第六章 chapter6-4

 監視カメラが壊されたことにより周囲にサイレンが鳴り響く。


「侵入者が逃げたぞ!!」

「もっと人手を呼べ!!」


 津々原は私と雪声が逃げたことにより警備が別の方向に集中し、動きやすくなったことにほくそ笑んでいた。


「やはりこうなるよね、うんうん」


 津々原は研究所内の注意が自分から逸れていることに嬉しそうに頷き、目的の場所への地図を再確認する。


「ここの先にありますか……」


 他とは明らかに違う大きな扉の前に津々原は立っていた。

 扉が開くと部屋の奥から男達が雪声の向かった方向に向かって走り出していった。

 津々原は、男達に見つからぬように物陰に身を潜めた。


「魔法と言ってもそう何度も使える物ではないですからね……」


 先ほどの視覚を誤魔化す魔法はあるが、多用できる物でもないために物陰に身を潜めて男達が走り去るのを息を潜めて津々原は待った。


「まったく、科学という物はやっかいな物ですね。僕たちの領分をたやすく侵してくる……と言っても彼らは僕らと元は同じ穴の狢な訳ですから当然と言えば当然か」


 男達が走り去るまでの間、津々原は扉の先にあるはずの物をじっと睨みつける。

 男達の足音が遠くまで去っていくのを確認すると津々原はタブレットを取りだし、扉の横の端末にケーブルで繋いだ。

 タブレットを操作して、アプリを立ち上げると中に入るための解除コードを検索はじめる。

 それまでの扉とは違い、解除コードを探し当てるのも時間が掛かり、それに苛立ちを感じる。

 しばらくして「ピピッ」という電子音がなった。


 --プシュー-


 音が響き扉がゆっくりと開いていく、そして部屋の中から冷気が足元へ吹き出してくる。

 津々原は明らかに温度が室外よりも低い部屋の中に入り、他の人間が入らないように扉を閉めてロックをする。


「これで邪魔は入らない、さて今度こそ本命だと嬉しいんですけどね」


 タブレットを大型コンピュータ端末に接続しながら、端末操作をする。

『認証コードとパスワードを入力してください』

 大型コンピュータのモニターに予想通りのメッセージが表示される。


「さっきと同じようの上手く行くと良いのですが……」


 接続したタブレットで無理矢理パスワードを探し当てようとする。

 何度もエラーを繰り返しながら正しいパスワードを発見すると、それを大型コンピュータに送信する。

『パスワード受理しました、ログインしました』

 モニターにパスワードが受理された事が表示され、モニター上にアイコンがいくつか表示される。

『サブフレームシステムナンバー5号機』

 システム表示を確認して津々原はがっくりと肩を落とす。


「ここも違うのか……、全く本体はどこにあるんだよ」


 津々原は悔しそうにコンピュータに腕をたたき付ける。

 その音を聞きつけて、外に人が集まってくる。


「何だ、何か音がしなかったか?」

「そうか?こっちで人は見なかったが……」


外の気配は侵入者が部屋に入り込んでいるとは予想もできず部屋の前で二三話し合うとちりぢりに探しに行き、部屋の前から誰もいなくなる。


「大本命でなくても、得られる物はあるはずだからな」


 再び津々原はコンピュータにアクセスする。


「なるほど、雪声の事を狙った理由はこれか……、奴らもクローンを作ろうとして上手くいってないのかだから……」


 津々原はタブレットに出来るだけデータをコピーしていき、ある程度ダウンロードし終わるとタブレットをコンピュータから外す。


「それじゃ後はここから立ち去るだけだな、あいつらが上手く囮になってくれてると良いんだが……」


 津々原はタブレットを肩から提げた鞄に放り込むとドアに耳をあてて部屋の外の様子をうかがった。

 しばらくドアに耳をあてていたが、特に近くで物音がすることもなく、誰もいないことを確認すると扉を開けて隠れながら外の様子をうかがった。


「誰もいないみたいだな……、行くか」


 津々原は誰もいないのを確認すると、中空に魔法陣を描くと、先ほどと同じように景色にその姿がとけていった。

 そして、魔法の発動を確認すると津々原は廊下を飛び出した。


「……ふぅ、誰もいないか」


 津々原は周囲の音に注意を払い壁伝いに警戒しながら歩く。

 今まで誰とも出くわさなかった幸運に驚きながらも、どこかほっと緊張が緩みはじめていることに津々原は自分自身では気がついていなかった。


「よし、あの角を曲がれば出口だ」


 目の前に迫った目標に気が緩んだのか、走ってT字路になっている角を曲がろうとしたその時だった。

 気の緩みからか、魔法の効果が薄れ、男の目にも津々原の姿が認識できた。


「おいお前、何をしている!!止まれ!!」


 黒服の男は研究者とはどう見ても見えない津々原へ制止を呼びかけた。


「止まれと言われてはいそうですかって止まる人はなかなかいないよ」


 津々原はそう言いながら、目前に迫った扉まで一気に走る。


--バンッバンッ!!--


 扉の操作端末に向かって津々原が発砲すると扉がギーッと音を立てて開いた。

 建物を飛び出した津々原は来るときに乗ってきた車とは逆方向に走り出す。


「最後まで囮になって貰わないとな」


 津々原の背後からは拳銃の発砲音が聞こえるが、丁度扉が盾になって津々原の所まで銃弾が届くことはなかった。


「これは日頃の行動の賜かな」


 そんな事を呟きながら、それがただの皮肉にしかなっていないことは津々原自身よくわかっていた。

 そしてそんな津々原の思考をビルからやってきた男達の声が遮った。


「こっちにはいないぞ」

「そっちに逃げたんじゃないのか?」

「いや、いないどこに行った、あいつ」


 先ほどの男が仲間を連れて追いかけてきたのだろう、木の影に隠れながら津々原はこれからどうするかを考える。

 この報告は届けないといけないからな、ここで捕まるわけには……」

 背中に背負った鞄を目にしたその時探しに来た男と目があってしまう。


「いたぞ!!こっちだ」


 津々原は慌てて森の中を掛けていく。

 男達は手にした拳銃を何度も発砲するが、木の影を縫うように走る津々原にはなかなか当たらなかった。

 しかし、その幸運もそう長くは続かなかった。


「がはっ!!」


 木の幹からはねた弾丸が運悪く背中に背負った鞄に当たったのだ。


「運が良いのか……悪いのか……」


 鞄に当たり、その中に入っていたタブレット端末が壊れたのを見ると、津々原はそれを捨てる。

 端末を突き抜けて脇腹に当たり、そこから出血した津々原は先ほどのように走ることは出来ず足を引きずるように歩いた。


「おい、こっちに血の跡があるぞ」


 津々原の出血の後を追って男達が近づいてくるのが津々原にはわかった。

 そして視界の先に川の流れが目に入った。


「そういえばさっきせせらぎが聞こえてたな……」


 津々原はもう一度魔法陣を中空に描くと魔法を発動させようとした、しかし先ほどのように津々原の姿が景色に溶け込むことはなかった。

 その事実に諦めたように小さくため息をつくと川に向かって津々原は歩き始める。

 そして津々原の背後から男達はやってきて津々原に向かって離れた所から発砲した。


「……お前らちゃんと逃げろよ……」


 津々原はそう言って川に飛び込んだ。


「おい、川に飛び込みやがったぞ」


 男達は川に飛び込んだ津々原が浮かんでくるのを待った。

 しかし先ほどの怪我から出たのだろう赤い血が水面に上がってくるが、彼の姿が上がってくることはなかった。



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