第61話 強いんですね
イツモフさんがタキシードを着る間、俺は部屋の外で待っていた。
ミライの合図で部屋に戻った後、イツモフさんに彼女が気絶した後のことをかいつまんで説明する。
服を脱がしたのは女神様だ、と言っても女神様を見たことがないイツモフさんは信じてはくれないと思ったので、治療をするためにミライが脱がしたと嘘をついた。
ちなみに今、ミライとイツモフさんという女性二人がベッドの上に座り、俺は床の上で正座をしている。
あれれー、ここ俺の部屋ですよね?
まあ、下着を見てしまった(不可抗力ですが)ので、イツモフさんがベッドの上にいて俺を見下しているのは強引に納得したとしても、ミライてめぇは俺と一緒に正座する立場だろうが。
なんで俺に責めるような視線を向けているんですか?
「なるほど。私が無様に気絶していたときに、そういうことがあったんですね」
イツモフさんは陰のある笑みを浮かべながらそうつぶやいた。
そばにいたのになにもできず、みすみすミライを連れ去られてしまったことに、やっぱり罪悪感を抱いているのだろうか。
「誠道くんは、ミライさんを助けにいけた。私とは違って……ははは、強いんですね」
自分の無力を悔いるような言葉。
目に力がこもっていない。
別にイツモフさんがそこまで責任を感じる必要なんてないのに。
だってミライはこうして家に帰ってきているのだから。
こういうときは、なにか言葉をかけて励まさなくては。
「あの」
「イツモフさん」
俺が声をかける前にミライが口を開いたので、譲ることにする。
別に気の利いた言葉が浮かんでいなかったわけではないですよ。
ミライだって、猛烈な自責の念に駆られているイツモフさんに優しい言葉をかけたいと思っているのだろう。
こういうときは女同士の方がいい場合もあるだろうし。
「改めてあなたに言われなくても、誠道さんは本当にすごいお方ですからね」
あれれー、おかしいぞー。
褒められていること自体は嬉しいけど、そういう流れじゃなかったよね。
嫌な予感がビンビンするんですけど。
「なぜなら誠道さんは傷ついたあなたを置き去りにして、あなただって死ぬかもわからなかったのに、そんな瀕死状態の人を置き去りにして、誠道さんはこの私を助けにきたんです! あなたを置いて私を助けにきた! ここ、本当に重要ですよ!」
どやぁ、と腰に手を当ててイツモフさんを見下ろすミライ。
「ミライはどこでマウント取ってんだよ! それ以上追い打ちかけんなって」
あとその言い方だと、俺が瀕死の人間を見捨てたひき逃げ犯みたいに聞こえるからやめて。
「そう、ですよね。たしかにミライさんの言う通りです」
やばい。
イツモフさんの顔色がさらに曇った。
明らかに自分を責めている。
ここは俺が優しい言葉を。
「誠道くんは……あれ、でもいまはミライさんを叱ってこの私を心配してくれましたけど?」
うわぁ、この人傷心しつつも追撃を食らったことを根に持ってたぁ。
見事に言い返してきたぁ。
「うぐっ、痛いところを……。ですがそれは誠道さんの優しさです。いまは危機的状況でもないですし」
ミライは自分に言い聞かせるようにしてつぶやいた後。
「とにかく、誠道さんは自分の中で大事なものの順番をしっかり決めているお方なのです!」
傷心状態のイツモフさんを見下ろすべくベッドの上に立ち上がる。
勢い余ってジャンプもしたが。
どごっ!
そうなると当然、天井に頭をぶつけますよね。
自分のふがいなさを嘆いて小さくなるイツモフさんと、痛さに悶絶して頭を押さえながらうずくまるミライさん。
なにこれ。
どういう状況?
とりあえず俺もうずくまっとく?
「たしかに、大事なものの優先順位をつけることは大事ですよね」
イツモフさんが膝を抱えて座ったままぼそりと言い放つ。
「誠道くんみたいに、その優先順位通りに守れなきゃ、意味がないですけど」
「あの……イツモフさん?」
尋ねるが、イツモフさんはこちらを見ない。
抱えた足に顔をうずめたまま、少しだけ怒りの混じった声で、ぼそぼそとしゃべりつづける。
「世の中にとって正しいことなんて、生きていればだいたいわかるのに、それが私にとって正しくないってことも、こんなになるまで生きてきたんだから、正しいなんて選びたくないのに。間違ってる人の方が優しいし、寄り添い合ってくれるし……」
俺はミライと顔を見合わせる。
いまのイツモフさんになんと声をかけていいのか、正解が見つからなかった。
小さく縮こまっているイツモフさんの周りに分厚い殻が見える気がした。
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