閑話 迷宮の物語


 神が与えた試練の迷宮。――その迷宮を、一人の青年が攻略する……これから君に話すのは、そんなありふれた物語だ。


 子供の頃に父はよく、俺にこの話を聞かせてくれた。


「一人の青年が迷宮をゆく……」


 そんな一節から始まる夢物語。


 いや……、夢物語のような現実の話。




 一人の青年が迷宮をゆく。


 世界には五十の迷宮があり、それらは神が魔神を倒す強靭な戦士を育むために創り出したものらしい。


 地下へ地下へと続くその迷宮へ、人は、冒険者たちは挑んでゆく。


 世界を救わんと志した青年がいた。


 彼もまた同じく、そんな迷宮へと挑んでゆくのだ。



 青年が初めて迷宮に踏み込むと、そこは薄暗く先の見えない世界だった。


 まだ何も選択をしていない者にとって、全ては薄暗く見えていたことだろう。


 迷宮の石壁にはわずかな炎が灯っていて、青年はそれを頼りに先を進むしかなかったのだ。


 加えて、迷宮には怪物が潜んでいる。


 角の生えたウサギ、巨大な狼、人の姿をした者さえも……怪物たちは牙をむき、青年へと襲いかかってくる。


 ――迷宮に潜むのは、神獣しんじゅうだ。


 迷宮の一番最奥には、神の加護を受けた最強の武器、神具しんぐが置かれている。


 そう、迷宮は神が人に用意した試練なのだ。



 ――青年は強かった。


 襲い来る怪物たちをその剣で退け、迷路に迷いながらも薄暗い世界を進んでゆく。


 だが、迷宮は深く深く、進むたびに体力も食料も無くなっていった。


 それでも、迷宮は神が創った世界。――挑戦する者には必ず、奇跡が用意されている。


 青年はある場所で一息をついた。


 それは地下十一階で、その階は今までと少し違う構造をしており、神獣たちもいなかった。


 その階には直線状の通路があり、すぐに下に降りる階段が見える。


 つまり迷路とは無っておらず、通路の中央に左右への分かれ道があるだけの、わかりやすい十字路になっているのだ。


 青年は迷わず、左へと曲がった。


 左の通路を進めば小さな部屋があり、その部屋の右手には光のカーテン……オーロラの扉がある。


 逆の左手には石の台があって、青く光る小瓶が置かれていた。


 その小瓶はポーションで、飲めば飢えも渇きも消し、傷をも癒してくれる回復薬。


 逆にある光のカーテンは扉であり、通れば地上へと戻れる不思議な扉となっている。


 青年は事前にこの場所を知っていて、だから迷わずにここへと向かったのだ。



 ここで青年は地上へとは戻らずに、ポーションだけを手にして元来た通路を引き返す。


 それから戻って十字路を直進。


 通路を進み、今度は反対の通路へと……突き当たったのは薄暗く広い場所、石壁に囲まれた丸い空間で、そこは第一の試練が待つ場所だった。



 その部屋には神官の姿をし長い剣を携えた、髭の長い老人が待っていた。


 青年が剣を構えれば、老人は彼に襲いかかる。


 剣と剣の撃ち合いが始まり、防ぎ切らなかった斬撃が青年に痛みと傷を入れた。


 青年は隙を見て、ポーションで傷を回復。――そして、再び試練に挑む。


 青年はまるで剣の師と鍛錬を積むように、老人と剣を合わせた。



 しばらくの撃ち合いの末に、青年は老人を打ち負かす。


 死闘を終えて息を切らしながら、青年は倒れた老人を見つめていた……すると老人はゆっくりと起きてから、また座り込み青年を見つめ返す。


 ――そして、青年へと語るのだ。


「強き者よ、お前に力を授けよう。

 魔の力である魔術まじゅつか、神の力である神術しんじゅつか、どちらか一つを選ぶがよい。」


 その問いに青年は、迷わず魔術を選択した。


 迷宮を進むごとに神獣たちは強くなる。


 神獣たちの弱点となる魔術を獲得しなければ、この先を進むことは困難……彼は、そんな情報を知っていたからだ。


「――魔術だな。ではお前に魔の力を授けよう。」


 老人がそう話せば、青年は己の中から闇が……黒い光が溢れてくるのを感じる。


 同時にこの迷宮、そして目の前の老人から、白い光が溢れているのを見てとれた。



『神術と魔術』


 迷宮の試練を超えた者は、超常の力を手にすることができる。


 それが神術と魔術であり、炎や風を起こしたり、傷を癒すなどの秘術を獲得するのだ。


 その源となるのが神術エネルギー、または魔術エネルギーというもので、それぞれが白と黒の光として術者の目には見えるようになる。


 青年は新たに力を獲得し、世界を構築するこれまで見えなかった要素が見えるようになったのだ。



 気がつけば、老人の身体全体に強く神術エネルギーが光っていた。――そして、老人の先ほどまでの傷が全て癒える。


 老人は立ち上がり、青年に言った。


「神術は傷を癒す力を持つ。また、このように炎や雷を生み出せる。」


 そう言って手から炎や小さな雷を発生させ、青年に見せてきた。


「魔術で傷は癒せぬが、炎や雷は同じように生み出せる。また、氷や風も生み出せるだろう。」


 老人は青年を促す。


 見せてもらったようにイメージすれば、手からほとばしる魔術エネルギーを、青年は炎へと変えることに成功した。


