第25話「暗転」

”あの場にいた人間は皆震え上がりましたね。将軍の怒りようはそれほどでした。

 戦いを邪魔した者を敵より憎むと言うのが、パットンと言う将軍でした”


フェルモ・スカラッティ少佐のインタビューより




「……2人・・だな」


 眉間の皴を深くして、後退を静かに命じた将軍がつぶやく。

 いつものしわがれた大声が嘘のようだった。


「どういう事でしょうか?」


 上官の感傷を邪魔しないように。そんな自制心は、追求心で上書きされた。

 将軍は沈黙で回答する。

 そのままポケットから煙草を取り出して咥え、無言でマッチを擦った。


「俺が戦っている相手だ」


 返事はもらえないかと思った時、紫煙を吐き出したパットンがぼそりと言った。


「相手は司令官1人ではないな。だが、我が軍米軍の様なボトムアップとも違う」


 何を言っているのか?

 彼の話はフェルモの理解の枠外だ。

 だからと言って、上官がおかしくなったとも思わない。その鍛えられた嗅覚で、彼にしか分からない”何か”を感じ取ったのだろう。


「今まで俺は、敵として相手取っているのが名将1人のトップダウンだと思っていた。だが奴らは偽装していたようだ。右側に進路を変更した時、奴らの思考が2人に・・・・・・分かれた・・・・。例の参謀長と、そこまで息があっているとはな」

「参謀長? ドイツ人の女性将校でしたね。相当な問題人物と聞きますが」


 返した言葉は、果たして噛み合っていただろうか?

 今ひとつ自信の持てない返答だったが、パットンは得心が行ったと頷いた。


「そうだった。女か……。なるほどな!」

「あの? 何がなるほどなのでしょうか?」


 パットンはフェルモの背中をパンと叩く。

 小さく悲鳴をあげて、話の流れを必死に理解しようとするが結局よく分からなかった。


「だから貴様は童貞なのだ!」

「なっ! それは今関係があるのですか!?」


 抗議をさらりと流した将軍は、笑いを堪える幕僚たちに向き直り、宣言した。


「この戦いは、遺憾ながら引き分け・・・・だ!」


 あれだけの被害を被っておいて何を……とは、誰も口にしなかった。

 上層部の横槍や時間の無さを思えば、老獪な大公派相手にむしろ良くやったとすら思う。たとえ額面上の物量で勝っていてもだ。


 なにより、この損害は会戦の敗北を意味しない。

 彼らにはパットン考案の”保険”があるのだから。




 だが、その後退命令は実際に通達が開始される前に中止されることになる。

 彼らの下へと唐突に割り込んできた軍事顧問団からの新たな命令書を一読したパットンは激怒し、わざわざ連絡機で乗り付けてきた伝令役空軍参謀に怒鳴りつけた。


「ふざけるな! 敵は目の前に来ているんだぞ!」


 しかし参謀の方も動じない。不愉快そうに鼻を鳴らす。

 これが“普通の命令”であれば、司令官の頭越しで成された横車に抗議のひとつもできただろう。

 だが、無駄だろう。

 彼の黒い軍服と、鍵を象った記章がそれを示していた。

 参謀は大仰な動きで命令書を広げ直し、その内容を読み上げる。


「繰り返し申し上げましたように、我々・・が独自に立案した支援のための別作戦が、現在空軍によって展開中です。直ぐに反撃に出られる状況となりますので、このまま進撃していただきたい」


