第13話 お狐さま in 復讐劇




「今回は"復讐もの"に挑戦していくのじゃ。」


 ご飯をもぐもぐと食べながら、みたま様はふふんと鼻を鳴らしました。


「復讐ものってなんですか?」


 マキナがみたま様のお茶を注ぎながら尋ねます。


「書いて字の如く、復讐をする物語じゃ。理不尽な目にあった主人公が、復讐をする様を描く物語じゃな。きっかけはいじめだったり、もっと大きな事件だったり色々じゃ。」

「へぇ~、とっても面白そう! 私、そういうの大好き!」

「ちょっと待って下さい。」


 分福が待ったを掛けました。


「前回のあの引きから普通にはじめないで下さい。」


 はい。前回のあらすじです。

 前回、みたま様が挑戦したのは悪役令嬢ものでした。

 乗り込んだのは"マキナの宝箱"という恋愛ゲームの世界です。

 そこで悪役令嬢になってしまったみたま様は、マキナがエンディングを迎えると訪れる自身のバッドエンドを回避する為に奮闘しました。

 マキナをいじめから救い、攻略対象のイケメン貴族達を片っ端から叩きのめして大恥をかかせて全てのルートを粉砕し、見事死亡フラグから逃れたのです。

 しかし、その代償としてみたま様はマキナに病的なまでに愛される事になってしまいました。

 怯えて元の世界に逃げ帰ってきたみたま様でしたが、戻った先にも包丁を手にしたマキナが現れたのです。

 闇夜にみたま様の悲鳴が鳴り響き……というのが前回のあらすじです。


 何故、マキナがここにいるのでしょう?


「神代魔法で追い掛けてきました!」

「まぁ、神力じんりきでわしが世界を行き来できるんじゃから、神代魔法使えるマキナも行き来できるわな。」


 マキナは無理矢理みたま様についてきたようです。


「包丁を持っていたのはお料理していたからです!」

「通い妻ってやつじゃな。」

「妻だなんて……きゃっ!」


 今食卓に並んでいるご飯はマキナがこしらえたものです。


 ミターマ様、改めみたま様を病的に愛してしまったマキナは、ゲームの世界を越えて、みたま様についてきてしまいました。

 怯えて逃げ出したみたま様でしたが、美味しいご飯を作って貰えたらすっかり心変わりしたようです。そもそも褒められ慕われるのも気分がいいので、みたま様はマキナを式神二号として傍に置くことにしたのです。

 一応、ゲームの世界だと人間になっているみたま様は普通に死ぬかも知れなかったので怯えていたのですが、こっちは不死身の神ですのでそこまで恐れる事はないのです。


 分福はなんか納得いきませんでしたが、一応これ以上ツッコミを入れる事はやめました。


「しかし、復讐とかいじめとか……現代人やっぱ病んでますよね?」

「いや、ある意味健全じゃろ。"りある"でそういう事に手を染めずに、娯楽で見るに留めておるんじゃからの。復讐は"りある"では咎められるが、すっきりする者もおるのも事実じゃ。」

「分かります分かります! 流石はみたま様! 私も復讐大好き!」


 みたま様に全力でマキナが同意します。

 乙女ゲーの主人公の割にちょいちょい黒いところが見え隠れするのです。

 分福も前に下剋上が好きと言っていましたし、みたま様の式神はやたらと物騒です

 

 復讐ものの是非については置いておいて。

 マキナはウキウキとしながらみたま様に尋ねます。

 

