第23話:力の差
ミレハは血塗られた両手を思い切り握り、自分の不甲斐なさに唇を噛み涙している。
そこにローゼンかやってくるも顔をあげようとしない。
「なんで…なんでなんですか…お母様。戦いながら私とゆっくり話を出来るほどに余力があるのに…何故助けてくれなかったの…」
「私は助けてはいけなかったんだ。ギルバート・メトリアスは今ここで命を落とす
ローゼンの心無き言葉にミレハは顔を上げてローゼンの服をぎゅっと握る。
「それだけの事って…彼の死がそれだけの事で片付けられていいはずがないわ!彼でなくても他の兵士さんでも同じ!お母様は強いから死なんて些細な出来事なのかもしれないけど私たちはそうじゃない!死を軽んずる事なんて王妃としてあるまじき事じゃないの?!」
激しい剣幕でローゼンを睨みつけるミレハ。
「ほう。この私に楯突くのか」
その一言の圧力でミレハは怯え、下を向く。
「王妃。アンタの事情は分かんねぇ。だけど、子どもが泣きついてるんだ。今は事実を突きつける前に少しは慰めの言葉っていうのをかけてあげるべきタイミングだぜ?」
この会話の間に四賢龍神の猛攻や、竜族からの攻撃はローゼンの張る防壁で全て難なく伏せがれている。ここまでの実力差を誇るローゼンが何故ギルバートの救助をしなかったのかがミレハにとって疑問である事は火を見るより明らかだった。
「ああそうなのか。相変わらず分からぬものだな。ヒトの心というのは。」
ローゼンはローブにしがみついて下を向いたままのミレハと目線を合わせるように片膝をつき、そっと抱き寄せる。
「すまない。いずれお前も私の事を知る時が来る。その時に理解してくれればいい。それまでは私の事を恨んでくれてもいい。しかしミレハ、お前は強い子だ。今の私よりも強くなる。今は救えず私に助けを求めてしまうと思うが、いずれ力をつけてメトリアスのように立派な騎士をも守れる力をつけていけばいい。それは忘れないようにしてくれ。子の心も分からない母親からの唯一のお願いだ。」
その柔らかながらも芯のある言葉に、今現状を悔やむようにミレハは再び泣き始める。
それは先程の事を忘れないようにするためであり、次は自分が守れるようにするため。
「お母様のせいにしてごめんなさい。…私…強くなります…。絶対…誰でも守れるように…私を守るために誰かが犠牲にならないように。」
ミレハを強く抱きしめると何かを感じ取るローゼン。
ミレハをプロメタルの方へ押し飛ばすと同時に破裂音がする。
プロメタルはその一瞬をミレハを抱きとめながら見るしか出来ない、それほどの速度で楕円形の球体がローゼンへと向かう。
余裕で防壁を張るローゼンにプロメタルは特に心配もなく見ていたが、四賢龍神の攻撃をもろともしなかった防壁を、その球体はいとも容易く破ってみせたのだ。
ローゼンの頭部に当たると鮮血が飛び散る。
「親子の絆ってやつか。イシュバリアの魔女といえど甘ちゃんごっこ中は俺に気づかなかったようだな。一緒にいたのが鈍いテメェで良かったよ。プロメタル。」
プロメタルは声のするほうを見る。全く魔力を感じ取れなかったその場所に確かに見知った顔がいた。
「ヴァイゼン…お前…」
「やったのか?って顔だなぁ?答えはイエスだよ。持ってるもんから煙上がってんだから愚問だろ。何正義ぶってんだよドカス。」
「加速魔術…くっ!」
ミレハを連れて離脱しようとするプロメタルの腕を、まぁ待てよ。と掴む男。
元アルスレッド王下騎士団、ヴァイゼン・ルヒト。
プロメタルの魔術発動が無効化される。
「俺の前でお前らの魔術が通用しねぇって分かってんだろ…おら、さっさとその娘を寄越せ。タタラへの見せしめにしてやる」
「お母様…!お母様ッ!」
プロメタルから離れ、倒れて動かないローゼンに近づき体を揺するミレハ。
娘の呼びかけ虚しく、ローゼンは体が動かない。
やがて揺する手を自分の頭に動かすと蹲り、涙を流す。
「お母様も私のせいで…」
涙が途端に止まり、瞳が虚ろになり始める。
「落ち着けミレハ!それ以上自分を追い込むな!お前のせいじゃない!」
「お母様のいない世界なんて…私のせいで大切な人が目の前で死んじゃうんだとしたら…私なんて消えてしまえばいい…」
ミレハはただただ涙を流して動かなくなる。
「壊れたか。ま、無理もねぇ。世間知らずのままで戦場に出たツケってやつだ。おら、最期にお父さんに会いたくねぇか?」
差し伸べられるヴァイゼンの手を勢いよく弾くミレハ。
「あなたの手なんてとらない…もう…どうなったっていい…誰か…私を…消して…」
そう言い残したミレハの体から黒いエネルギーが溢れ出す。
『その願い。我が叶えてやろう』
どこからか響いたその声と同時に黒いエネルギーは粘度の高い濁流となり、ミレハを包み込んで卵のような状態になった。
