第7話 魔法具屋

 まばらに家屋の建つ土地を抜けて、車の数も人の数も多くなってきて。色とりどりの住宅や店が整然と並ぶその場所に、とうとう私達の車は飛び込んだ。

「わー、すごい! 大きい街だねぇ、ヴィン!」

 瞬く間に変わっていく窓越しの景色に、私ははしゃぎ倒していた。最初こそ窓を開けていたのだけど、身を乗り出そうとした私を見かねたヴィンによって即座に閉め切られてしまったのである。残念。

 けれど、本当に驚くようなことばかりだったのだ。だって車用の道ができてるんだよ? しかも人より広くて大きくてルールもややこしいの! 左しか通っちゃダメな理由って何でだろうな?

 だけどヴィンにとっては慣れた道なのか、スイスイと手元の半円型のハンドルを操って進んでいる。素敵。かっこいい。ずっと見ていたい。

「この辺でいいでしょうか」

 とある歩道に寄せて、車が停められる。ヴィンはサッと黒いロングマントを羽織ると、フードを目深にかぶった。彼の肌は死人のように青白いので、普段もこうして道行く人の目に止まらないようにしているのだそうだ。スタイリッシュで逆に女の子の気を引かないか心配である。

「さあ、ロマーナ様。お手をどうぞ」

「あ、ありがとう」

 ドアを開けてくれたヴィンが、私に向かって手を差し出す。照れてしまったせいで間があったけど、彼の冷たい手を取りピョンと車から飛び降りた。

「すいません。この場所で姫とお呼びすれば、いらぬ者の耳にまで届いてしまう可能性がありますので」

 申し訳なさそうに、彼は言う。

「今だけ、ロマーナ様と呼ぶことをお許しください」

「謝らなくていいのに。というか、厳密に言えば私もうお姫様じゃないよ?」

「……だけど」

「むしろ姫って呼ばれるより距離が近くて嬉しいよ! なんなら呼び捨てでも……」

「分かりました。ロマーナ様とお呼びします」

「呼び捨てでも……」

「ロマーナ様」

 ちょっと粘ったけどだめだった。ここがお互いの妥協地点だった。残念。

 けれど、少しだけヴィンとの心の距離が近くなった気がする。姫って呼んでもらえるのもいいのだけど、なんたってゆくゆくは彼のお嫁さんになりたいのだ。だったら姫より様、様よりさん、あるいはちゃんや呼び捨てへと移行していきたい。うん、新しい目標ができた。

「さて……まずはどこへ行きましょうかね」

 ヴィンは私の手を取ってくれたまま、ぐるりと辺りを見回す。どこの場所も人と賑やかな声が満ち溢れていて、くらくらしてしまいそうだ。

 中でも一際輝いて見えたのは、ある一画。炎のような音と金属を削る音、そして不思議な匂いに包まれた建物だった。

「ねぇ、ヴィン。あそこは何かしら?」

「あれは車の整備工場ですね。あの規模であれば、錬金術師も常駐しているのでしょう」

「へぇー、見に行きたいな」

「行きたいのならば、事前に予約する必要がありますね。予約を取ってまた来ましょう」

「わかった!」

 楽しみが増えてしまった。ルンルン気分で引き続き探索をする私だったが、またしても気になるものに足を止める。

「魔法具屋、ですって……!?」

「ああ、魔法具を扱っている店ですね。主に魔法使いによって営まれています」

「魔法……って、錬金術とは違うのよね?」

「はい。錬金術は魔力と科学技術を繋げる術ですが、魔法具は魔力を操り魔法を使える者達が道具にその力を宿らせたものとなります」

「?」

「えーと、少々乱暴ですがたとえ話をしましょうか。水というものがあるでしょう? この水が魔力とすると、錬金術師は水車を作って水の力を利用できる人。魔法使いは水鉄砲を扱える人です」

「じゃあ、魔法使いのほうができることは多いの?」

「それが一概にそうとも言えないんですよね。錬金術は学べば身につく技術ですが、魔法使いは素質による所が大きい。加えて、魔力をどう変化させるかも個人差が大きいのです」

