カノン様は神童ですが、それが何か?

緋春

【Prologue】



「──ふ、ふんぎゅぅぅ〜!」


 自身の背丈よりも高いゴミ箱に手足をかけ、危なげによじ登ろうとする幼子が、ここに一人。


 自前の金髪に汚れを付着させながら懸命にゴミ箱を覗く、小さな彼女は……。

 現在、『あるもの』を探していたようだ。


「はっ!? あ、あった〜!」


 そう。

 ここは、パン屋の裏口にある寂れた路地裏。


 『くたびれた食パン』の一枚を天高くに掲げる彼女は、廃棄処分となった食品を狙って、毎日ここへと訪れていたのである。


 加えて、それを宝物のように抱きかかえつつも、ニコニコと満足そうな微笑みを見せる、彼女。


 しかし、そんな彼女の頭上から。

 まもなく、更なる試練が……。


「……あれ?」


 その通り。

 頭上を見上げると、そこには重く垂れ込める雨雲。


 空から一筋の雫がぶつかってきたと思いきや。

 あっという間に、辺り一面をポツポツと濡らし始めたのである。


「ひぇ〜っ!?」


 無論。

 予想外の出来事に、慌てふためく、彼女。

 せっかく手に入れた戦利品を濡らすまいと、急いでその場から逃げ出してしまったようだ。

 

 加えて、とてとてと怯えるように足を動かすこと、ほんの暫く。

 次第に見えてきたのは、街中の川に架けられし大きなアーチ橋である。


「よいしょ、よいしょ……!」


 堤防の階段を一段ずつ慎重に下り、そのまま橋の下へと潜るように消えていく、彼女。


 すると、やがてその空間から。

 次のように発する彼女の声が鳴り響いてきた──



「──ただいま〜っ!」



 バサバサと風でなびき続ける、ブルーシートの玄関。

 湿気で腐食が進み始めている、木材の壁。

 周辺にて溢れ返る、様々な違法投棄物。

 そして、誰からの返事もないことを承知で帰宅を知らせる、孤独な幼女。


 なんと、このひっそりと構えられし『廃材の城』こそが、彼女の自宅であったのだ。


 おそらく、どこかの浮浪者が放棄した住処なのだろう。

 後から発見した彼女が、そのまま我が家として利用していたらしい。

 

 さて、ここまで来ればもう大丈夫。

 なぜなら、後はいつもと同じことをこなし、安全に過ごせばいいだけなのだから。


 誰かが捨てにきた、綿の溢れる一人掛けソファにちょこんと座り……。

 誰かが捨てにきた、水平知らずのガタつく机と向き合って……。

 誰かが捨てにきた、花柄のヒビ入りスタンドミラーに映る分身と、楽しい食事を済ませる。


 不完全なれど、お気に入りの家具達に囲まれる生活に苦はなく、むしろその中でありつける街一番のパン屋の味は絶品であった。


 そして、間違いなく。

 この瞬間は、彼女にとって幸福な時間だったのである。


 そう、幸福だった。


 間違いなく、幸福であるハズなのだが……──



「……ぐすっ」



 ──何故か、目の前の鏡には。

 笑顔のままポロポロと涙を溢す、自身の姿が映し出されていたらしい。


 その通り。

 まだ幼すぎるにも関わらず、彼女は何も持っていなかった。

 

 頼れる父、愛情を注いでくれる母。

 暖かい食事、雨風で飛ばされる心配のない住まい。


 もはや異常なまでに。

 何一つとして、マトモなモノを持ち合わせていなかったのである。


 ……。


 いや、訂正しよう。


 実は彼女、自身が気づいていないだけ。

 この時点で既に、世界中の誰もが欲する──『唯一の上等品』を手にしていたのだ。


 答えは、現在の彼女が身に纏いし、高級ブランドのロゴが入ったボロ洋服?


 違う。

 そのポケットから少しだけ顔を覗かせる、一通の『手紙』のことだ。



           ✳︎

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