第15話 悪夢

 カルメアさんが来てから三日が経った。私は、朝から窓の外を見ていた。ようやく脚が動くようになってきたけど、まだ違和感がある。だから、まだ歩き回ることが出来ない。


「はぁ……」

「あら? もう起きてたの?」


 部屋の入り口から聞こえたので、そちらを見ると、この病院の医師が立っていた。私の担当医アンジュ・キュリアさんだ。長い金髪をポニーテールでまとめており、その碧眼は、空のように綺麗だった。


「はい。あまり寝られなくて……」

「ちゃんと寝ないと治るのが遅くなるよ」

「分かってはいるんですけど……」


 実際、カルメアさんが来た次の日から、私は、一睡も出来ていなかった。私には見えないけど、きっと目の下には薄らと隈があると思う。


「今日も眠れなかったら、呼んでね。睡眠薬を処方するから」

「分かりました」

「じゃあ、診察するよ」


 アンジュさんは、私の身体を手で触っていき、診察を始める。これは、魔力を使った診断方法で、身体の状態を見ることが出来る。


「やっぱり、脚の疲労度が高い。こればかりは、時間でしか解決出来ないから、しばらくは入院しててもらうよ」

「はい」

「普通は、ここまで疲労することはないんだけどね。もしかして、アイリスちゃんは、強いスキルを持ってる?」

「…………はい」


 私は、少し目を伏せて答える。


「なるほどね。強いスキルに身体が追いついてないわけか。だから、必要以上に身体を酷使しているのね」


 アンジュさんの話は図星だった。私が持っているスキルのいくつかは、通常のスキルよりも強いものになっている。特に、剣姫のスキルは、剣を扱うスキルの中で最上位に位置しているスキルだ。その能力に私の身体がついていけていない。それは、紛れもない事実なのだった。


「身体作りをサボっていたわけではないみたいだけど、それでも身体への負担は少なくない。あまりスキルを使い過ぎないようにね。特に、今回みたいに全力での戦闘は控えるように」

「分かりました」

「身体作りは続けてね。それで、改善していくから」

「……はい」

「じゃあ、問題があったら、呼んでね」


 そう言って、アンジュさんは、部屋を出て行こうとする。


「あの、キティさんは?」

「……傷は順調に治ってる。危険な状態からも脱したよ。でも、意識は深くに沈んだまま。いつ眼を覚ますかは分からない。でも、それは、アイリスちゃんのせいじゃないから、それだけは覚えておいて」


 それを最後に、アンジュさんは部屋を出て行った。


「私の……せいじゃない……そんなわけ……ないのに……」


 私は、再び窓の外を見る。それしか、やることがないから……


 ────────────────────────


 それから、三日の時が過ぎた。脚もまともに動くようになった。そして、未だに、私はまともに寝ることが出来ていなかった。何故か、眠ることが怖いと感じている。


「アイリス、大丈夫?」

「うん。大丈夫だよ、サリア」


 今日は、サリアが見舞いに来てくれていた。依頼が立て込んでいて、今まで来られなかったみたい。


「それより、依頼の方はもういいの?」

「大丈夫。今日は、午後からだから。ねぇ、ちゃんと寝られてるの?」

「ううん。全然寝れない。だけど、大丈夫だよ。今日からは、強めの睡眠薬を使う事になるみたいだから」

「…………」


 サリアは心配そうに私も見る。多分だけど、今の私の顔は、すごく酷いものになっているんだと思う。


 その後、サリアと世間話をしていると、サリアの依頼の時間になったので、サリアと別れた。


「明日から、機能回復訓練か……歩けるようになったら、キティさんの見舞いに行かないと……」


 その日の夜は、睡眠薬を服用して眠りについた。


 ────────────────────────


 気が付いたら、真っ暗な空間を歩いていた。真っ白だった病室から一転しているので、違和感がすごい。


「あれ? ここは? 確か、病院で寝ていたはずじゃ……」


 周りを見回しても何も見えない。辺り一帯が真っ暗な闇の空間だ。


 ポタッ……ポタッ……


 少し遠くで何か音がする。それはまるで、ような音だった。


「何だろう?」


 音のする方に歩いて行くと、足が少し濡れてきた。


「川か何かかな?」


 見えないだけで、普通場所なのかと思い、足下に目を向けると、自分の足が赤い水溜まりに入っていた。いや、水溜まりでは無い。これは…………


「ひっ……!」


 思わず、後退るとうまく足が動かず腰を地面に打つことになる。腰に痛みが走る。しかし、そんな事を気にすることは出来なかった。私の意識は目の前にいる人に注がれていた。血溜まりの正体……キティさんに……


「キ、キティさん……」


 キティさんに呼び掛けても返事がない。生きているか確かめるために、自分の身体を動かそうとするが、動かすことが出来ない。


「キティさん!」


 返事がない。そう思ったそのとき、俯いていたキティさんの顔がグルリッと私の方に向いた。キティさんの眼は、開ききっていて、血が滴り落ちている。


『ナンデ、タスケテ、クレナイノ……』


 口から血を吐きながら、キティさんが這いずってくる。キティさんの表情は憎悪に歪んでいた。


『オマエノ、セイデ、ワタシガ……』

「いや……」


 後退ろうとするけど、私の手足は血溜まりを滑るだけだ。やがて、キティさんの手が、私の足を掴む。振り払おうとしても、すごい握力で掴まれているため、全く離れない。


キティさんは、そのまま私の足を引っ張って、私を引き寄せる。


『オマエノ、セイデ……』

「やめて……」


 キティさんが、私の上に馬乗りになった。そして、その手が私の首に掛けられた。


『オマエガ……シネ……!』

「嫌……やめて……!!」


 首を絞める力が強くなり、呼吸がうまく出来なくなる。目の前が段々と暗くなっていった。


 意識が消えていく直前、キティさんの口が弧を描いたように見えた。


 ────────────────────────


「はっ……!」


 目を開くと、白い天井が見えた。外はまだ暗い。多分、一時間も寝ていないと思う。


「夢……?」


 体力回復のために寝ようとしていたはずなのに、逆に疲れがドッと押し寄せてきた。寝汗もかいていたのか身体がびっしょりになっている。


 首にあの感触が残っている気がする。キティさんがあんな事するはずない。それは分かっているはずなのに、私の恐怖は消えない。ずっと寝られていないから、眠いはずなのに、もう寝られそうにない……

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