第9話 喧嘩、あとの祭り
シャワーを浴びおわって髪を乾かしているとレーイチがそばにやってきた。
「ニコはちゃんと髪乾かしててえらいね。面倒くさくないの? 」
「正直面倒くさい」
「でも毎回ちゃんと乾かしてるよね。僕らだいたい自然乾燥だからうねったりするのにニコは髪の毛まっすぐ」
ドライヤーは比較的簡単に直せるので、使おうとすればみんな使えるのに、髪をきちんと乾かすやつは少ない。我々は見た目には無頓着だからだ。まあ同じ見た目のやつしかいないのだから当たり前かもしれないが。
自分の髪に触れた。我ながら地道な努力のおかげでまっすぐ伸びている。手櫛で髪を梳きながら、こうして髪を触っていたやつのことを考える。無論二二のことである。
「ちゃんと綺麗にしてるとそうなるのか」
と少し不思議そうだった。
「二二だってこうなるよ」
と言うと
「自分の髪触っても楽しくないもん」
と相変わらず俺の髪を梳いていた。
「やだ? 」
と俺の顔をのぞく。答えはわかっているくせに。
「……別に」
そういう、思い出。
我々は同じ遺伝子ながらそれぞれが積んだ経験によって習慣や好みは少しずつ異なっていく。正直関わりがないやつの区別は難しいが、同じ班のやつなら年齢が同じでも区別がつく。声は一緒に聞こえるが、話し方に違いが出てくる。
それから少しだけだけど匂いが違う。動き方が違うと代謝に違いが出るのだろうか。汗くさいとかそう言う意味ではないが、レーイチと俺の服が並んでいたとして、同じ寸法の同じデザインでもどちらがどちらの持ち物かはなんとなくわかると思う。自分の匂いと自分と暮らしている同じ遺伝子の別人の匂いは判別できるのだ。
「ニコ」
またレーイチに話しかけられた。
「何」
「……最近、考え事が多くない? 」
「お前には関係ない」
後から考えればもう少し言い方があったかもしれない。
「そうだけど」
なんだかレーイチが不機嫌だ。
「……誰のこと考えてる? 」
様子がおかしい。背を向けたままだったので、向き直って見ると、瞳に嫉妬らしきの炎が灯っていた。弁解しようとして、ふと思い至った。俺が何を弁解することがあるのだろう。黙り込んだ俺を見て、レーイチは言った。
「君が考えてることに口出しする権利はないけどさ。僕と話してる時に上の空なのは良い気分じゃないよ」
今にも泣き出しそうだったが、泣かないだけの理性はあるようだった。
「僕言ったよね」
「なんて」
「ひっどいなあ」
言いたいことはわかるが、言ってやる義理はない。
レーイチがこちらににじり寄ってきた。何を思ったのか頭を触ろうとしてきたので手を引っ掴んでおろさせた。
「言いたいことがあるなら口で言え」
レーイチは唇を噛むと俯いて
「ごめん」
と言った。まだ何か話したそうだったが面倒なので聞きたくない。話すな、と言うオーラを発してみたが、レーイチはそれを無視することにしたようだ。
「僕はニコにとって良いバディでいたいし、ニコにとってあの人……二二番が大切だったのも知ってる。だから最近まで二二番みたいに寡黙になってもみたし自分の気持ちも話さなかった。僕良い子にしてたでしょ? 」
事実だったが俺は否定も肯定もしなかった。その沈黙をどう受け取ったのかわからないが、レーイチはそのまま続けた。
「何も無条件で良い子でいた訳じゃないよ。僕のこと、好きになってくれると思ったからだよ」
俺は何も言わなかった。この話を聞かなきゃいけないんだろうか。聞く必要なんてないんじゃないか。俺に選択肢はない。だって二二は死んでいる。レーイチに言われるまでもなく彼とは良好な関係を築かなきゃいけないし、テレパスについて解明できていないことの多くは、二二が死んで以降、俺がその能力を使えないことに起因する。レーイチは言葉を続ける。
「ニコ、僕の何がダメなの」
もうやめてくれ。そんな目をするな。そんな声で呼ぶな。俺はどうしたらいいかわかんなくなるだろ。
レーイチは俺の手を握った。振り払おうとしたが今度はびくともしない。そしてそのまま俺を抱きしめて耳元で囁く。
「ねえ、ニコ。なんで僕らは同じものなのに、こんなに違うんだろう。だって僕らは三人とも同じ遺伝子を持ってる」
けれど、それぞれ別の人間だ。所詮同じ見た目の他人だ。
「離せよ」
少しだけもがいてみたがレーイチはまだ離してくれない。レーイチの両脚の間に挟まるような体勢で延々と続く繰り言を聞いているわけである。……俺にもある程度の羞恥を感じる能力はあるんだが。まあ力の差はそうないので思い切り突き飛ばせば逃げられるが流石にちょっと可哀想だし……。
「僕の話聞いてる? 」
「聞いてる聞いてる」
「……いっつも僕ばかりニコのこと好きで、勝手に拗らせて暴走して、本当に不平等だ」
暴走の自覚はあるのか。
困ったなあ。何が困ったって、俺は別にコイツのこと嫌いではないということだ。でも二二の代わりにはならない。困ったな。
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