ヴァイゼンがプロメタルから手を離した瞬間、プロメタルの中に声が響く。
――――何も聞き返すな。ただお前はタタラたちに龍神王と他の龍との融合をさせるな、とだけ伝えろ。王妃命令だ。
ローゼンからの言葉にプロメタルは全速力でタタラ達の元へ向かった。
「逃げやがったか。まぁいい。さてこの卵みてぇなもんはなんだ…」
ヴァイゼンが卵状の何かへ手を近づけば近づけるほど、脱力感に襲われる。
それと同時に手が震え始める。距離をとるとその震えも脱力感は消え失せた。
その時点で触ってはならないものだと認識したヴァイゼン。
――――実験が成功しただけマシか。
心の中でそう思うと共にセクバニア軍がやってくるのを感じ取るとその場を去っていった。
残されるは四賢龍神のセレノーゲンとヘルノーゲンの2体と、竜族の兵士たちのみ。
「相手国の軍が動き切る前に攻めるぞー!全軍突撃ー!」
竜族の隊長と思わしき存在が号令をかける。
一斉に突撃し始める竜族の軍が、卵状の何かの手前に差し掛かったその時。中身が紫に光った。
「っ!!今すぐ退け!ソレに近づいてはならん!」
「もう遅いわ」
包まれたミレハがいるであろう場所から声がする。
ミレハの声に重なって、低くどこか艶のある声が聞こえる。
その声と同時に卵の麓から黒い濁流が竜族たちを次々と飲み込み始める。
濁流に飲み込まれた竜族は断末魔をあげながら濁流の中に溶けていく。
濁流に飲み込まれなかった竜族も9本に及ぶ黒い触手のようなものに捉えられ、濁流の中へと呑まれていった。
そうして西の竜族軍の半分が一斉に消えたのだ。
「ふむ。腹一分といったところか…」
卵の内部から声が響くとそれが途端に溶け始める。中から九本の触手らしきものを背中に漂わせ赤黒い異形が姿を現す。
「貴様は誰だ…あの小娘ではないな…?」
セレノーゲンは問う。
漂う雰囲気からミレハではない事を感じ取ったのだ。
「なんだ。龍神の欠片でいて我を知らぬとは」
カタチか?と言いながら異形は見せる姿を少し変えてみる。
異形が纏うエネルギーが霧散すると尖った2つの耳が頭に、紫に光る瞳がヒトでいう両目の部分へ生成された。
白い毛となった異形の放つ異常なほどの悪意がセレノーゲンの顔を強ばらせる。
背丈は先程までいたミレハと変わらないが、龍神王の一部であった頃の記憶の片隅に朧気に蘇るその瞳と耳。
ただその記憶を思い出した瞬間、セレノーゲンは戦慄する。
今この場にいる事自体がありえないためだ。
「貴様は…以前の三大神災で倒したはずだ…ッ?!」
セレノーゲンの反応はあまりに遅すぎた。
視界がぐらつき、セレノーゲンの体は地面に伏した。何が起こったかセレノーゲンには分からない。それもそのはず。誰にも反応出来ない速度でセレノーゲンの両脚は消失したのだから。
「
セクバニアの隊長格を一瞬で灰燼と成すほどの漆黒の業火に妖神は包まれた。
「不完全な器を使うからこうなる。平伏せェ!」
黒炎を押し潰す龍言。だがそこに妖神の姿がない事を確認したのがヘルノーゲンとしての最期。
「不完全な器というならば貴様もだ。龍神の欠片よ。我が贄となるがよい」
既に頭部のみとなったヘルノーゲンは妖神の背後に飲み込まれると溶けて消え去った。
その時点でセレノーゲンと妖神から光の柱が上がり始める。
「これは…今はまずい…ッ!」
これは再融合のための光。龍神王が別け隔てた四賢龍神を自分の体に戻す術だ。
かつての日から1度たりとも再融合した事がない事から中央で竜神王を脅かす何かがあったのだとセレノーゲンは察する。
それと同時に今再融合しては、ヘルノーゲンを喰らった妖神までも龍神王の元に案内する事になる。
それだけは避けなければならない。
黒いエネルギー体に戻る妖神にヘルノーゲンを取り込まれた今、龍神王は完全な状態には戻れない。
完全ではない龍神王が今の妖神に勝てるかさえ分からない。
――人間に願うなど情けないが賭けるしかない
「走る男よ!四賢龍神が一角、セレノーゲンより命令を成す!龍神王への融合を何としても阻止せよ!その体死に絶えるほどに走れ!!」
龍神王への合流が開始された今、四賢龍神の誰もがそれを止める術を持たない。
セレノーゲンは葛藤の中で、龍神王と融合した妖神が内側から食い破って出られてしまうのが最も最悪なシナリオだと判断し、全速力で走るプロメタルへ龍言を叫ぶ。
プロメタルへ届いたのか、見るからに走る速度が速くなる。龍言に少し驚くもプロメタルはただ黙って親指を立てセレノーゲンへ合図する。
西で発生した異常事態の終息はプロメタルの脚へと賭けられたのだった。
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