第31話 日英合同作戦会議と巡洋戦艦ハルトマン
「我々は反旗を翻した蘭印を奪回する必要がある」
サマーヴィル東洋艦隊司令長官が言う。
宇垣と松田も参加者として頷く。
日本とイギリスを結ぶ重要な航路がオランダ領東インドに通っている。
ここを制圧しなければ戦争継続は無理だし、資源も手に入らない。
特に戦略物資であるゴムが確保できないのは痛い。
英領マレーでも手に入れられるが、戦争で需要が急増しており、まかないきれない。
蘭印は必ず手に入れなければならない。
オランダ亡命政府の要請があったとはいえ連合軍が迅速に蘭印攻略を決定したのもこのためだ。
むしろ要請を大義名分にして要地を確保しようというのが、日英の本音だ。
「戻ってくるよう説得したが拒絶された」
残念そうにサマーヴィルは言うが、何処か嬉しそうなのが見え見えだ。
蘭印を占領して功績を上げるのが目論見だろう。
「既に我がイギリス軍と応援に駆けつけてくれた日本陸軍の部隊が準備してくれている」
今村中将率いる第十六軍が駆けつけていた。
この部隊とシンガポールに集結した英印軍、そしてダーウィンに集結しつつあるアンザック軍団――オーストラリア及びニュージーランド合同軍で蘭印軍を圧倒できる。
この周到さが、英国と日本の本音、その現れと言って良かった。
「だが、問題となるのはドイツ艦隊とオランダ領東インド艦隊だ」
オランダ領東インドは複数の島からなるため、艦隊で陸上部隊を輸送する必要がある。
敵もそのことは理解しており、船団襲撃を企図するはずだ。
「敵艦隊は巡洋戦艦ハルトマンに軽巡三隻を含む有力な艦隊だ」
蘭印に最初に到達したオランダ人船長の名前を冠した巡洋戦艦は、ドイツで建造された。
日本の海軍増強を見て、蘭印の脅威と目したオランダ政府が、対抗するための艦艇を用意しようという意見から始まった。
最初は戦艦十数隻という途方もない荒唐無稽な計画だった。
だが、計画が進むにつれて徐々に現実的なレベルに下がり、敵の高速艦艇と船団を攻撃する巡洋戦艦三隻という案に落ち着いた。
しかし、それだけ巨大な艦艇を建造した経験も国力もオランダには無かった。
海外に発注しようにも米英との交渉は上手くいかなかった。
皮肉にも契約を結んでくれたのはドイツだった。
ドイツは経済発展のために必要な外貨と希少鉱物、ニッケルなどを手に入れたがっており、オランダと利害が一致した。
契約が成立し、約束の品がドイツに入ってくると、約束通りドイツは十一インチ砲身、クルップ社製装甲板、ワグナー式横圧高温ボイラーなどの主要部品をオランダに提供し、巡洋戦艦ハルトマンは建造された。
そのため、ハルトマンの武装も性能もシャルンホルスト級とほぼ同じ。
つまり、十一インチ砲を搭載しており、高速。
巡洋艦と輸送船の天敵だ。
実際、シャルンホルスト級は脅威である。
二八サンチ砲と小さいが、重巡を撃破できるし三〇サンチ砲に対する防御があり、戦艦と戦うことも出来る。
比較的長い足を持っており、通商破壊に向いた艦だ。
実際、フランス併合後、オランダ向け、ハルトマンの姉妹艦を接収した二隻ブリュッヘル、ルートヴィヒと名付けられた艦を含む四隻がブレストに入港した時、イギリスは大西洋出撃を防ぐべく、これらに向けて連日空爆を行ったほどだ。
だが効果はなく、現在四隻は大西洋に出撃し、船団を襲撃、撃沈していたが、ここしばらく二隻ほど行方知れずで捜索を急いでいる。
今回の作戦に英戦艦がプリンス・オブ・ウェールズしか参加できないのは、他の英戦艦がシャルンホルスト級四隻を追いかけるために出動しているからだ。
だが、今はそんな遠方のことなど気にしていられない。
「この艦隊、特に巡洋戦艦ハルトマンを我がプリンス・オブ・ウェールズと大和で抑える」
日本への帰途の途中で大和が呼ばれた理由はこれだった。
圧倒的な戦力が目の前にあるのに、使わない手はない。
「敵艦隊はいますかな」
宇垣は無表情に尋ねた。
「必ずいる。いや、出てこなければならない。彼らの首都であるジャワ島を守るためにはな。首都バタビアの軍事施設を艦砲射撃で叩き、おびき出し、そこを叩く」
バタビアが攻撃されたと知れば動揺が走り、慌てて艦隊を呼び寄せると読んでいる。
宇垣は何も言わなかったが、松田は懸念を抱いた。
敵が思い通りに動いてくれると思い込んでいる。
その通りに動くだろうか。
むしろ先手を打たれるのではないかと思ってしまう。
「報告します」
伝令が入ってきた。
「どうした?」
「オランダ艦隊が貨物船及びタンカーを率いてバタビアを出航。インド洋に入ったのを潜水艦が確認しました」
「何だと」
インド洋はイギリス最大の宝石、インドを結ぶ航路がある。
勿論、日本からイギリスへ向かう航路でもある。
「インド洋で通商破壊を行う気か」
インド洋で商船を撃破されたら、イギリス本国への補給が絶たれてしまう。
「報告! オーストラリアからイギリスに向かっていた商船がハルトマンに襲われました!」
早速被害が出始めている。
もはや待ってはいられなかった。
「直ちに艦隊は追撃に入る。全艦出撃してくれ」
「蘭印攻略はしばらく中止ですか」
松田はサマーヴィル東洋艦隊司令長官に尋ねた。
「いや、時間が無い。それに蘭印から脅威が去ったのだ。船団は予定通りに出港。上陸作戦を行う」
松田の胸に、拭いきれない不安が広がった。
これでは敵の思う壺ではないか……。
サマーヴィルはオランダ艦隊を追撃するつもりでいるが、松田には振り回されているようにしか見えない。
しかし、命令通り行動するしかない。
「サマーヴィル司令長官」
黙っていた宇垣が尋ねた。
「何でしょうか、宇垣司令官」
「広大なインド洋を索敵するのに、密集していては非効率だ」
「良いでしょう。大和には南方の捜索を頼みます」
宇垣の意見も一理あった。
大和だろうとプリンス・オブ・ウェールズであろうとハルトマンを圧倒できる。
両方ども同時に動くのは良くない。
数を増やして索敵した方が広大な海域を捜索できて効率的だ。
宇垣の意見は認められ、大和は別行動、事実上の独立行動が可能となった。
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