第16話「隼、飛翔す」

”誰もが知る空の英雄が、当時クロア公国で爪を研いでいたことは良く知られている。

 彼がイリッシュの激戦に参加したことは、歴史の必然と言えるのかもしれない”


コンラート・アウデンリート著『蒼空の隼』より




「潮目が変わったな」


 主翼から飛び降りた南部隼人少尉は、開口一番そんなことを口にした。

 受け取ったサイダーの瓶はあっという間に空になる。


「潮目、ですか?」


 刈り取った雑草の根を踏みしめながら駆け寄ってきた僚機搭乗員ウィングマンが、そう問いを返してくる

 半分は興味だろうが、もう半分は突拍子もない話を警戒していると分かった。分かったところでどうする気も無いが。


「味方の戦車たちの逃げ方・・・が違うんだよ。ちょっと前まではわらわらと、浮き足立って不規則に逃げていた。それが今は部隊ごとに分かれて、交互に間合いを図りながら後退してる」

「戦闘の合間にそこまで見てたんですか? 無駄な機動をしていると思えば……」


 マヤ・サヴェートニク曹長は半眼で尋ねる。戦闘機乗りは偵察機乗りとはそもそもからして役目が違う。

 地上を観察するには機体を横に倒して主翼を傾け、下方視界を確保しなければならない。普通に考えれば隙を晒す行為だし、燃料の無駄だった。


「悪かった。どうしても気になったんだが、以後は止めておくよ」


 マヤは暫し思案し、諦めたように首を振った。


「確かに、陸の戦況を把握しておくのも必要です。ただし、やる時は必ず僚機の私に声をかけてからにしてください」

「すまん。あとありがとう」


 クロアに配属されて以来の右腕は、どういたしましてと無感動に答える。

 彼女はいつも無感動無表情に見えて、その実かなり我が強い。

愛想のよい演技もお手の物なので、彼女を知らない者たちは騙されるが、一度あの氷点下の視線を受けてみればいいと思う。

 右も左も分からない戦場で生き抜くすべを教えてくれた彼女だが、現在に至っても賞賛よりお小言を頂戴する方が多い。そのせいでたまに褒められても不安になったりする。


「それで、少尉は大公派の戦い方が変わったと?」

「うーん、そこまでは分からんが、なんかやることなすこと規則だっているというか……。ほら、俺たちの任務も対地攻撃が少しずつ減って、防空任務の比重がまた増している」

「言われてみれば……」


 マヤも表情こそは変えないものの、否定的な反応は返さなかった。


 彼ら、「飛行64戦隊」に配備されている一式戦闘機〔隼〕は機体が軽く、質の悪い野戦飛行場でも運用できる。

 そのため前線に進出して戦闘を行い、野原を整地した仮設飛行場に着陸して補給後、再出撃と言う過酷な任務に駆り出されていた。

 本来は敵戦闘機を狩る制空戦闘機が、機銃掃射や爆弾投下といった対地攻撃まで行う羽目になり、隼人の小隊もバラバラに分かれて前線と仮設飛行場を往復している。


「ほら、俺たちの〔隼〕は爆装できるけど機体が華奢だろ? 決して地攻撃向きじゃない。それを無理矢理やらなきゃいけない状況だったのが、本来の防空任務に戻れるようになったという事は、戦場を整理して余裕が生まれたんじゃないか?」

「……確かに」


 マヤは再び熟考するが、結局は賛意を表明してくれた。

 周囲からはこの小隊は奔放な少尉を支える老練な曹長が回していると思われがちだが、隼人自身は自分と彼女マヤは対等なバディだと思っているし、相手もそう思っていると確信めいたものがある。


「もし、新任の司令官が思いのほか老獪だとすれば、この敗走・・には裏があるかもしれませんね」


 隼人はにっと笑う。我が意を得たりだ。

 自分でも意識していなかったが、どうやらこの笑いが出るときは何某かの突破口を見出したときらしいとクロアこの地に来て知った。


「この戦い、案外行けるかもしれないぞ」


 根拠は薄弱。だが彼とて激戦を生き延びた、エリート部隊で小隊を預かる士官。

 培った勘には幾ばくかの自信がある。


「楽観論が過ぎますね」


 無感情に切って捨てる様に言うマヤ。

 彼女のこの反応は、しかし全否定を意味しない。

 もしそうであれば、隼人の至らなさを並べて辛辣な一言を投げかけてくるからである。

 言外に語るのは、「同意しても良いが、まだ根拠が足りない」という事だ。


 つまり、この話は保留だ。


「そう言えば、公都の防空隊をこっちに引き抜くなら、リームの奴も来るんじゃないか?」


 話題を変えたつもりで彼女の友人・・の名前を出す。が、どうやら不適当だったようだ。

 今度こそ冷たい視線で射抜かれる。


「……私が何故、あの小娘・・・・の動向を把握しないといけないのですか?」


 いつも思うのだが……小娘って、向こうは上官なのだが。

 向こうリームの方も、その度に怒りつつも本気でどうこうするつもりはないようなので、自分が気にする話ではないという事にしておく。

 公都で戦っていた頃は2人で呑み歩いていたようだから、仲は良い筈なのだが。


「いいけど、余計な未練は残すなよ?」


 言いたいことを言えずに戦死したら。いや、向こうが帰ってこなければ……。

 危惧を覚えて珍しく上官として苦言してしまうが、相棒からの返事はなかった。

 代わりに返ってきたのは、憎まれ口とも励ましともつかない言葉。


「今は、へたくそな新米少尉を使い物になるようにしないといけませんので」


 「へたくそ」と言っても、今の隼人は5機以上の帝国派航空機を撃墜している、れっきとしたエースパイロットだ。

 だがそれは指摘しない。彼女が自分を導いて行かんとしているのは、ただの・・・ベテランやエースのそれではない。もっと、遥か高みにある領域だ。


 そこに至るまで、自分はへたくそだ。


 出来るなら、そこまで共に行きたい。共に飛びたい。


 それが南部隼人の抱く、目下の望みだった。

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