 “竜鍵りゅうけん騎士団”、彼が「我々」と読ぶ集団の名だ。

 彼らは竜神教の総本山たるガミノ神国を正統とする民間団体だ。――そう、一応は。

 ライズ全てにガミノ宗派を広げれば、竜神が封印した”方舟”が現れると本気で信じているらしい。

 その後敬虔な信徒だけ・・を乗せて竜神の元に向かうのだそうだ。


 それだけなら勝手にやれば良いが、大公派を支援するゾンム帝国内にもシンパが多いらしく、軍の方針に余計な希望をねじ込んでくる始末。

 最近では亡命者や改宗者を集めて“ニーズホッグ隊”なる自前の戦闘部隊まででっちあげ、実際にクロアにも投入されている。

 参謀殿の黒衣は、ニーズホッグ隊幹部のものだ。


 見てくれだけ装いの良い軍服は、質実剛健を旨とするパットンの神経を大いに逆撫でしたことだろう。


 要するに、戦争かぶれの似非宗教家だ。

 ただし、金もコネも発言権もたんまりと持っている。


「馬鹿な! それだけの説明で納得できるものか! 貴様らは命がけで戦っている勇者たちに、良くわかりもしない理由で砲火に晒され続けろと言っているんだぞ!」


 参謀は返答の代わりに、「それが何か?」とでも言いたげな視線を返した。

 恐らく皮肉ではない。パットンの抗議を本気で「そんな事・・・・に拘るのかが分からない」とでも思っているようだ。


「……詳細は機密につきお答えできません。竜神より授けられた新兵器によるものだとお伝えしておきます」

神から授かった・・・・・・・だと? なんだその言い草は!」


 怒りのあまり盤上に拳を叩きつけたパットンを見届けて、空軍参謀は特に感情を表わすでもなく口角を吊り上げ背を向けた。

 そんな後姿に向けて、幕僚たちが揃って見送りの挨拶をする。具体的には鼻を鳴らすか舌打ちするかだったが。


 気を吐く部下たちを前に、孤高の将軍は絞りだすように吐き捨てた。


「いつもそうだ。いつも大事な時に」


 幕僚たち、いやその場にいた人間全てが無念そうにぎりりと歯を食いしばる。


 別作戦とやらが成功したところで、それでこの戦局が覆るとは思えない。多くの戦車を失ったのも痛いが、一番の痛手は”勢い”を失ったことだ。

 戦争には流れがある。将帥は流れを引き寄せる事は出来ても、流れそのものを変える事は出来ない。


 そして、流れを引き寄せるには、前に進め突撃しろでは駄目なのだ。

 これは感覚的なもので、スポーツなりギャンブルなり勝負の世界で生きる人間にしか会得できない。


 古代の名将ハンニバルがローマに敗北した理由のひとつは、上層部の無理解によって補給を得られなかったことだ。彼はそれによって掴みかけた流れに乗れなかった。

 ひょっとしたら、老将は補給よりもその現実に苦しめられたのかもしれない。


 今しがたの高圧的、かつ一方的な命令が歴史をなぞっているようで、反撃と言う言葉を空虚にさせていた。


「閣下は例の作戦・・・・に専念なさってください。私が後退の準備を進めます」


 気が付いたら、そんな事を言っていた。

 見上げたパットンの顔は、彼には珍しくも驚きに染まっていた。フェルモの具申は明確な命令違反であり、上層部の意に反する作戦を主導すると明言したのだ。


「勘違いなさらないでください。命令通り進撃は致します。新たな攻撃位置に着くために一時的に後方に移動するだけです。そうですね、”転進”とでも呼ぶことにしましょう」

「そんな馬鹿な理屈が通じる軍隊が存在するものか!」


 怒鳴りつける上官は予想通り覇気がない。調子の悪いときはすぐ分かる。いままでずっと見ていたのだ。


「見くびらないで頂きたい! 敵の参謀長は優秀なんでしょうが、私も将軍に任命された『司令官付特別戦術補佐官』です! このくらいの無理はさせて頂きます!」


 2人のやり取りを、息をのんで見守っていた参謀たちはお互いに顔を見合わせ、頷きあう。

 そして彼らも一斉に意見具申を始める。


「こうた……転進・・で時間を稼ぐのはいいですが、空軍の作戦とやらが成功すれば――別に、それに乗っかって大公派を倒してしまっても構わんのでしょう?」

「そうです! 無駄に突撃を行うより、有利な状況を作るべきです。もう少し下がれば待ち伏せに適した場所が、いくつかあります」

「こうた……、転進に当たって。ここと、ここの橋は破壊して良いと考えます。大公派としてもこの2つは使用しますから、すぐに修理するでしょう。わざわざ我々が再侵攻する時・・・・・・のために・・・・ね」


 幕僚たちにどっと笑いが起こる。

 弛緩した軍隊は駄目だが、ユーモアを失うのはもっと駄目だ。


 黙ってそれらを聞いていたパットンは、にやりと破願して声を上げた。


「よし分かった! 貴様ら全員に、命令違反で罰を与える。地獄の果てまでついて来い!」


 参謀たちは元気よく返事をし、生気に満ちた表情で各々の仕事に取り掛かる。


「では諸君、あの青瓢箪あおびょうたん殿の健闘を祈りつつ、我々は尻に帆をかけて転進しようではないか? もちろん勝利の為に!」


 哄笑する勇将から、先ほどまでの陰鬱さは微塵も感じられなかった。

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