第252話 怪しい人の正体

 日が落ちかけ、空がきれいな夕焼けを見せはじめたころ。


 俺たちは建物と建物の間に隠れて、コハクちゃんがお世話になっている料理屋がある通りを監視していた。


 変態がいつ出現してもいいように見張っているのだ。


 それに……。


「最近背後から視線を感じることがあるんですよね」


 コハクちゃんが貴重な情報をくれたため、その変態はストーカーである可能性もあるなと推測している。


 コハクちゃんは可愛いし、そういう熱狂的なファンがいてもおかしくない。


「にしても、たしかに人通りが少ないなぁ」


「少ないというより、全然ないですよ」


「これじゃあ売り上げが99パーセント減ってしまうのも無理ないな」


 ミライとひそひそと話しながら監視をつづける。


 日が完全に沈み、光の魔法が付与された街灯が点灯しはじめても、コハクちゃんの働く料理屋に、客が入っていく様子は見受けられない。


 これがつづけば潰れるのも時間の問題だ。


 本当になんとかして変態を捕まえなくては、と決意を新たにしたまさにそのとき。


「おいミライっ、あそこ!」


 俺たちの対角線上にある建物の陰から、怪しげな人物がひょっこりと顔を出したのを見逃さなかった。


「はい。私も確認しました」


「あいつだな。この騒動の犯人は」


 確信する。


 深々とフードを被っている怪しい男だ。


 でもコハクちゃんの証言によると、現れる変態は赤いふんどしだけを身に着けた若い男だと聞いていたけど。


「誠道さん。あの人は違うんじゃないですか。たしかに怪しいですけど、きちんと服を着ていますし」


「あそこで脱いでから出ていくんだよきっと。赤いふんどしだけでここまでくるわけにもいかないだろ」


「たしかに、それもそうですね」


「じゃあ、さりげなく歩いて近づいて、ミライの【拘束バインド】で捕まえよう」


「断固拒否します。私は誠道さん以外を縛りたくありません」


「変なところで意地を張るな。コハクちゃんのためなんだぞ」


「私が他の人を縛るんですよ? 独占欲の強いドMで有名な誠道さんがその屈辱に耐えられますか?」


「ああいいぞ。むしろどんどん縛ってくれ」


「もう。誠道さんのバカッ……あっ」


 いじけたように頬を膨らませるミライだったが。


「そういうことですか。わかりました。だったら仕方ありませんね」


 ひとりでに納得したのが少々不気味だが……まあいい。


「とにかく、さっさと捕まえにいくぞ」


 にやにや笑うミライを引き連れて、俺は通りを歩いていく。


 コハクちゃんの店の前を通過し、怪しい男が隠れている場所に到達した瞬間にミライが。


「【拘束バインド】!」


「……なっ、なんだいきなり」


 ミライの鞭が路地に潜んでいた怪しげな男の足首にまとわりつく。


 情けない声を漏らした怪しげな男は両足を縛られ、地面に倒れた。


「よくやったミライ!」


「ふぅ、これで一件落着です」


 額の汗を拭ったミライは、倒れている怪しげな男に近づき、その背中を思い切り踏んづけた。


「さぁ、見てください誠道さん! 私が目の前で他の男を縛って、しかも踏んづけていますよ。『本来なら縛られるのは俺のはずなのにムキィイイ!』って存分に悔しがってください。その悔しさすら、ドMの誠道さんには甘美な刺激に」


「なるわけねぇだろ! いつの間に俺がネトラレ属性に目覚めてることになってんだよ!」


 やっぱり変なこと考えてやがったなミライのやつ。


「え? 違うんですか? 私はてっきりドMをさらに進化させて超ド級ドMになったのかと」


「俺はポ〇モンじゃねぇ!」


「え? タイプ『ドM』のポ〇モン? ついに新タイプ誕生ですか?」


「そんなタイプを追加するバカが開発グループにいたら、あんなロングセラーしてねぇよ!」


「でもたしか、モーモーミル」


「あれはただのおふざけだから!」


「そんなぁ……」


 がっくりと肩を落とすミライは無視して、俺は怪しげな男の隣でしゃがむ。


 フードを取って顔を確認すると。


「な、誠道くん。いきなりなにをするんだ」


 びちっとした七三分けに黒縁眼鏡。


 どこからどう見ても心出皇帝こころでかいざーだった。

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