「うーん、わかったようなわからないような」

「少しずつ知っていけば良いことです。百年の知識を今この短時間で身につけるのは、至難の業ですから」

「じゃあとりあえず見てみたいな。いい?」

「ええ、参りましょう」

 ヴィンの説明は飲み込めなかったけど、面白そうな所ならぜひ見たい。予感的中、カランと鐘を鳴らして一歩足を踏み入れたその場所は、まるで別世界のようだった。

 入るなり肺を満たした濃厚なお香の匂い。所狭しと棚に並べられた奇妙な形をした道具達。奥のほうできゅっと縮こまるのは、店長とおぼしきおばあさんだ。

「……お客様かね?」

 しわがれた声にどきりとする。お店の人に話しかけられたら、何か買わなきゃと焦ってしまう。

「は、はい! あの……このカエルに似た貯金箱っぽいのは、どういった道具なのですか?」

「そりゃああれだ、コインが貯まるたびに自分の嫌う者が少しずつカエルになる貯金箱さね」

「カエル?」

「そう。んで気が済んだり金欠になれば、割っちまえばいい。そうすりゃあっという間に魔法は解ける」

「へぇぇ、不思議。おいくらですか?」

「五百ゴールド」

「ごっ……!?」

 たっっっっか!!!! 私はずりと後退りして、慌てて貯金箱を棚に戻した。

「ふむ、確かに値が張りますね。車一台買えてしまう金額です」

「ふわわ、やっぱそれぐらいするんだ。車も……」

「買うのかい? 冷やかしかい?」

「あ、えっと! もっと安いのありませんか!?」

「なんだい、お客さん。金無しかい? まあいいさ、だったらそのあたりはどうだい」

 おばあさんが無造作に指差したのは、底の深い籠。中を見ると、ガラクタを捨てるみたいに乱雑に色々なものが捨てられていた。

「その中のものならなんでも五百ブロンズにしとくよ。失敗作だが、売れるなら儲けもんさ」

「えーと……このお鍋とヤカンの合いの子みたいなのは?」

「沸騰しない間はやかましく音を鳴らし、沸騰したら静かになるヤカンだよ」

「いらない……」

 逆ならまだちょっと欲しいけど、それだと普通のヤカンだ。

「こちらの変な形の時計は?」

「十二時を嫌う時計さ。十一時になったと思えば、一時になっちまう。だから毎日の調整が必要だね」

「いらない……」

 もうちょっと人間側の都合に合わせて欲しい。

 ……なるほど、なかなかイマイチなものばかりである。けれどその中で、ふと気になった品物があった。

「店長さん、この灰色の犬っぽいぬいぐるみも売り物ですか? とっても可愛いけれど……」

「おや? そいつは……なんだったかねぇ。やっぱりろくでもない力があったはずだけど」

「でもすごく可愛いです。これにしようかな」

 灰色のぬいぐるみを抱き上げる。心なしか目つきが悪いけれど、そこもまた愛らしい。

 けれどずいとヴィンが割って入ってきた。

「ロマーナ様、無理に買わずとも良いのですよ? この婆様がアレコレ難癖つけるなら、僕が一思いにやってやりますけれど」

「やってやる? 何を?」

「ちょいと、荒事はごめんだよ。もっとも、この中で暴れようもんならワシの魔道具と魔法がアンタを滅多撃ちにするだろうがね」

「死ななきゃ勝ちですよね?」

「か、買います! これ買います! 私すっごく欲しいなぁ! いいでしょヴィン!? すいません、こちら五百ブロンズでしたよね!?」

「いんや、三百ブロンズでいいよ。アタシはその魔道具の能力を忘れっちまってたからね。まけておいてやる」

「ありがとうございます!」

 いい人だった。っていうかヴィンが危なかった。私に忠誠を誓ってくれているのは嬉しいけど、お店の中で暴れるのは良くない。

「……預かっておきましょうか? その小汚いぬいぐるみ」

「いいよ! 帰ったらちゃんと洗うから!」

「ふぅん……」

 微妙に敵意を示すヴィンから引き離すため、ぬいぐるみを抱きしめて自分の体の影に隠す。

 何故か、もぞりとぬいぐるみが身じろぎをしたようだったけど。多分、気のせいだろうと言い聞かせた。

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