「ところで、みたま様はどんな復讐をされるんですか? みたま様に無礼を働いた者なら私が死を持って償わせますので!」

「お主が先走ったらわしの出番なくなるじゃろ!」


 本人より復讐に乗り気な人がいます。

 分福は人間形態でお茶を啜りつつ、うーんと唸りました。


「忘れられた神様が人間に復讐はもうそれ祟りですよね。洒落になってないんじゃ。」

「全人類を祟り殺しましょう!」

「なんで妖怪じゃない恋愛ゲームの主人公が一番物騒なんですか。」


 みたま様は神様です。

 神様がする復讐は祟りなのです。

 ノリノリのマキナは置いておいて、分福に指摘されたみたま様はふむと焼き魚を摘まみ、珍しく真面目な顔で考えました。


「それもそうじゃの。わしも別に人間を恨んではおらんし……。」

「どうしてですか! みたま様を忘れた無礼者達なのに!」


 マキナがガンガン食らいつきます。

 なんか前から式神だったかのような忠誠心を示しています。

 しかし、みたま様はというと、マキナの言い分を意に介さないように顎に手を当てました。


「別に信仰心が欲しくて神様やってた訳でもないしのう。気まぐれにやってたら勝手に人が崇めてきただけじゃ。忘れられたとて恨み言はないよ。」

「自然に振る舞うだけで人を惹きつけるなんて……みたま様は素敵です!」

「そうじゃろ? そうじゃろ? マキナはわしをいっぱい褒めてくれるから心地よいのう!」

「お褒めにあずかり光栄です!」


 みたま様はマキナときゃっきゃと戯れます。

 なんやかんやみたま様を病的に愛しているマキナとは相性が良いようです。

 そんなやり取りをしらーっとしながら見つつ、分福はみたま様に尋ねます。


「じゃあ、今回も前の追放ものみたいに自分から迫害を受けに行くんですか?」

「うーん。見切り発車で言い出したものの、あんまり考えて無かったのじゃ。」


 分福は間の抜けた事を言っているみたま様に溜め息をつきました。


「しっかりしてくださいよ。信仰心を集めないとみたま様は消えてしまうんですよ。さっきも『信仰心が欲しくて神様やってる訳じゃない』とか言ってましたけど。何のために人気ジャンルに突撃してるかお忘れですか?」

「ちょっと分福先輩! みたま様にお説教はやめてください!」

「マキナさんもみたま様が消えてしまうのは嫌でしょう?」

「うっ……! そ、それはそうですが……!」


 式神二人のやり取りを見ながら、みたま様はふはははと笑います。


「久し振りじゃのう。こういう騒がしい食卓も。」


 昔を懐かしむように、みたま様はぽつりと言います。

 その言葉を聞いた分福とマキナはきょとんとした顔でみたま様の方を見ました。


「どうしたんです? 急にそんな事言い出して。」

「いや、分福以外の者と食卓を囲んだのは久方振りじゃったからの。急に昔が懐かしくなっての。」


 みたま様はしみじみと言います。

 忘れられた神様、みたま様はかつては多くの妖怪を率いた百鬼ひゃっきの主でもありました。今では寂しい身の回りにも、かつては分福以外の妖怪や式神が沢山いたのです。

 分福も昔の事を思いだし、ああ、と納得したように頷きました。


「彼らが居なくなって大分経ちますね。もう顔も思い出せませんが。」

「お主は薄情じゃのう。わしは顔も名前も覚えておるぞ。」


 そんな二人の話を聞いて、マキナがつまらなさそうな、それでいて興味深そうに複雑な顔をします。


「……私だけ仲間ハズレみたいで悔しいですっ!」

「おっと、マキナには退屈な話じゃったかの。」

「そんな事ないです! みたま様のお話であればなんであっても是非とも聞きたいのですけれども! それはそれとして悔しいんですっ!」

「これは参ったのう。」


 ははは、と愉快そうに笑うみたま様。

 分福はそんな話を聞きつつ、ふと思い付きました。


「じゃあ、みたま様の元から離れた百鬼ひゃっき達に復讐とかしてみます?」

「急に物騒な事言い出してどうしたんじゃお主……?」

「いや、みたま様が今回は復讐ものをやろう、とか言い出したんでしょ。」

「ああ、そういえばそうじゃったな。」

 

