第28話 13時50分、14時19分

2049年12月21日 火曜日 13時50分 東京都狛江市 某所


「ここか……」


 里井はようやく目的地に着く事ができた。マンション前に駐車し、トランクに入れていたアタッシュケースを手に、横沢が待機しているはずの部屋へと向かう。すると、早速異変に気づく。


(……扉が開いている……?)


 里井はアタッシュケースを床に置き、腰に付けたホルダーから拳銃を取り出す。装填されていることを確認した上で、構えながら近づきゆっくりと扉を開ける。


(……誰もいない?)


 そう錯覚した里井は、土足のまま室内へと入っていく。リビングの扉を開けると更なる異変に気づいた。3人がうつ伏せで倒れており、1名は出血している様子が見られる。室内に誰もいないことを確認し、3人に駆け寄る。


「……横沢さん!!!」


 里井は出血が確認できる横沢を仰向けにし、呼び掛けた。どうやら出血の量はそれほどでもないようだ。


「う……痛……」


 横沢が意識を取り戻し苦悶の表情で小さく呟くと、里井は安堵の表情を浮かべた。続いて、倒れている木村、末松を叩いて呼び掛ける。


「木村さん!末松さん!」


 二人とも里井の声に反応し、身体が動く。動くと同時に二人は咳き込みながら起き上がった。


「里井、来てくれたのか……」

「すみません、間に合わなくて……。木村さん、末松さんはおそらく締め落とされて、横沢さんは後頭部、何かで殴られたようですね……」

「ああ……俺が振り向くと二人が倒れていて……」


 続きを言いかけて、横沢は立ち上がった。


「……まずい、猿田は!?」


 机に置いていた双眼鏡を手に覗き込む。


「……カーテンが閉まっている?さっきは開いていたのに……」

「横沢さん、おそらく皆さんを襲った奴が、連れ去ったか殺したか……分かりませんが、先ほどと状況は異なるはずです。私が見てきます」

 

 里井はそう言いながら、電話を掛ける。


「もしもし、警視庁捜査一課の里井です。怪我人が3名いまして、至急お願いできますか……暴行事件なので所轄への連絡も……」

「おい、救急車なんていらないぞ里井、俺も行く」


 里井は電話を切り、玄関へ向かう。


「横沢さん、行田さん達には私から報告入れておきます。横沢さんは鈍器か何かで後頭部を殴られていて、二人は首を絞められている。精密検査を受けた方がいいです。それにここも現場検証しなきゃならない。それも皆さんは協力しなければなりません。猿田は私に任せて、救急車が来たらとりあえず病院向かってください。現場は所轄に調べさせますので」

「里井……足引っ張ってすまん……」

「何言っているんですか、私たち野矢美佐子の足取りも掴めていなかったんです、あのままならこの場所すらわからなかった……お手柄ですよ。いいですから、無理しないでください。皆さん命があって何より……。では、よろしくお願いします」


 里井はそう言うと、足早に部屋を出た。横沢は何も言えなかった。何を言われようと、足を引っ張った自覚がある。所在を見つけようと、捕まえることができなければ何も意味もない。新人の頃、そう言われて育ってきた。ただ同時に、これほど頼もしい後輩がいることに感謝せざるを得ないのであった。


 里井はアタッシュケースを手に、小走りで猿田の部屋へ向かう。到着すると、玄関ドアに耳を当てる。中から音が聞こえる。


(……声か……?)


