第10話

「あぁ……疲れた……」


 学校の教室にて。

 俺は机に突っ伏しながら、疲労を回復させていた。家から猛ダッシュで学校に来たものだから、足が棒に……。

 

 まさかの「喧嘩した」という話の流れになり、居心地悪くなったから家を飛び出してしたが、その際に一つやらかしてしまった。


 ──弁当、家に忘れた。


 誰もがお腹を空かすであろう昼休みに、昼食無しという形になってしまった。一階に学食はあるが、お金が無いので買えない。


かえでが俺の分のお弁当を持ってきてくれたら、泣いて喜ぶんだけど……)


 母さんが楓に俺の分の弁当を持たせている可能性があったが、あの楓のことだ。絶対にに違いない。


 最悪の場合として、楓が俺の弁当を持っておらず「私のお弁当を上げる代わりに、私にあーんすること!」何て言い出したら、本当に詰みだ。


(あぁ……今日は昼食無しにするか)


 空腹状態で五、六限を受けるだなんて、俺は耐えれるのだろうか。


「……私の何が、駄目だったの」


 すると、隣から小さな声が聞こえたかと思うと、穂紗季ほさきが本を読みながら顔を歪めていた。


 俺は、穂紗季が不機嫌そうにしている理由が分からず、本に何かあるのかと見てみると、タイトルに『カラマーゾフの兄弟』と記載されていた。

 良いセンスしてるな。俺も読んだことがある。


 ここで俺が「その本、俺も読んだことあるぜ!」と話しかければ、会話に花を咲かせれたのだが、そんな勇気は持ち合わせていない。


(……とりあえず、昼休みに入ったら教室を出るか)


 また注目されるのはゴメンだ。楓が来る前にどこかへ行かなくてはな。

 でも、どこへ行こう? 昼休みに人気が無い場所と言えば、図書室か? そうだ、図書室なら人気ひとけは少ないし、暇つぶしも出来る。


 俺は授業が始まるまで特にやることが無かったから、寝たフリをした。





 キーンコーンカーンコーン、とチャイムが鳴り、四限終了の合図を告げる。


「授業は終わりだ。各自、昼食を取るようにな」


 数学担当の先生がそう言い残し、教室から出ていく。周りからは「難し過ぎだろ……」や「まじで眠かった……」と、授業に対する感想を零していた。


(よし、楓が来る前に立ち去るか……!)


 俺は教材を机に並べたままイスを引き、教室を出ていく。廊下ではたくさんの生徒達が談笑しており、俺にとっては少し居心地が悪かった。


(図書室は……二階だな)


 目的地が分かれば移動はスムーズ。

 二階へと移動し、人気ひとけの少ない廊下を少し歩いた所で、図書館らしき部屋を発見する。


 俺は扉を開け、中に入る。

 中央には大きな長方形をした木の机と、そこで本を読むための木の椅子が並べられていた。

 もちろん誰も座っておらず、受付を見てみるも、司書はいなかった。


 早速暇つぶしのために本を探し始める。

 この図書室には一体何冊本があるのか……それ程までに多かった。

 ふと俺は、一つの本に視線を止めた。


「『一人でいたいあなたへ! 妹から嫌われる方法』……?」


 内容が気になり、その本を手に取る。

 そこまで厚さは無く、これなら30分ぐらいで読破できそうだ。


(ていうかこれ、俺以外で欲しがるやついるのかよ……)


 当然の疑問だ。

 どこの層にこれを必要とする読者がいるのか謎である。帰ってから調べてみよう。


 手近にあったイスへと座り、早速捲ってみる。


「えーと……『話しかけられても無視をする』……もうしたな」


 無視をした結果、逆にそれを利用され敗北してしまったのだ。これは通用しない。


「えーと……『妹が買ってきた食べ物を食べる』……やったな。『妹の大切な物を無断で使用、壊す』……これはやっていないな」


 だが、壊したりすると後で弁償させられるかもしれない。お金を使ってまで好感度を下げたいとは流石に思わなかった。


「他には……お、これは……」


 と、刹那。

 ガラガラと扉が開く音がし、俺はそちらに視線を向けると──


「か、楓?!」


「あ! やっぱりここにいた!」


 そこには、片手に小さな手提げを持っている楓がいた。


(どうしてこの場所が分かった……!)


 最初からバレていたのか? いや、だったらどうしてこのタイミングで入ってくるのか。


 もしや、あの時言っていた「俺の匂い」とやらを辿って来たというのか?! いや、人間がそんなこと、出来る訳がない。


 ……待て。その前にこの本を隠さなければ!


