いずれ消えゆく星より

霧江サネヒサ

100年アイドル

 私は、音咲カノン。16歳。アイドル歴は、丁度100年。つまり、私がアイドル化してから、100年が経つということだ。

 人間がアイドル化すると、その時の年齢で時が止まる。だから、私たちアイドルは、不老の身である。けれど、実はアイドルは完全なる不老ではないことが、近頃、身をもって分かった。何せ、私の体は成長し、20歳くらいになってしまったから。


「アイドルになれば、ずっと若いままでいられるんじゃなかったの?!」


 私は、マネージャーに当たり散らす。


「それは、その…………」


 アイドルの成長を押し止めていたもの。それは、ファンの数と信仰心。それらを失えば、アイドルはいずれ、ただの人のように年を取って死ぬ。

 私のファンは、年々減っているらしかった。

 100年もの間、トップを走り続けていた私が! このままでは、年老いてしまう!

 そんなことは、断じて許せなかった。


「私に何が足りないの…………?」

「カノンさんは、その、アイドル歴が長いので、新規層が取っ付きにくいと言いますか…………あなたは、アイドルとして長年頑張ってきました。そろそろ、休まれてもいいのではないでしょうか?」

「私に、死ねって言いたいの?!」

「違います! 音咲カノンは、歴史に名を残す立派なアイドルになりました。あなたは永遠の存在です」

「そんなの、本当の永遠じゃない!」


 だって、永遠にも手が届くと思っていたのだから。人の身のままでも、星に手を伸ばさざるを得ない、そんな夢を見ていたのだから。

 死にたくないから、アイドルになった人々は、たくさんいる。しかし、多くはアイドルデビューもままならず、死んでいく。

 正統派のトップアイドルとして、長い間君臨してきた音咲カノンは、私は、永遠の者でなくてはならない。


「嫌! 一般人になるなんて、絶対に嫌!」

「カノンさん…………」


 32歳の女性であるマネージャーを見て、私は絶望する。こんな風になりたくない、と。


「あなたは、年を重ねても美しいままだと思いますよ」

「私が支持されてるのは、若いからよ! 16歳じゃなきゃ、見向きもしない奴らばかりなんだから!」

「そんな人たちの支持は、もう要らないのではないですか? カノンさんは、何故、アイドルになったのですか?」

「それは…………」


 最初は、私の歌とダンスを、両親が褒めてくれたからだった。その大切な両親は、もういないけれど。

 16歳になったばかりの私を見出だしたプロデューサー。大好きだった彼女も、もういない。

 デビュー当時から、ずっとファンレターを送り続けてくれていた彼も、もう亡くなってしまった。「自分は、そろそろ死んでしまうけれど、あなたはずっと輝き続けてください」と言い残して。


「だって、星のように輝くアイドルでいたいじゃない…………」

「夜空に輝く星も、いずれは、消えるものです。残酷かもしれませんが、それが現実なのですよ」

「…………容赦ないわね」

「すいません」


 思えば、彼女とも長い付き合いになる。しかし、ここまでの本音を言われたのは、初めてのことかもしれない。


「あなたが真摯に言葉を尽くしてくれていることは分かるわ。ありがとう。でも、私は出来る限りアイドルでいることにするから」

「分かりました。では、デビュー100周年記念ライブの打ち合わせに行きましょうか」

「ええ」


 私は、音咲カノン。16歳。アイドル歴は、100年。まだ、流れ落ちる訳にはいかない、ひとりのアイドルだ。

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