第11話 断り方
それにしても……。
私は三通の書簡を前にため息をつく。
一週間前に終った酒が関わる悪夢は、私にあることを気付かせた。
私が「悲劇の女」になった後、わざわざ三人から求婚されるのを待つまでもなく、マユロウ一族の誰かと結婚すればよかったのだ。和平絡みの政略結婚は必要なくなったのだから、早く見繕うべきだった。
従兄弟より遠ければ、血統上は問題ない。
例えばアルヴァンス殿。
三十歳を超えているのに、いまだに独身のままの、優美な貴公子。
彼は父の再従弟だから、マユロウの血族といってもほどよく遠い。都に人脈がある人だから、その点でも私の夫にふさわしい。私は領地で執務を行い、夫は都で人脈を作る。そう言う将来図も確かにあったのだ。
何かの折に父にそう言うと、いつもの様に大笑いをされたが、その後で真剣に頷いてくれた。
「確かに、アルヴァンスなら神経が太いから、お前の夫になっても何とかやっていけただろうな」
父の言い分の不要な部分は無視するとして。
さまざまな旨みのある選択肢に気付かなかったとは、私もまだまだ未熟だ。
私は三通の書簡から目をそらし、水差しを傾けて銀杯を満たした。父の部屋ではないから、水差しの中身は水だ。銀色の輝きの中で揺れる透明な水面を見つめ、面倒な問題の解決方法を考えてみた。
客観的に見れば、どの求婚者も夫として悪くはない。
もし一人だけなら、悩む必要も余地もない人物ばかりなのは間違いない。しかし三人がほぼ同時に名乗りを上げた途端に困りものになってしまった。
もちろん、断ることはできる。しかし家と家の意地と面目が関わるから、断るとなると相応の労力が必要だ。
いや、それより。
誰か一人を選んだとして、皇帝陛下の肝入りである甥御殿との話を断ることは可能なのだろうか。
思い切ってすべてを断るなら、あるいは可能かもしれないが、それにも断る口実が必要だ。一番簡単というと、将来を約束を交わした相手がすでにいたというものだが、それには相手が必要だ。急場凌ぎに、アルヴァンス殿と婚約が固まっていたと言ってみようか。
何度となくそう考えてみたものの、やはり言い訳としては少々苦しい気がする。
……ならば、私の真実の姿を教えると言うのはどうだろうか。
婚約者に捨てられたのも、私が継ぐ地位や富を顧みてもらえなかったのも、男のような女の夫になるより、美しく優しい女とともに生きるほうが魅力的だったから。
そういう蛮族マユロウの娘など、皇帝陛下の甥御殿というお血筋にはふさわしくない、とでも言えばお断りできるだろうか。
恥らいを捨ててそこまで考えたが、相手は上位の帝位継承権を持っていないから、あまり説得力はない気がする。
だいたい、皇族と縁続きになるなど恐ろしくて考えたくもないのに、非公式とはいえ皇帝陛下直々の手紙をもらってしまったのが不幸の始まりだった。
こんな密書を持ってきたアルヴァンス殿が悪い。
せめて、アルヴァンス殿が二週間くらい遅れて来てくれればよかったのに。
そうすれば、アルヴァンス殿がマユロウにきた時には、エトミウかカドラスのどちらかを選び終えていただろう。厄介な密書を開封することもなく、三十男のくせにいまだに美しい貴公子に婚約の報告ができたのだ。
運命とは、なんとままならぬものか。
ハミルドの時には抗えたのに、今回はどうしようもない。
こんなことに頭を悩ませるのなら、周囲から不必要に同情される「悲劇の女」として日々を過ごすほうが気楽だった。そして適当なときに、誰か同族のものを夫として迎えるべきだった。
私は天井を見上げて、虚ろなため息をついた。
「……いや、白々しいが、まだ間に合うかもしれないな」
私はふとひらめいて立ち上がった。
そのまま考えながら父の執務室に向かう。何人かが声をかけてきたような気もするが、自分の考えに耽っていたので覚えていない。
「父上!」
ノックすると同時に私は中に入った。
机についている父以外は、家宰がいるだけだ。
家宰は私が入ってくるとさり気なく退室した。全くできた人物だ。我ら親子の性格をよく熟知している。それなのに私を悲劇の令嬢と誤解しているのはなぜだろう。
「どうした、カジュライア。その年でようやく恋でもしたのか?」
父は意味不明なことを言い、ツボにはまったのか、一人で大笑いをしている。
しかしその言葉は、完全な間違いでもなかった。不意を突かれた私はどきりとする。少々動揺した心を落ち着けようと深呼吸をし、私は口を開いた。
「私はハミルドが忘れられません」
一息に言ってから、もう少し言い方があったなと後悔した。
父は意表をつかれたようだ。やや目を大きくしたが、すぐに意図を察したらしい。武器だらけの壁を背に、ニヤリと笑った。
娘の私が言うのもなんだが、物語に出てくる悪人のようだ。人相が悪すぎる。
その悪役ぶりを上げるように、父は椅子に深くもたれかかって腕組みをした。
「ハミルドを忘れられない、か。……そうか、その手に出るか。お前でなければいい手だな」
邪魔になるからと袖をまくり上げているから、腕組みすると太い腕が強調される。泥酔しても武器の扱いは確かな父は、領主というには傷跡が多すぎる。
私も男に生まれていたら、こうなっていたのだろうか。
そんなことを考えてしまって、自分の思考にうんざりした。今はそんな嫌な想像をしている場合ではない。
「……私を捨ててしまった婚約者のことが忘れられないから、私はまだ結婚を考えたくありません」
「だから、すべての求婚を断るか? だがエトミウ伯には通じないぞ」
「その時は、不本意ですがハミルドを使って脅します」
「ふむ」
父は面白そうに頷いた。
顎にたくわえた髭に触れながら、机の前に立っている私を見上げる。その頭の中では様々な計算をしているのだろう。私とよく似た鋭い目が、楽しそうに輝いている。
「お前の本質を知る相手であっても、多少は有効な口実かもしれんな。だがお前の婚期はさらに遅れることになるが、それでいいのか?」
「マユロウの中になら、年増の夫になってもいいという男はいるでしょう。それにカラファンドがいます。メネリアも子を産んでいますから、血が絶える心配はない」
私の言葉に、父は上機嫌でうなずく。どうやら父好みの言い方だったらしい。
年甲斐もなく反抗心が芽生えかけたが、ここは大人の余裕を思い出して下手にでた。
「では、そう言うことでよろしくお願いします」
幾分気になることはあったが、父が乗り気になってくれたので、とりあえず私はほっとしていた。
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