「次は鎧か壁を生み出すのを意識してみよ。魔術は神術を防ぐ――逆もまた然り。」


 今度はそう話すと、老人は小さな雷を発生させて、それを青年に向かい放ってくる。


 青年は体に痺れを覚えた。


 だが、自分の中から溢れる闇を……


 魔術エネルギーを纏うようにイメージすれば、雷は遮断され、痺れを感じなくなってゆく。


「スジが良いな……先を行け。さらなる試練が今与えた力を、より強いものにするだろう。」


 そう言って老人は座り込んだ。


 青年は深々と老人に頭を下げる。――そして、迷宮のさらなる奥へと進んで行くのだ。



 一つの選択で、見える世界は変わってくる。


 迷宮の石壁からは神術エネルギーが、白い光が溢れ出ていて、薄暗かった迷宮が、青年の目には明るいものに変わっていた。


 ――だけど、困難は終わらない。


「教えを断ったのはお前だぜ!」


「俺達の誘いを断って、一人で迷宮に潜ったことを後悔させてやるよ、新人さん!」


「冒険の厳しさを、その体に教えてやる!」


 神具を持つのを諦めて他者を襲うゴミが、青年の前へと立ちはだかる。


「さ、三人いたんだぞ……クソ……」


「バカな! 一度であのジジイを倒したのか!?」


「俺だって、魔術を使えるのに……」


 だがそんな困難など、新たな力を得た青年には困難にすらならなかった。



 そして青年は、更なる力を手にしてゆく……


 地下二十二階、三十三階とゾロ目の階。


 それらには十一階と同じような構造と、同じような試練が待っていて、覚えた魔術をさらに強化することができた。


 また、そこにある光のカーテンを潜れば地上へと戻れる。


 再び一階からの出直しとなるが、地上では新たな出会いが待っていた。



 薄い色の肌と髪をした、優しい瞳の少女。


「あの……、私、神様の力がいいと思って神術を選んだんです! そしたら、魔獣相手に役に立たないって、誰にも仲間に入れてもらえなくて!」


 選択の正しさは、その時々で違ってくるものだ。


 彼女を仲間とし迷宮へ潜れば、彼女の神術による癒しの力は迷宮攻略の大きな助けになってくれた。



 決闘を挑んでくる褐色の、勝気な少女。


「くそー! アタイ馬鹿だから、あのオウムに騙された! 神具使えないんなら潜っても意味ねー! 八つ当たりだ!」


 地下四十四階には特殊な術を覚えられる代わりに、神具を使えなくなる選択がある。


 それは、人を試す試験であろう……選んだ者に世界は救えない。


 自暴自棄に突っかかる彼女だったが、青年が打ち負かせば、仲間になるとついてくるのだ。



 青年は一つ一つ、試練を乗り越えてゆく。


 幾つもの選択をし、己を鍛え、仲間を増やし、仲間と共に強くなって、そうして迷宮を進んでいくのだ。



 ――最後の試練。


 青年たちが地下九十九階までたどり着くと、これまでとは桁違いに強い神獣が待っていた。


「コイツは桁が違うぜ……」


「力を合わせれば、必ず乗り越えられます!」


「アタイが氷で動きを止めてみせるよ!」


「私が常に回復術をかけ続けます!」


 だが、そんな強大な怪物でさえも、掴んできた力で、掴んできた絆で、その努力と才能で、青年は討ち倒してみせたのだ。


 地下九十九階、最後の神獣を倒せば、その広い部屋の中央に螺旋の階段が出現する。


 階段を降りれば、そこが迷宮の宝物庫。


「ここが、最深部……」


「すげー! 金ピカの武器がいっぱいだ!」


 地下百階は小さな部屋だ。


 その部屋には幾つもの金製の武器が置かれていて、煌びやかに輝いている。


 その金製の武器の一つ……宝石に飾られ青白く光る刃を持つ一本の剣に青年は目を奪われた。


 それは、神術エネルギーにあふれた大剣たいけん


 その大剣は青年以外には触れることすらできない不思議な力を持っていた。


 それが神具と呼ばれる最強の武器……迷宮を攻略した者だけが扱える、攻略者の証しだ。


 青年はついに神が用意した、全ての試練を乗り越えたのだ。



 ――だが、青年には更なる困難が訪れる。


「神具を手にしたようだな。国のためにそれを渡してもらおう!」


 迷宮から出てきた青年たちを、国王軍がその宝を奪おうと取り囲む。


 人が努力して手にしたものを横から奪う、最低な人間たちだ。


「す、すごいです! そ、それが神具の力!」


「アタイも強くなったけど、アンタの力にはやっぱり敵わないね!」


「嘘だろ……これだけの人数を!?」


「精鋭ばかりを集めたのに!」


 それでも迷宮を攻略し、神具を手にした青年の力は圧倒的だった。


 襲ってきた国王軍を打ち負かし、青年は己の強さを国へと示す。


 そして青年は国に認められ、貴族の地位を与えられた。


 こうして青年は力も仲間も、富も権力さえも手に入れて、家族と幸せに暮らし始めた。


 それからは多くの女性に愛され、子宝に恵まれ、家族を守りながら青年は人生を過ごしてゆく。


 愛する者たちと幸せに……


 最期の時までも……幸せに……

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