 みたま様はそもそも復讐ものをやる事を忘れていたようです。


「しかしのう……別に信仰を捨てた人間や、離れて行った百鬼を恨んでもいないんじゃがのう。そう考えると別にわしは復讐したい相手もいないというか。」

「じゃあ、なんで復讐ものやるとか言い出したんですか。」

「大体毎回ノリで決めてるだけじゃ。」

「そんなんだから毎回失敗するんですよ。」

「ふはは。耳が痛いのう。」


 そこで、分福は少しだけみたま様に違和感を感じました。

 いつもなら、うるさくお説教すると「小言はやめろ」と逆ギレしてくるのですが、今日は妙に素直に話を聞いています。

 また、何か昔を懐かしむような大人びた雰囲気で、いつものようなギャーギャーとうるさいトラブルメーカーっぷりがなりを潜めています。


「みたま様はお心が広いのですね……!」

「がはは。そうじゃろそうじゃろ。」


 マキナに褒められ、機嫌良さそうに笑うみたま様。

 マキナが式神となった事で、今までの振る舞いを見直すようになったのでしょうか。

 そんな事を一瞬考えてから、分福は自分でその考えを否定しました。


 みたま様はそんな事をする神様ではありません。

 大昔、分福がみたま様と出会った時から、この神様は誰かに媚びるような事はしませんでした。

 いつでも自分の思うがままに立ち振る舞い、気に入ったものを救う事こそあれど、好かれるために言動を変えるような事はしませんでした。

 我が道を行き続け、付いてくるものだけを引っ張っていく。分福が一生を捧げると誓ったのはそんな神様だったのです。


「……みたま様、具合でも悪いんですか?」

「急になんじゃ?」

「いつになく落ち着いてるので。」

「そうかの?」

「いつもなら『いつも落ち着いておるわ! 失礼じゃの!』とか騒いでると思うんですけど。」

「そんな事言わんぞ。」

「言いますって。」

「言わんて。変な奴じゃの。」


 みたま様は愉快そうにくすくすと笑います。

 分福の違和感はそこで最高潮に達しました。

 分福はばっと身を乗り出して、みたま様の額にぺたっと手を当てます。

 みたま様はじとりと目を細め、分福をじろりと睨みます。


「なんじゃ急に。」

「熱でもあるのかと思って。」

「そんなに今日のわしは変かの?」

「分福先輩! 失礼ですよ! 羨ましい! 私も熱を測ります! おでことおでこで!」

「食事中じゃぞ。やめなさい。ほら、分福も下がれ。」

「お食事が終わったらいいんですか!?」

「グイグイ来るのう。まぁ、好きにせい。但し、ご飯は静かに食べるのじゃ。」

「はい!」


 分福の熱を測るタッチに嫉妬したマキナでしたが、お触りの許可を貰えたので興奮気味に頷いてようやく大人しくなりました。

 そんなやり取りを横目で見つつ、分福はみたま様の額から手を離します。熱がある訳ではないようです。

 しかし、やはりどうしてもその言動に違和感しか感じません。

 それでも、それ以上踏み入って話を聞いても何も答えてくれそうにないので、分福は諦めて食事に戻りました。


 その後は騒ぐことなく静かにご飯を食べて、神様と式神達は食事を終えます。


「ごちそうさまでした。」


 手を合わせてぺこりと頭を下げてから、みたま様は自分の食器を重ねて洗い場へと持っていこうとします。普段なら出しっ放しで片付ける事もありません。そこでも分福は違和感を感じます。

