第14話 アッシュ
「燃やしましょう」
「待って、ヴィン! もしかしたら悪い子じゃないかも!」
「黙ってロマーナ様と入浴してる時点で悪い子では?」
「それは……!」
「狼狽えるな、ニンゲンよ。稚児同然のニンゲンがいくら我の前で裸体を晒そうが、我の前では塵芥」
「一気に燃やしちゃって」
「御意」
「キュゥゥン!」
近づく謎の機械から出る炎に、突如意思を持ったぬいぐるみはうにょんうにょんして抵抗している。……魔法具屋で買ったとはいえ、まさか喋るぬいぐるみだとは思わなかった。三百ブロンズは勿体無いけど、これも一つの教訓だろう。無駄なお買い物はしない。ちゃんと使うものにお金をかける。勉強代と思って、今回は諦め……。
「待て、ロマーナとやら! 命の恩人にかような狼藉! 許されることではないぞ!」
「……え、命の恩人?」
気になる言葉に顔を上げる。ヴィンは、フンと冷たく鼻で笑った。
「戯言を。生者は自身の命が助かるのであればどのような嘘でもつくものです」
「クゥーン、クゥーン!」
「ま、待って! ちょっと詳しく教えてもらってもいい!?」
ヴィンは手を止めてくれたけど、あからさまに嫌そうな顔をしている。あんまり見る顔じゃなくてつい見惚れていると、気まずそうに袖で自分の顔を拭い、「……妙な真似をしたら炙りますよ?」とようやくぬいぐるみから火を離してくれた。
私の手に渡ったぬいぐるみは、額の汗を拭うみたいな動きをした。
「まったく、これだから火は嫌いなのだ! 人の手に渡ってからロクなことになっておらん!」
「……で、聞かせてもらっていい? 私の命の恩人ってどういうことなの?」
「う、うむ。実は今暁、怪しげなモノが窓の外を徘徊しておってな。これは不芳と我が追っ払ってやったのだ!」
「なるほど、だから窓が割れてたのね」
「この布饅頭め。よくもロマーナ様の部屋の窓を」
「クゥーン!」
「ヴィン、後にして。今はこの子の話を聞くのよ」
「後なら着火を許可するのか……?」
だけど、これで窓が割れていた理由が分かった。一体のぬいぐるみによる、勇敢なる特攻だったのである。
怪しげなモノ……って、何だろう。考えていると、ヴィンが窓の近くで調べていた。
「……ふむ。確かに、ごく僅かですが魔力の痕跡がありますね。魔法か錬金術によるものかは定かじゃありませんが」
「言っておくが我にも分からぬぞ! ニンゲンのすることはよくわからぬからな!」
「とはいえ、これだけでは何とも……。他に手がかりはありませんか、布饅頭」
「それもしや我のことか!? 我はそんな名ではない!」
「じゃあなんて名前なの?」
「むっ……」
ぬいぐるみは、私の質問を聞くなりぺちゃりと床に伏せた。
「……な、名乗るわけにはいかん。我の真名は、そうやすやすと教えてはならぬのだ」
「では布饅頭としましょう」
「ガルルルゥ……!」
「威嚇してる。布饅頭では嫌なのね」
なら他の名前をつけるしかないだろう。うーん……こういうのって、あんまり捻っても良くないよね。手っ取り早く体の色から取って……今ちょうど、太陽の光に毛の色が透けてキラキラして見えるから……。
「アッシュ、なんてのはどう?」
「……む。わ、悪くないな」
「あ、尻尾振ってる。気に入ったのね、いい子いい子」
「ふん! 名付けた程度で我を懐柔できたと思うなよ、ニンゲン!」
「ぶんぶん振ってる。いい子いい子」
「ロマーナ様、あまり心をお許しになりませぬよう。時折愛らしげな仕草こそ見せますが、本性は風呂覗き不埒犬ですので」
「そうだった。フラチなんだった」
「ワン!」
抗議してる気がする。けれど今は、先に聞きたいことがあった。
「ねぇアッシュ。あなたどうしていきなり喋り始めたの? 魔法具屋にいた時はそんなこと無かったじゃない」
「……やむなしであったのだ。我があのせせこましい場所にいた時は、布に編まれた術を破る方法が無かったゆえ」
「布に編まれた術?」
「……なるほど。布饅頭を覆う布に、魔法が編まれていたのですね。そうして封じられる存在とすれば……推測するに、あなたは悪魔か何かか」
「ワンワン! ワンワン!」
「毛が逆立ってる。ヴィン、あんまりそれっぽいこと言って驚かせちゃダメだよ」
「ワンワン!」
「そうですね、悪魔にしてはあまりにも間抜けでした。お詫びして訂正します」
「ガルルッ! ロマーナ、我コイツ嫌いかもわからん!」
「喧嘩しないの!」
でも、それならどうして突然喋ることができるようになったのだろう。普通、かけられた魔法を破るにはそれを上回る量の魔力が必要なのに。
が、私が答えに至る前にヴィンがガシッとアッシュを掴んだ。何故か、目が、とても怖い。
「あなた……まさか、ロマーナ様の魔力を拝借したんじゃないでしょうね……?」
「キュゥゥゥン! し、仕方ないではないか! あれほどぎゅうと抱きしめられたら、多少体に染み込みもしようというもの!」
「着火」
「クゥーン!」
「待って待って待って!」
「ご安心ください、ロマーナ様。燃えたところで灰(アッシュ)であることに変わりはないので」
「わあ嫌な合致! 燃やしちゃダメー!」
今度のヴィンは、止めるのが一苦労だった。とにかくアッシュの弁解するところによると、どうも私には大量の魔力が封じられていて、現在進行形でじわじわ外に漏れ出しているらしい。
……本当? アッシュの言ってることが本当なら、私今頃ものすごい魔法使いになってるはずなんだけど……。
「百年前の私、魔力ゼロだったよ……?」
「しかしロマーナ様のお母様は、諸国を震え上がらせる魔法使いでしたからね。百年という時を経て、才能が花開いたのかもしれません」
「うーん、そうかなぁ……。あ、そうだ。それじゃ今のアッシュは魔力を使って魔法を破ってるのよね。じゃあ定期的に魔力を補充しないといけないんじゃない?」
「ワン」
「やっぱりそうなのね。時々抱っこしてあげたほうが良さそう」
「ワン」
「…………」
「キュウウウン!」
ヴィンを見たアッシュが、ふかふかの尻尾を足の間に挟んで怯えている。顔を見ようとしたけれど、私の位置からはちょうど隠れて見えない。彼の表情の真相は、永遠に闇に葬り去られてしまった。
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