第11話 15時25分
2049年12月20日 月曜日 15時25分 新宿区某所
「大変なことになってきたわね」
助手席に座る上村はそう呟いた。里井は、SIIの会議での内容を上村に説明していた。
上村はある事件の際、里井がSIIに所属していることを知ってしまった。里井は上原、増田にそのことを報告し、特例として許しを得ることになった。この時、増田が上村に出した条件は、里井の捜査活動を全面的にサポートすること。それ以来、上村は里井の業務上のパートナーとして、捜査一課としての里井と、SIIとしての里井の行動が誰にも知られず円滑になるよう、協力しているのだ。事実、里井が誰にも怪しまれることなく今日まで過ごすことができているのは、上村のおかげと言っても過言ではない。
「とにかく、野矢美佐子を見つけないと。彼女は、意図的に警察を騙していたことになります・・・新宿にはもう居ないかもしれない。何か手掛かりがないか、ホテルを調べましょう」
話している間に、目的地であるプリンセスホテルに到着した。既に、所轄の応援も到着しており、一帯には規制線が張られている。
「里井さん!」
行田と横沢が里井の車両に駆け寄ってきた。野矢美佐子は、以前として見つかっていないようだ。
四人で野矢美佐子が滞在していた部屋への向かう道中、里井は濱口から聞いた話を二人に説明した。
「あくまで推測ですが、荷物と金の在処を、野矢美佐子は知っているはずです。そして、何らかの理由で荷物があることを警察に対して隠し、憔悴しきった演技までして、抜け出すタイミングを伺っていたということになります。そうなると考えられる可能性は二つ、野矢美佐子自身が犯人でどこかに隠した荷物と金を回収しに行ったか、若しくは、荷物を第三者に盗られてしまい、それを回収すべく荷物の持ち主又は盗んだ第三者に呼び出されたか」
「なるほど・・・いずれにしても、野矢美佐子を見つけるのは困難になったっていうことだろ?もう新宿にいないとすれば・・・」
横沢が里井に問いかける。話しているうちに、四人は野矢美佐子が滞在していた部屋の前についた。里井は答える。
「横沢さん、そうでもないですよ。私の勘が正しければ、野矢美佐子は夫を殺していないし、荷物も金も盗んでない・・・とすれば、ここに何かしら残しているはずです」
行田が鍵を取り出す。「1010号室」の鍵穴に、借り受けたキーを差し込む。
「開けるよ」
四人は中に入ると、手分けして調査を開始した。さっそく、上村がベッドの上であるものを見つける。
「里井、携帯電話だわ」
里井は駆け寄って電話を受け取る。最初から分かっていたと言わんばかりに、すぐに録音されたデータを見つけ出した。
「本日の着信は一件、非通知から・・・時刻は13時。音声、流します」
『野矢美佐子か、よく聞け。私は、お前が預かっていた荷物の持ち主だ。なぜ連絡したか、わかるな?私は、荷物を至急回収する必要がある。要求は一つ、荷物の在処を、教えて欲しいということだ。もし拒むようなら・・・十三歳の息子がバラバラに切り刻まれることになるだろう』
『も、もしもし、やめてください、荷物の在処は、本当に知らないんです』
野矢美佐子自身の音声も入ってる。相手は変声機を使用しているようだ。
『とぼけても無駄だ。お前が自宅を貸し出ししているだけでなく、RTSのブローカーであることも、こっちは知っている。大方、金に目が眩んだ奴が夫を殺して持ち逃げしたのだろう。そいつの行方を追う手助けをしろ。そうすれば、息子の命は守られるぞ。家族全員、失いたくはないだろう』
『し、知らないんです!本当に!何のことだかさっぱり!』
『ほう・・・さすがあの組織でブローカーやってるだけはある・・・この状況で大した根性だ。いいだろう、時間をやる。16時までに宝くじ売り場があるホテル前の広場へ来い。公衆電話があるから、その前で待て。そこで次の指令を出す』
『息子は・・・無事なんですか!?』
『お前の次第だ。お前の息子と、私たちの荷物は同等の価値がある思え』
変声機の声を最後に、録音は途切れた。里井は野矢美佐子の携帯電話をさらに調べる。
「13時以降に発信は・・・10回、同じ番号に掛けてる。こいつが荷物と金を盗んだ奴か」
里井は独り言のように呟く。隣から行田が興奮した様子で話しかける。
「一体どういうことなんだ、野矢美佐子の息子が誘拐されていて、犯人は別にいて、RTS?って一体何のことだ・・・」
「行田さん、やらなければいけないことがあります。再度手分けしませんか」
里井は提案する。
「今やらなければいけないこと、一つは現場の再調査です。事件当時、現場には私たちの知らない荷物があった・・・濱口さんの証言によれば、一辺が一メートル近く、それなりの大きさです。痕跡を洗い出す必要があります。二つ目は、この発信先の特定。おそらく発信者が犯人で間違いないです。野矢美佐子は息子の誘拐犯に狙われていることを警告するために連絡した、がしかし、犯人はそもそもの野矢美佐子の夫を殺して大金と荷物を盗んでいるわけで、電話に出るわけもない、そういう見方ができます」
行田も横沢も、里井の提案に聞き入っている。上村は、驚く表情一つ見せない。上村からすれば、里井の普段通りなのだ。
「行田さん、横沢さん、お二人は現場の再検証と濱口さんの再聴取をお願いできますか。犯人について、何か情報を持ってる可能性があります。発信元の特定は、任せてください」
「分かりました。横沢さん、行きましょう。里井さん、進展があれば、報告お願いします」
行田は意図せず里井の提案に従うことになったが、的確な推理に驚がざるを得ない。評判が良いことは知っていたが、行田は里井と同じチームで仕事をするのが今回初めてである。
行田と横沢が部屋を出ることを確認すると、ようやく上村が口を開いた。
「・・・まーたそれらしい口実で、上手く誘導したわね。わざと現場、行かせたでしょ。濱口さんもそうだけど。何も出ないの知ってるくせに」
里井はその言葉を鼻で笑う。
「やめてくださいよ。俺が邪魔者を排除したみたいな言い方」
「あら?違うの?」
「・・・発信先の特定と並行して、広場を調べましょう。広場の公衆電話、わざわざ目の付きやすいところを選んだっていうことは、脅迫電話の主、つまり荷物の持ち主が近くにいた可能性が高い。13時に電話掛けておいて、「16時までに」って、そんな時間の幅を持たせるってことは、間違いなく様子が見える位置にいます。もしくは、どこかの防犯カメラを介して見ていたのか・・・いや、こういう自信満々の奴らは、近くにいますよ、間違いない」
「・・・そうね、じゃあ私たち、まずはどうする?」
里井はその言葉に笑みで返す。無言で部屋を出ようとする里井を、上村は小走りで追うのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます