最終話「ヤンデレ小説完結させたらヤンデレヒロインの世界に閉じこめられたんだが。」

「う……ここは――俺の部屋、か?」


目覚めるとそこは俺の書いた小説の世界ではなく、紛うことなき現実の俺の部屋だった。

見覚えのあるベッドに見覚えのあるテーブルやパソコンデスク、そしてその上にあるノートパソコン。

全てが懐かしい。俺は帰ってきたんだ。


「ふぅ……なんだか酷い夢を見ていたようだが……どうやら帰ってこれ――」


「どんな酷い夢を見たんですかぁ?」


「ひい!? 有栖川みかん!?」


俺は落ち着いたところで水を飲みに行こうとベッドから立ち上がると有栖川みかんが俺の部屋に入ってきた。

忘れるわけがない。背中ほどまであるよく手入れされた艶やかな淡く青色がかった黒髪、宝石のサファイアのように目が覚めるようなブルーの瞳。そして胸はエロゲの世界から飛び出してきたのかと錯覚するくらいにはデカい。

見間違えるはずもないヤンデレ少女然としたビジュアルが現実化していた。

俺が幻覚を見ているわけでもなければみかんは俺の世界に干渉できるとでも言うのか? そんなバカな……


「はーい、あなたの有栖川みかんですよー」


「どうしてお前がここに……」


「どうしてってここはあなたが作った小説の世界なんですから、私がいるに決まってるじゃないですかぁ」


俺の言葉が滑稽だとでも言うようにみかんは、くすっと口許に左手の甲を添えて微笑んだ。

俺の小説の中。みかんは今、そう言った。

つまり、俺は未だあの世界に囚われているのか? じゃあこの俺の部屋はなんなんだ? 俺の小説の世界に俺の部屋があるアパートがあるはずがない。


「あらら? それならこの部屋はなんだ? って顔をしてますね」


「当たり前だ! この部屋は小説の中には出てこないはずだ!」


「そうですね……この小説の世界は創造主さまが作られたもの以外は存在しません」


「なら――」


そうだ。ならこの部屋が現実の世界だという証拠! しかしそれを認めると有栖川みかんがなぜ、この場に存在しているのかの説明ができない! 


「ですから、私があの部屋を創造主さま――朝田蒼馬さまの部屋を再現したのです!」


「朝田蒼馬……誰だそれは」


「あぁ……あのとき、名前を忘れてしまったのですね。それがあなたの本来の名前ですよ、創造主さま」 


俺の本当の名前? 朝田蒼馬あさだそうま? たしかに聞き覚えはないはずなのにどこか馴染みがある。しかしそれが自分だとなぜか思えない。他のことはほぼ覚えているし、それには確かな自信がある。なのに、自分の名前に関しては完全にしっくりとはこなかった。


「本当にそれが俺の名前なのか」


「はい、私が知る限りはですが」


「それならだ……それなら――」


我ながら往生際が悪いと思う。帰れないのならもうあきらめてしまえばいい。それでも俺の思考はまだ止まらない。

なぜお前が俺の部屋の内装を知ってるのか。その疑問がすぐに頭に浮かんだ。


「どうして、俺の部屋を知っている? 白状するが、ここは記憶にあるそのまんまの部屋だ」


「それはずっと見ていたからです」


「ずっと見ていた? 俺の部屋をか?」


有栖川みかんは、ゆっくりと近寄ってくる。しかししっかりと俺を見つめている。その瞳はヤンデレモードのそれではなく、恋する少女の潤んだ熱のこもった瞳だった。


「はい……私は画面の前であなたを見つめていました。ずっと、ずっとずっと……そしてあなたに恋をしてしまったのです」


「俺を……?」


なおも有栖川みかんは近寄ってくる。しかし不思議と恐怖は一ミリもない。それどころか愛しさすら感じている自分がいることに驚く。

いや、当たり前だ。有栖川みかんは俺が作り出したヒロインで、俺の娘なんだから。


「はい……ああ、ずっと呼びたかった……朝田蒼馬さま……蒼馬さま、私はあなたと結婚したいお付き合いしたい。そう、夢見てきたのです」


「みかん……」


「だからどうか私のことを嫌いにならないでください。私を好きになってください」


これが娘に告白される父親の気持ちなんだろうか? だとしたら俺は最低の父親だ。

なぜなら俺はこの娘の気持ちに報いたいと思う。これがもし、本当に血の繋がった親子なら許されないだろう。

ましてや俺が空想や妄想の果てに生み出した存在に過ぎないのに愛したいという感情が湧き上がるのはどう考えても異常者だ。

だがこの気持ちが異常者なら、俺は異常者と呼ばれてもいい。罵るがいい。

涙を流す娘を前にして心打たれない親などに俺はなりたくない。


「嫌いになんてならない。みかん、お前は俺の理想のヤンデレヒロインだ」


「蒼馬さま……ううん、蒼くん、私を愛してくれますか?」


「ああ、俺はみかんを愛しているぞ」


そうして俺と有栖川みかんは顔を寄せ、抱き合い、唇を重ねた。

みかんの頬は涙で濡れていた。しかしそれすらも美しく見えた。


「完結、したら嫌ですからね!」


「ああ、しないさ。みかんが望まない限りは、な」


「望みません! だって私は――有栖川未完ですから!」



そのとき見たみかんの笑顔は今まで思い描いていた有栖川みかんの笑顔より輝いて見えた。俺は例えばこれが、ひとときの夢であっても絶対に忘れないだろう。

一番愛した俺のヒロインの笑顔を。これからも守り続けていきたいと、そう心に誓った。



「ヤンデレ小説完結させたらヤンデレヒロインの世界に閉じこめられたんだが。」


          完

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ヤンデレ小説完結させたらヤンデレヒロインの世界に閉じこめられたんだが。 朝霧直刃 @mugisawa

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