第40話 宴
父の合図で、定めの儀式の間は一気に宴の間に変わった。
メトロウド殿は早くも葡萄酒を飲み始め、ルドヴィス殿は酒の種類をいろいろ試しているようだ。ファドルーン様は父と何か話している。
私の前にも銀杯が置かれた。
とりあえず落ち着くために葡萄酒を飲み、一息ついてからまだ青ざめたまま黙り込んでいるアルヴァンス殿の銀杯にも葡萄酒を注いだ。
「アルヴァンス殿。あなたは皇帝陛下のお気に入りなのですか?」
「……密書を託される程度には」
そうだった。
なぜ忘れていたのだろう。最初の#皇帝の紋章__ミウ・トラスガーン__#付きの書状は、アルヴァンス殿からもたらされていたのに。
それに、最初からファドルーン様は言っていたではないか。皇帝陛下の私室で顔を合わせていた、と。あの時、ファドルーン様は遠回しに教えてくれていたのだ。
迂闊だった。
だが求婚者たちに振り回されていた私はともかく、意外に細かいことに気付く父が気付かなかったはずがない。
そう思い至ると、今度は父への苛立ちを覚えた。
ファドルーン様から離れたら、父に文句を言いに行こう。
そう心決めつつ、葡萄酒を続けざまに飲み干した。さらに葡萄酒を注ごうとしたとき、アルヴァンス殿が止めるように私の銀杯に指をかけた。
「飲み方が早過ぎますよ」
「今日は酔いたい気分なんだ」
「いけません。今日はだめです。彼らの前で酔って欲しくない」
まだ青ざめていたが、アルヴァンス殿は頑なにそう言って、私から酒杯を取り上げた。
しかし、すぐに自己嫌悪するように銀杯から手を離した。
「私が飲むなと言うのも矛盾しますね。あの日マユロウ伯と飲み比べなどしなければ、あなたの求婚者に加わることはなかった。そうすればあなたを皇帝陛下に近付けるような事態にならなかったかもしれない」
「つまり、私との結婚は望んでいなかったと?」
アルヴァンス殿が求婚者に加わったのも、今日のくじ引きに加わったのも、父に強要されたものだ。だから本当は私の夫の座など望んでいなかったのかもしれない。
次期マユロウ女伯の夫と言う地位は、安定はしているがそれだけだ。
「……あなたは帝国大学院の教授になりたいのか?」
「なりませんよ。誰からそんな話を?」
「ファドルーン様だ。あなたは帝国有数の秀才だそうですね」
「人より知識が多いだけです。だから天才の巣窟は居心地が悪いんです」
そういうものなのだろうか。
あいにく、私は次期領主ではあるが凡人なのでよくわからない。
だから、ずっと気になっていた事を口にした。
「酒の入ると私に言い寄っていたが、あれは何だったのですか? 少なくとも嫌われてはいないと思っていたのは私の自惚れですか?」
「それは……あなたに求婚者ができたから……」
初めて動揺を見せ、アルヴァンス殿は途中で口をつぐんで黙り込んでしまう。
その煮え切らない様子に私は無性に苛立ち、胸ぐらをつかもうとした。
その時、目の前の床に酒樽が置かれた。
顔をあげるとメトロウド殿と目が合う。繊細な美貌と武人の手を持つメトロウド殿は、アルヴァンス殿の横にどっかりと座り込んだ。そして私に、ハミルドそっくりの笑顔を向けた。
「本当はライラ・マユロウを酔いつぶして連れ去りたいところだが、私もエトミウを名乗る一人。定めには従う。だが腹が立つのは止められぬゆえ、慣例に従って一番幸せな男を妬むことにしよう。……アルヴァンス殿、覚悟はよろしいか?」
見れば、いつの間にかルドヴィス殿も前に座っている。カドラス家の貴公子は父マユロウ伯秘蔵の蒸留酒を探し出して持ってきたようだ。見慣れた小さい樽を小脇に抱えている。
父に目を向けると、あの豪胆な父が顔を強張らせていた。母やご側室たちが父を裏切って蒸留酒を差し出したようだ。
いい気味だ。
少し溜飲が下がった。
ようやく夜の闇が広がった頃。
真昼間から始まった宴は、事実上の婚約披露宴として長々と続いていた。
山のような酒と料理のほとんどが消え、婦女子の姿はいつもの酒宴より早く消えていた。
そんな中で、私は主役として宴の間に留まっている。
もう一人の主役であるアルヴァンス殿は、すでにまっすぐに立てないほど酔いのまわった状態になっていた。
……そこまではいい。こういう場ではよくある光景だ。
だがしかし、どうして私はアルヴァンス殿に抱き込まれているのだろう。
ため息をついた私は、救いを求めて騒々しい周囲を見渡した。
メトロウド殿は先ほどから父と一緒に、剣舞とも剣術訓練とも判じ難いものに興じていた。ルドヴィス殿は私の母と花嫁衣装について熱心に論じていて、どちらも私から離れた場所で背を向けている。
最後の救いとばかりにファドルーン様を探したが、皇帝陛下の甥御殿は少し離れた場所からつまらなそうにこちらを眺めているだけだ。
つい先ほどまで異母弟カラファンドが近くにいて、三人が人格者で良かったとかマユロウの破滅の日になるかと思ったとか、そんなことを言いながら泣いていたのだが。肝心な時にいなくなる。
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