ザァーザァーという波の音、照りつく太陽に五感を刺激され、俺は目を醒ました。

「どこだ、ここ？」

　寝ぼけ眼で辺りを見渡すと、砂浜にいるのは分かる。でも前方には広大な海、後方には緑豊かな山。明らかに異国の地だ。しかも一緒に来たはずのスケサクも傍にいない。

「誰かいないか？」

　思い切って叫んでみたが、無情にもこだまが響くだけ……。無性に涙が溢れてきた。どうしたら良いんだ……。今まで父上や母上、王宮の家臣に領民に囲まれて生きてきた。一人なんて耐えられない。

「クソォー」

　感情が昂り、メラメラと炎が発現した。小舟が燃える様を見て、沸々と悔しさと怒りが込み上げてくる。こんな力があっても自分は何もできなかった。その無力さが嘆かわしい……。

「ウゥ、アァ……。ク、クリフ様ぁ」

　背後から蚊の鳴くような声が聞こえた。その呼び方は間違いない。俺はホッと一息つき、我に返った。しかし再会も束の間、スケサクの顔は真っ赤に染まり、息苦しそうに咳き込んでいた。まさかとは思うけど、嵐に打たれて風邪をひいたんじゃ……。

「ご、ご心配なく……。少し風邪を引いただけです。もはやワタクシはこれまで……。クリフ様、生き残るためにも捨て置きなされ！」

　嫌な予感は的中した。やばいな、このままだと共倒れ間違いなしだ。

「なに言ってんだ。一緒に行くぞ！」

　俺を守るために必死で舟を漕いでくれたんだ。見捨てられる訳がない。この忠誠心に報いなかったら、王子を名乗る資格はない。少し重いけど、スケサクを背負って医者を探しに行こう。

「誰かいないか？」

　本日、二度目の叫び。先程と同じく返事はないけど、諦める訳にはいかない。どこかに人がいるはずだ。俺は何度も目を凝らし、辺りをジィーと見渡すが、どこを見ても海と山しか見えない。

「ク、クリフ様……。あそこを……」

　スケサクが東の方を指差した。一体、何だ。草木が生い茂っているようにしか見えないけど……。疑問を抱きながらも、指示された方へ歩いた。すると小さな山道があった。ここを通れば、人のいる場所へ行けるかもしれない。でも助けてくれるだろうか……。

「ゼェゼェ、ゴホッ、ゴホッ」

　随分と苦しそうだ。迷っている暇はないな。余計な事は考えないでおこう。今は山を越え、そこに医者がいる事を祈るしかないからな。俺はスケサクを背負いながら、山道を歩く事にした。

　どれくらい歩いたんだろうか……。カンカン照りの陽射しが容赦なくの体力を奪う。スケサクは脱水症状を起こしかけている。一刻も早く医者に診せないと手遅れになる。ただ周りを見て分かった事もある。この国の文明水準が高いという事だ。山道には砂利一つ落ちていないし、草木も手入れされ、用水路まである。ここを乗り越えれば、希望は見えてくるはずだ。

「キィ、キィ」

　前向きな気持ちを抱き始めた時、木の上から甲高い声が聞こえてきた。首を上に向けると、数匹のサルがいた。鋭い牙を出し、敵意を向けている。いつの間にか囲まれている。ここは彼らの縄張りみたいだな……。

「キィィィィィィ」

　穏便に済ます気もなさそうだ。ハァ、仕方ない。ここはサルを撃退するしかないな。俺はスケサクを地面に下ろし、左手に炎を発した。

「キキィィィ」

　最も大きなサルが襲いかかってきた。体躯は俺の二倍ほど。動きも機敏だ。容赦なく急所を狙ってきている。多分、この群れのボスなんだろう。でも衛兵達との組手に比べたら易しい方だ。

「火炎弾（レッドバレッド）」

　ボスザルの攻撃をヒラリと後ろに飛んで躱すと、左拳に炎を纏い、渾身の一撃を腹部に見舞った。ギィィィという鈍い声が飛ぶ。

「ゴメンな。加減できなくて……」

　数メートル先でボスザルは倒れ、子分のサル達は怯えていた。格の違いは分かったかな……。でも許してくれ……。俺達も生き残るのに必死だからな……。そう思いながら、再び山道を歩いていった。

　日も沈み始めようとする頃、ようやく山を越えた。すでに足は棒のようになっているけど、スケサクを助けられるんなら安いもんだ。

「おい、お前。この辺じゃ見ない顔だが、山でも越えて来たのか？」

　ちょうど良かった。これでスケサクを助けられる。俺はこれまでの経緯を話し、医者を呼んで欲しい事を伝えた。

「少年よ。実に言いにくいんだが、この村には医者がおらん。おるとしたら、海を渡った先の都か、ここの領主が住む薩摩城（さつまじょう）くらいだ……」

　えっ、嘘だろ……。それじゃあ、渡海して都に行くしかないのか。このままではスケサクが死んでしまう……。いや、待てよ。今、城があるって言ったよな。

「すみません。薩摩城っていうのは、この辺にあるんですか？」

　もはや残す希望は、そこしかない。頼む、近くにあってくれ。

「薩摩城か？　それなら、あそこだ！」

　男が指差す方を向くと、西日に照らされる中に鷹を模した天守閣が見えた。

「あの城に医者がいるんですね？　ありがとうございます」

「お、おい。待て。話を最後まで聞け！」

　俺は一目散に走り出した。これでスケサクを救える。僅かな希望に賭けて正解だった。何か呼び止める声が聞こえるけど、今は城に行き、医者に会う方が優先だ。

「何も聞かずに行ってしまうとは……。どうなっても知らんからな……」

　ただ男から重要な話を聞き忘れていた。殿様には簡単に会えないという事を……。これが最初の事件を引き起こす事になるとは、まだ知る由もないのであった。