 それを見たマキナは「あっ」と立ち上がりみたま様を止めようとします。


「お片付けは私がしますので置いといて貰って大丈夫ですよ!」

「よいよい。わしだって片付けくらい……。」







 ガチャン、と食器の割れる音がしました。

 同時にバタリ、と何かが倒れるような音もしました。

 分福とマキナの視線の先で、みたま様が転んでいました。


「みたま様! 大丈夫ですか!」


 マキナが大慌てで駆け寄ります。

 みたま様がまたドジをしたのだろう、そのくらいの気持ちで最初は見ていた分福でしたが、すぐに異変に気付きました。

 転んだみたま様が全く起き上がりません。それに気付いた瞬間に、分福は思わず立ち上がっていました。


「みたま様!」


 分福もみたま様に駆け寄り、マキナと共に倒れているみたま様を助け起こします。

 上半身だけ起こしたみたま様の顔色は真っ青になっていました。

 そして、その身体は僅かに透き通っていました。


 分福の背中にひやりと冷たいものが走りました。


 青ざめる分福とマキナの顔を見て、みたま様は力無く笑います。


「すまんのう。食器を割ってしもうた。」

「そ、そんな事どうでもいいです! も、もしかして……もう存在を保つだけの力も残ってないんですか!?」


 分福が珍しく声を荒げます。

 その言葉を聞いたみたま様は、申し訳無さそうに苦笑しました。


「はは。もう消えかけておるか。参ったのう。もう少しいけると思ったのじゃが。」

「分かってたんですか……!?」

「すまんのう。隠していて。」

「どうして早く言わなかったんですか!」

「暫く前から手遅れじゃったよ。まぁ、不調に気付いたのは今日からだったのじゃが。限界ぎりぎりだったからなんじゃな。」


 みたま様は力無く呟きました。

 みたま様は、存在が消えないように信仰心を集めようとしていました。

 信仰心を失い、完全に忘れられた神様はこの世から消えてしまいます。


「なんで……! そうならない為に、信仰心を集めようとしてたんじゃ……!」

「あはは。漫画の真似事をしたとて信仰心が集まる訳なかろうて。そんな事信じておったのか。分福、お主は馬鹿じゃのう。」

「じゃあ、どうして……!」

「……最期くらい楽しい事をしたいと思ってのう。」


 分福が顔を歪めます。みたま様を担ぎ上げて、青白い顔をしているマキナに声を発します。


「マキナさん! 布団を用意して! 奥にしまってます!」

「……は、はい!」


 マキナはドタバタと布団を取りに行きました。分福は息が荒くなってきたみたま様の覗き込んで、悲痛な顔をします。


「最期なんて馬鹿な事言わないで下さい……!」

「なんじゃ分福。顔色を変えて。お主はそういうきゃらではないじゃろ。」

「ふざけてる場合じゃないでしょう!」


 マキナが運んで来て敷いた布団に、分福はみたま様を寝かせます。

 息は荒くなり、顔色はますます生気を失い、次第に目が虚ろになっていき、身体も先程よりも薄くなってきているみたま様。今にも消えてしまいそうに弱々しい息づかいで、みたま様はくすくすと笑いました。


「お主と一緒にふざけて遊んだここ最近は楽しかったぞ。」

「楽しかった、じゃないでしょう! 復讐もの、やるんでしょ!? まだまだやりたい事があるんじゃないですか!?」

「……悔いが無いと言ったら嘘になるのう。マキナという新しい式神を迎え入れたのに、すぐに去らねばならぬのは心苦しいかの。」

「やめて下さい……! まだ、信仰心を集めれば……。」

「分福。」


 弱々しくも戒めるような強い語気で、みたま様は分福の言葉を制します。


「信仰心など集めようとして集めるものじゃないのじゃ。信仰心は己が行いに対して自然と抱かれるもの。自ら集めるなどという浅ましい行為は神に相応しいものではない。」


 分福に対して、みたま様は優しく笑いかけました。


「わしをずっと傍で見てきたお主が一番知っておるじゃろ?」


 分福はぐっと唇を噛みました。込み上げそうになる涙を押しとどめようと目に力を入れました。

 みたま様をずっと傍で見てきた分福は知っています。

 みたま様が言っている通りなのだと。

 みたま様は一度たりとも神様になろうとした事はなければ、誰かに慕われる為に事を成していたのではないのだと。

 そんな神様だと知っているからこそ、分福は千年以上の永い時を、式神として過ごしてきたのです。


「忘れられるという事は、わしにそれだけの器がなかったというだけの事じゃ。消えるのも自然の成り行きじゃの。」

「そんな事……!」

「神やあやかしが世から離れつつある時代、古き時代のわしのような存在はもはや要らぬのじゃろう。」


 みたま様はうっすらと口を緩めて、震える透きとおった手を見下ろす分福の頬に当てました。


「情けない主ですまんの。」


 柔らかく温かい手が分福の頬を撫でます。


「式神の契約を解こうぞ。最早消え行く神に仕える必要なぞない。これからは、自分の為に、自由に生きるのじゃ。」

「ふざけ……ないで……。」


 分福が言葉を詰まらせます。その頬をすっと一筋の涙が流れました。

 そんな分福の涙をすっと拭い、みたま様は力無く笑いました。


「こんな駄目な神様と、今まで一緒にいてくれてありがとう。分福。」



 その力無い笑顔を見た分福の脳裏を過ぎったのは、みたま様と出会った日の記憶でした。



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