9.可愛すぎる君のせい【蒼世】

 俺は嘉納にトレンチコートの裾を掴まれながら、なんとか平静の(顔だけを保った)ままハンバーグ店に辿り着いた。


「設楽くん、遠慮せず好きなもの頼んでね」

「おう」


 メニューを開いてみると、デミグラスハンバーグ、目玉焼きハンバーグ、トマトソースなどなど、いろいろな種類のハンバーグが載っていた。迷うな……。嘉納が好きなのはどれだろうか。そう思ってちらりと視線を向けると、嘉納も俺と同じだったようで、呟くのが聞こえる。


「うーん……どうしよう……。トマトソース……いや、チーズもあり……あ、サラダも食べたいな」


 くそっ、悩んでる姿も可愛すぎるだろうが!! 何でこんなに可愛いんだよ、天使か!? 天使なのか!?

 そんなことを顔は無表情のまま思いながら、嘉納に話しかける。


「どれで迷ってんだよ?」

「え? あ、えっと、トマトソースハンバーグか、チーズデミグラスハンバーグかで迷ってるの」

「どっちも頼めば? んで、好きな方食え」

「でも、それじゃあ設楽くんが……」

「……俺もそれで迷ってたからいいんだよ」


 嘘だけど。どれも美味しそうだからどれでもいいのが本音だ。でも、そんなこと言ったら嘉納のことだ、気を遣って遠慮するに決まってる。そう思って放った言葉の返事を待っていると、優しい笑みで嘉納が答える。


「ふふっ、ありがとう、設楽くん」

「おう」


 ああああああ、可愛すぎる。何でそんなに可愛いんだよ? 超癒やされる、いくらでも食え。なんなら俺の分なんか気にせずどっちも食っていいぞ。可愛すぎて叫び出しそう。耐えろ、耐えるんだ。

 そんなふうに心の中が大暴れしている間に、嘉納が注文をしてくれ、料理が来るまで待っていると、嘉納が話しかけてきた。


「設楽くんって、優しいわよね」

「………………は?」


 急に何を言い出すんだ。俺、優しくねえだろと思っていると、嘉納が言葉を続けた。


「どっちも頼んでいいだなんて普通言わないわよ?」

「そうか? まあ、紅璃が似たようなことよく言うから」

「紅璃ちゃんかー。前にスーパーで会った時は煩わしそうにしてたのに、本当は妹に優しいのね」


そう言ってくすっと笑う嘉納を見て、なんだか自分のした行動を思い返して恥ずかしくなって話題を変える。


「……うるせぇよ。つか結局、今日は何のために奢る気なんだよ? 昨日ははぐらかされたが、今日はそうはいかねぇぞ」

「そ、それは……」


 言い淀んでいる彼女を見つめる。なんだ? 言いづれぇことなのか? 話題をミスったか? そう思って待っていると、嘉納はものすごく小さな声で呟いた。


「…………ス……」

「なんて?」

「っ、か、缶ジュースの……お礼、よ」


 缶ジュース……? そう疑問に思った俺は、いつの話だ、と記憶を辿ると、一つだけ思い当たる。

 反省文書いた日だ。あの日、俺が反省文書いてる途中で嘉納が寝ちまったんだっけ。すごく疲れた顔してた嘉納を見て缶ジュースを買ったのを思い出す。だが、それと同時に俺に不似合いなあの可愛らしい熊の付箋を思い出して恥ずかしくなって目を泳がせる。


「お、俺じゃねぇし」

「…………嘘下手くそね設楽くん。熊の付箋可愛かったわよ?」

「ぐっ……うっせぇよ」


 母さんが「なんかこれ蒼ちゃんみたいで買っちゃった♡」とか言ってた熊の付箋しかなかったのが悪かった。最悪だ。恥ずかしすぎる。気づかれたくなかったから名前書かないでおいたってのに。


「あんなことで礼なんかいらねぇっての、真面目かよ」

「そうかも。……でも、お礼したいくらいに嬉しかったの」


 そう言って、優しい瞳で微笑む彼女を見てドキッとする。何で、そんな顔で笑うんだよ。嬉しいとか言うなよ。好きって言うつもりはないって思ってんのに、そんなこと言われたら期待しちまうだろうが。

 そう思っていたら、「お待たせいたしました」と店員が料理をちょうど運んできた。置かれた瞬間に、嘉納が目を輝かせていた。


「わぁ、美味しそう!」

「一口ずつ先に食えば? 食べない方もらうわ」


 そう言って、取り皿に一口分ずつ味が混ざらないようにハンバーグを切って乗せ、嘉納に渡す。受け取った彼女はお礼を言ってぱくりとハンバーグを口に含むと、花が咲いたような笑顔で告げる。


「ん〜!! 美味しい……!!」


 可愛すぎだろ!? ほっぺがりすみてぇにぷくってしてる上に、頬に手を当てて幸せそうな顔してるのがとにかく可愛い。休日にこんなご褒美をもらっていいんだろうか。ばち当たんねぇか心配だわ。

 嘉納が一口ずつ食べた結果、彼女がチーズデミグラスハンバーグで、俺がトマトソースハンバーグになった。今まで業務連絡や風紀を正す側と正される側の会話しかしたことがなかったのだが、案外普通に雑談をしていた。


「じゃあ、設楽くんって不真面目なだけなのか。好きで喧嘩してるのかと思った」

「好きじゃねぇよ。目つきのせいであらぬ噂立てられて、喧嘩売られて買ったら返り討ちにしてやったら更に噂に尾びれがついて……。んで、いつの間にかこうなってたってだけだ」

「喧嘩買わなきゃよかったんじゃ……」

「逃げんのはガラじゃねぇ。つか、嘉納だって俺の喧嘩買ってんだろ」

「あ、そっか。……っていやいや、喧嘩を買うは買うでも違う意味だからね?」

「ちっ……」


 そんなふうに、普段の俺たちよりもかなり穏やかに(?)喧嘩することなく食事を楽しんだ。食べ終わった後、嘉納がお手洗いにと言うので、その隙に伝票を持って会計する。奢ってもらうのはガラじゃねぇんだ。ましてや、好きな女に奢ってもらうだなんてカッコ悪くて無理。支払った後、テーブルに戻って何もなかったかのように待っていると、嘉納かお手洗いから戻ってくる。


「お待たせ。それじゃあ……ってあれ? 伝票は?」

「さぁ?」

「……奢るって言ったのに払ったの!? 何でよ!?」

「ただの気まぐれ」

「それじゃあ、お礼の意味ないじゃない…!」


 しょんぼりしている嘉納を見て、心の中で謝る。ごめんな、だって払わせたくなかったんだよ、許してくれ。そうは言えない代わりに俺は嘉納にこう告げる。


「ピアス取り返してくれただろ。それで充分お礼になってる」

「でも……」

「いいっつってんだから諦めろ、くそ真面目ちゃん。ほら、帰るぞ」


 それから店を出て歩いている間、会話はなく、気がつけばもう集合場所だった時計台前まで来ていた。


「んじゃ、また学校で」


 そう言って解散しようとすると、後ろから呼び止められる。


「あの! 設楽くん!」

「ん?」

「えっと……その、もう少しだけ、時間いい、かな……?」

「お、おう」


 …………上目遣い大優勝だな。

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犬猿すれ違いLOVERS 煌烙 @kourakukaki777

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