 里井は、扉が施錠されていないことを確認し、勢いよく扉を開けた。拳銃を構え、中に入っていく。真っ先に目に入ったのは、想像もしていない光景だ。


「……野矢美佐子……?」


 野矢は、突然開いたドアから現れた里井へ視線を向ける。


「あ、ご、ごめんね、電話一回切るわ……また電話するね」


 里井はゆっくりと野矢に近づく。


「野矢美佐子……だな、猿田はどこにいる?今、誰と電話していた?」

「待って、近づかないで……あなたは?」

「こっちの質問が先だ」


 里井は構えた拳銃をまだ下ろしていない。野矢は目に溜めた涙を袖で拭いて、心を決めたような表情に変わった。


「友弘はここにはいないわ……いま電話していたのは私の息子……優よ」


 この情報と野矢の姿で、里井は状況を察した。拳銃を下ろしホルダーにしまう。


「私は捜査一課の里井です。何があったんですか、あなたがなぜここに?」


 そう言いながら里井は野矢に近づこうとする。


「ま、待ってってば!近づいちゃだめ!あと、30分ぐらいで、これが爆発しちゃうの……」


 野矢はそう言いながら左耳を指差しながら、里井へ見えるよう右を向く。耳元のイヤホンが赤く点滅している様子が見える。


「爆発……?爆弾なんですね、詳しく聞かせてください」


 里井はそう言いながら、ビデオ通話を掛けた。相手は瞬時に応答する。


『ビデオ通話?里井、どうかしたか』


 出たのは北原だ。映像からSIIの司令室にいると思われる。


「飯田さんもそこか?」

『ああ、いるよ』

「二人とも、一緒に聞いてほしい、一刻を争う事態だ」

『なに?』

「今、野矢美佐子と猿田がさっきまで居たと思われる部屋にいる……事情は後で詳しく説明するけど、野矢美佐子にイヤホン型の爆発物が仕掛けられているみたいなんだ。いきさつとか詳しくは今、本人に説明してもらうから聞いてもらって、爆発物は映像で映す。解除するために協力してほしい」

『飯田だ、聞いてます、続けて』

「ありがとうございます。……野矢さん、説明お願いできますか、いつそれが付けられたか、それを装着した奴がイヤホンに関する情報を何か言ってなかったか……」


 里井とは初対面であり、どこまで信用すべきか、野矢は悩んでいた。ただ、この窮地において、自分を助けようとしてくれていることだけは、疑いようない事実であった。


「野矢さん、お願いします。時間がありません」

「はい……。これが装着されたのは昨日の……」


 里井は野矢が話し始めたところで腕時計を見る。もうすぐ14時10分になろうとしていた。先ほどの野矢の言葉が正しければ、30分足らずで爆発物の解除をしなくてはならない。焦る気持ちを抑え、里井は冷静に話を聞くことにした。


2049年12月21日 火曜日 14時19分 東京都狛江市 某倉庫


「これが預かっていた荷物か……銃器と爆発物、それにこの粉は、何かの薬か……要は資金源であり大事な戦力となる武器を預けていたんだな、五十嵐は……ノエル。この二つで以上だろう。さっそくトラックに積んでくれ」

「はい」


 ノエルはトラックを持ってきた仲間4名に運び込みを指示する。倉庫の端の支柱に、猿田は縛り付けられていた。ゆっくりとローランが近づいていく。


「あっさりと、荷物を白状したはなぜだ……トラップでも仕掛けたか」


 ローランは若干ぎこちなくも流暢な日本語で猿田に話しかける。猿田の顔は、暴行を受けたのか内出血で腫れあがっている。


「言うまで痛めつけるだろう、お前達……その荷物の持ち主が、お前達のことを許さないぞ、殺されるな、間違いなく」


 ローランはその言葉を鼻で笑う。


「おもしろいことを言うな、猿田さん。これを最初に盗んだのは、あなたでは?なぜ自分は平気だと?」

「俺は、荷物には興味ねえ、最初から返すつもりだったんだ。金さえあれば、それでいいんだ」

「なるほど、カモフラージュのために盗んだと……おかげで、大変な目に遭いましたね。代償は高くついたものだ」

「荷物に用があるんだろ、お前達、持っていっていいから、早くこれ、ほどいてくれよ?」


 ローランはその言葉を無視して、懐から拳銃を取り出し、ポケットから取り出したサイレンサーを取り付ける。


「いいえ、猿田さん。あなたはもう用済みだ。私の名も聞かれてしまいましたし、余計なことを喋られても困るのでね」

「な……嘘だろ、こんなことで殺すのかよ、お前ら正気かよ!」

「こんなこと……とはなんでしょう。それほどのことなんですよ、あなたがしたことは。まあ事業パートナーの夫を殺し、そのパートナーから大金と荷物まで奪い逃走……あなたがやっていることも大概かと思いますがね」


 ローランは、そう言いながら拳銃を猿田に向け、ジャキッと音を立てて装填する。


「お、おいおい、待ってくれよ、お前らには何もしてないじゃないか……殺さなくたっていいだろ……」

「えーと、こういうのを日本語で……ああ、「自業自得」だ。サヨナラ、猿田さん」

「え、いや待ってく……」


 一瞬で放たれた銃弾は猿田の脳天を貫く。サイレンサーを装着したことで静かに猿田は声を失った。


「ローラン、荷物は積み終わりました。トラックは先に行かせます」

「ああ、了解。なあノエル、日本語は非常に難しいな」

「いや、ローランはかなり習得されている方かと……私は何を言っているかも、分かりません。猿田は命乞いしてましたか?」


 ローランは猿田の姿を見ながら言う。


「そうだな……なんとも身勝手な人間だよ。自分のやったことに、責任をきちんと持つべきだ……さあ、引き上げよう」


 ローランはそう言って、ノエルとともに倉庫を後にした。同時に荷物を積んだトラックは走り出していった。


 





 

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