ~。本当皆良い子だね」
「いえ良い子なんてそんな…」
「謙遜しなくて良いよ。3人が頑張っているのはあたしもよく分かってるから。ちゃんと事務所のレッスンも真面目に受けて偉いよ~」
「そんなの当たり前ですから」
「その当たり前ができない人もこの世の中にはいるって事よ~。ま、それはいいやで何の話なの?あたしも混ざって良い?」
「別にまりあさんには関係の無い話ですから」
「ふ~ん、そっか。あ、そうだ」
流石に連の話をまりあさんにはしたくない。それは2人も同じ様で水沙が話を逸らさせた。
「そういえば3人とも昨日、仮面ライダーショー観に来てたよね。3人共特撮にそんな興味無かったよね。まさか遂に目覚めちゃった!?」
えっ?昨日のアタシ達の存在に気付いていた…?ちょっと待って、まりあさんがあの場に居たの?アタシに衝撃が走る。綺夏が見た事が無い位に驚いた顔をしている。
でも水沙は独り何か考え込む様にしている。水沙は気付いていたの?
「ひょっとして帽子を被って濃緑のボブカットのウィッグ被って眼鏡かけてました?」
確かにそんな人がいた気がする…。え?ひょっとしてあの人、まりあさんの変装だったの?
「あ、な~んだ見られてたのか。うん、そだよ~。丁度、昨日は仕事の合間に良い感じに時間ができてね、そうしたら近場で仮面ライダーショーがやってるじゃない。つい観たくて変装して観に行ったって訳。それにしてもやっぱりそうか、あたしもね~、撮影会の時に見た事あるけど髪型が違う3人組がいるなぁとは思ってたんだよね~」
屈託なく笑うまりあさん。アタシ達の変装まで見破っていたなんて…。
流石高学歴オタクアイドルと言った所かしら…。
「特に綺夏ちゃん、凄かったね~。いきなりRXにキスするのはあたしも見てて大胆な事するな~ってビックリしちゃったよ~。そんなキスしたくなる位RX好きだったの?なら教えてよ~。オススメエピソードピックアップして教えてあげるから」
「いや、別にそれは大丈夫です」
綺夏が珍しく押されている。いつもクールな反面マイペースな所がある綺夏だけど、まりあさんには大体押されている。まりあさんのノリが綺夏のマイペースさを上回っているんだろう。
「じゃあ何?ひょっとして帰り際に話してた男の子が理由?あの子、可愛い感じの子だったよね~。3人の知り合い?」
嘘!?ナンパされた後の連とのやり取りを見られてたの?冷や汗が流れる。
確かに以前、まりあさんが家族の話を振ってきた事があった。その時に水沙が弟がいると一言言った位だった。基本的にアタシ達は連の事を他のアイドル達や芸能人、芸能関係者には詳しく話さない。もしそれで連に興味を持たれるのが嫌だからだ。連の魅力はアタシ達が知っていればそれでいい。
「知り合いという程の相手じゃあ。たまたまナンパされてた所を助けてくれた人なだけですよ」
水沙が適当にお茶を濁す。下手に関係性を疑われるとマズいので当たり障りの無いこの回答しか無いとアタシも思う。
「ふ~ん、そう。じゃあやっぱり仮面ライダーの魅力に目覚めたって事?なら大歓迎よ!とりあえず今度、DVD持ってくるね~。ってもう時間か。じゃああたしはまたレッスンがあるから。またね~」
そのまま去っていくまりあさん。正直、アタシ達は仮面ライダーや特撮に1ミリを興味は無いどころ連の事もあってむしろ疎ましく思っている向きもあるけど下手に連に興味を持たれる方が困る。ならまりあさんにはそう勘違いしてもらった方が助かる。
まぁとりあえず当面の問題はハルさんか…。
この時、アタシ達はまだ気付いていなかった。まりあさんがとんでもない爆弾を持っているという事に…。
超人気アイドル達のライバルは特撮ヒーロー! 霧月 @kirituki1914
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