第28話 将来の風景

 高校生の夏休み。


 ラブコメ界にはイベントが盛りだくさんだ。

 夏祭り、花火、プール、BBQ、最近だと図書館デートなんてのも定番化されている。

 これは別に主要キャストにだけ用意されているイベントではなく、モブにも等しく参加資格はある。かく言う俺も昨年はこれらのイベントに参加していた。

 ただ、昨年までは参加していただけであり『ラブコメ』に発展するようなことはなかった。まあ、しゃーないわな。参加メンバーは部活の仲間やら中学時代の同級生やらだ。完全なるモブ枠の俺がラブコメをする機会はなくて当然だ。


 しかしながら、今年はちと状況が違う。俺もラブコメの主要キャストになる機会ができたからだ。


♢♢♢♢♢


「おはようございます、信平くん。朝ですよ?」


 めっきりと出番の減ったスマホのアラームに代わり、爽やかな美少女のモーニングコールが耳元で囁かれる。


「おっ、はよ」


 普通に挨拶しているつもりだが、かなり動揺している。なぜって? だってここ、俺の部屋だし? まだ朝の6:30だし? 耳元で囁いたのまいだし?

 百歩譲ってラブコメ定番の幼馴染美少女が起こしにくるのならまだわかる。実際、隣家では毎日行われてることだし? 

 なぜまいがここにいるのか? しかも、夏休みに入ってからほぼ毎日のようにウチにきている。


「朝ごはん準備できてますから起きてきてくださいね」


 眠気も吹き飛ぶ美少女の微笑み。


 パタンと閉まった扉を見ながら「はぁ〜」と深いため息を吐く。憧れがなかったわけではないが、実際に起こしに来られると心臓に悪い。もし仮に、これが付き合っている彼女なら抱きしめてもキスしても問題ないだろう。

 だが、まいは違う。友達と言っていいほどには親しくなった。けれども恋人ではない。

友達以上恋人未満と言っていいのかわからないが、一つだけ言えることがある。


 外堀埋められてる?


 夏休み初日、部活があるとは言えいつもよりは遅い時間に起きるつもりでいた俺の朝は、美少女による寝起きドッキリでスタートした。


「の、信平くん。おはようございます」


 目の前の光景を現実のものとは受け取れずに、夢の中の出来事として現実逃避をしようとしたのは言うまでもない。


「その、薫さんにお願いして夏休み中、信平くんの朝ごはんを担当させてもらうことになりました」


 白のワンピースにピンクのエプロン姿のまい。若奥様と呼ぶにはまだ幼い容姿だが、少し申し訳なさそうな、それでいて照れているような表情で話すまい。


「夏休み中? こんな朝早くに? 母さんに何か吹き込まれたのか?」


 バイト仲間のまいと母さん。この前の勉強会でまいを見つけてから、母さんは事あるごとににまいの話題をするようになっていた。

 やれ『アンタには高嶺の花でもしっかりと捕まえておきなさい』やら、『このビッグチャンスを逃したら次はないから』やら、どうしても俺とまいをくっつけたいようだ。


「ち、違います! 私が自主的にお願いしました。『しっかり胃袋掴んでね』とか『これからはお義母さんって呼んでね』とか『既成事実作りは高校生らしくね』とか言われてますけど、夏休み中も信平くんに会いたいって思って私からお願いしました」


「お、おぅ。あ、ありがとう」


 真っ赤な顔を両手で隠しながら捲し立てるように話したまいに、思わずお礼を言ってしまった。

 

 結局、まいは宣言通り毎朝ごはんを作りにきてくれている。ちなみにウチにくるときは母さんが車で迎えに行ってるらしい。

 俺が部活やらバイトで出かけるときはそれに合わせてまいも帰り、用事がないときは午前中はウチで一緒に宿題をしたり映画を見たりし、昼食を一緒に食べてから帰りは俺が送って行ったりしている。これ、毎日おウチデートしてると言っても過言じゃねぇなあ。母さんの言う『高校生らしい既成事実』ってやつが出来上がってるんじゃないか?


♢♢♢♢♢


「「いただきます」」


 ダイニングテーブルにまいと向かい合わせで座り朝食を食べる。はじめて食べた弁当と比べると着実にレベルアップしていることがわかる。


「うまっ、もう卵焼きはまいの作ったやつじゃないとダメだな」


 ほんのりと甘い卵焼き。毎日でも食べたいと思うのは贅沢な願いだろう。


「ほ、ホントですか? 『まずは卵焼きから』って薫お義母さんから手ほどきを受けてますけど、信平くんにそう言ってもらえると頑張ってる甲斐があります」


「まじまじ。毎日でも食べたいって思ってる」


 事実、俺の胃袋はすでにまいに掴まれかけている。味もさることながら、俺のために頑張って作ってくれてるってことを考えたら、これ以上もものはないだろ? って思っても仕方ないことだ。


「ま、毎日……、わ、わかりました! 毎日、いつまでも信平くんのために頑張ります」


 身を乗り出して宣言するまい。なんかプロポーズめいた言葉だったかな? と思いながらもうれしそうな表情のまいと一緒に囲む食卓の風景がいつまでも続いて欲しい気持ちが芽生えている俺。


 まいよりも先に言葉にすべく、俺は告白のタイミングを図るようになっていた。


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