 俺は急いで手に持っていた本を後方へと回し、楓の死角に隠す。


「ん? お兄ちゃん今、何隠したの?」


「えっ?! あ、そ、それはだな……」


 手提げを机に置いてこちらに近づいてくる楓に、手に持っている本をどうしようかと思考を巡らす。


(この本を後ろに投げるか? いや、それでは駄目だ、。だったらどうすれば……)


 判断が遅すぎたのか、楓はもう俺の隣へとやって来ていたので、急いで背中の向きを変える。


「お兄ちゃん……何か隠してるでしょ? 私にも見せてよ!」


「べ、別に何も……って、ちょ、こしょばいからやめっ、やめぃ!」


 俺の弱点でもある横腹をコチョコチョされ、必死に片手で抵抗するも──


「あ──」


 一瞬手が緩み、持っていた本が床へと落ちた。俺は急いで落ちた本を取ろうとしたが、少し遅かったか、楓の手に渡ってしまう。


「えーと……『一人でいたいあなたへ! 妹から嫌われる方法』……」


「…………」


 最後までタイトルを読み上げると、楓の顔から笑顔が消え、何とも感情の無くなったような目で本のタイトルを見つめる。


(……よし、


 今、楓は俺に幻滅しているだろう。そのような顔をしている。

 ここまで上手くいくと呆気なくも感じてしまうが、それは良しとしよう。


(俺の目標は、楓の好感度を下げること。嫌われるなら、徹底的に嫌われるまでだ)


 俺に執着し、依存しているこの現状を少しでも変えようと、演じる。

 それでも楓が好意を向けてくるならば、それは妹ではなく狂人の類か何かだ。


 ──ここで楓を否定しないと、いつまで経っても前に進まないだけ


 俺は楓に優しくしすぎた。いや、こうでもしないと、

 それは一番最悪なシナリオであり、俺の人生が黒で塗りつぶされることとなる。


(そろそろ、いいかな……)


 俺は乾いた喉を潤すように生唾を飲み込み、口を開く。


「なぁ──」


「はーい残念でしたー!」


 俺の言葉を遮るかのように、楓が大きく声を発する。

 突然の変容に理解が追い付かず、首を傾げていると、楓が本を開き最後のページを見せてくる。


 そこには──


「『この本を妹に見せつける。もちろん、ただ見せつけるだけではなく、偶然を装って見せること』……」


「そう! お兄ちゃんはこれがしたかったのでしょ? えへへ、残念だったね。私はもうしてるから!」


 えっへん! と、無い胸を張る楓に、俺は深くため息を吐いた。


(筒抜けだったか……)


 俺は楓が来る瞬間に、最後のページを開いた。そこに載っていたのが、先程俺が口にしただ。

 どうして楓がこれを知っていたのか分かりかねるが、作戦失敗に変わりはない。


 好感度を下げるって、こんなにも難しかったか?


「どうしてこうなったんだ……」


「私は絶対にお兄ちゃんのことを嫌わないし、諦めない! だからお兄ちゃんは……諦めよ?」


「…………」


 もう、無理なのかもしれない。

 多分だが、楓に正攻法は効かないだろう。常人がされて幻滅されることをしても、これである。


 ならば、をしてみるというのはどうだろうか?


「そうだ! お兄ちゃんに渡したいものがあるんだった!」


「渡したいもの?」


 楓がそう言うと、先程置いた手提げの中から弁当箱を取り出す。その弁当箱には、見覚えがあった。


「それは……!」


「うん! お兄ちゃん、朝忘れたでしょ? お母さんが届けて欲しいって言ったから持ってきたけど……どうしよっかなー?」


 お弁当箱を持ちながらニヤニヤと視線を送ってくる楓。

 これは「お礼に何かして?」と、遠回しに伝えているのだろう。……はぁ。


「……あーん、させてやるからお弁当箱をくれないか?」


「待ってました!」


 言って、指をパチンと鳴らす楓に、俺はまたもため息を吐いた。


 楓を攻略するには、それ相応の精神力と忍耐力がいるな。一筋縄ではいかなそうだ。


(……引いて駄目なら、押してみるか?)


 これまで楓が押してきたら、俺は引いていた。

 ならば、その逆をしてみるのはどうだろうか? 逆に「お兄ちゃんが積極的になった! やったー!」となるかもしれないが、物は試しだ。やってみよう。


「じゃあ、先にお兄ちゃんの教室で待ってるね!」


「……へ?」


 それだけ言い残し、楓は手提げを持って図書室から立ち去って行った。……なぜか俺の分も持っていかれた。


「嘘だろ……」



 俺は一人取り残された図書室で、小さく呟いた。


 

  

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