N ノーベンバー
北半球では冬が近付く11月。
秋の収穫を終えて冬に備える者達は、燃料と食料の心配をして行動を起こす。
既に備蓄を使い果たし、幾つかの国が少ない食料や生産地を奪い合う為に戦争を始めていたが、戦争勃発の多発したのがコノ月だった。
島国である日本やイギリスは、隣国が物や土地を奪う事が難しいので【戦争】と言う名こそ使わないが、【テロ】や【略奪事件】として国内での食料や物資の略奪が起きていた。
その為に日本においては、都市部を防護壁や検問、銃器で武装し、やむ無く郊外に住む場合は麻酔銃や高圧電流網などの使用が許可されている。
日本の食料強奪も、例に漏れず11月が最も多い。
収穫時期であるのと、冬への備えである事は、諸外国と変わらない。
だから防護壁の検問は、24時間の交代勤務に加えて、更なる警戒を余儀なくされていた。
そう。暦はソノ11月になっている。
東京に作られた防護壁の検問の一つを任せられた中村は、そんな仕事で主任をやっている。
彼も、20年前の事件で家族を失った一人で、妻子を暴動にかこつけて暴れていたサイボーグに殺されたのだった。
だから彼はロボットだけでなく、サイボーグをも嫌っている。
本日は夜勤担当の中村主任は、昼間に行われた【赤坂雄二主催の会合】に行った帰りに、
ローテーションの時間的に、一度帰宅するよりは直接に職場へ向かって準備する方が効率的だったからだ。
「私と思いを同じくする者が、あんなに居たなんて・・」
職場では賛同してくれる者が皆無だった彼は、少し感動に打ち震えていた。
会場では、他の参加者と閑談したかったくらいだ。
会合の後に、参加者の誰かに声を掛けようとも思ったが、話し込んで仕事の時間に間に合わなくなるのが目に見えていたので諦めた。
社会人としては、始業時間の30分以上前には出社しておきたいものである。
職場で着替えて、待機室で食事をしながらテレビを見ていた中村主任の目にも、そのニュースは飛び込んでいた。
「あの赤坂って野郎、本当に殺りやがった」
他の隊員の手前、大声には出せなかったが、目を見開き口をアングリさせていたであろう彼の姿は、滑稽に見えただろう。
中村が赤坂の会場に最後まで残った理由は、自分と同じ考えの人間が居たのに感動したのも有ったが、彼等が何処までやろうとしているかに興味が有ったからだ。
流石に赤坂のテロ行為は、やり過ぎだと
『犯人と名のる声明が出ている様です〔我々は【人類解放戦線ネイティブヒューマン】。ロボットの手先に死を!隔離された世界に平等を!〕とのメールが各メディアに届けられています。殺害されたのは、ロボットメーカーで有名なA.Iユニバースの専務で・・・・・』
中村は、もう少し情報が欲しいと思ったが、待機室を含む職場はセキュリティの関係から、外部からの電波が通らない。
それに加えて通信端末や記録装置の類いは持ち込めない決まりになっている。
「これは、距離をおくべきだな」
こんなにも早く行動に出るとは考えていなかった中村は、そう決心して食事を口に運び、夜の仕事に備えた。
夜は、検問を利用する者が少ない。
無法地帯と化す郊外に出入りする者など、違法な行動をとる者か、資材やゴミの運搬車くらいだからだ。
普段なら暇な夜勤なのだが、今日は違った様だ。
「外の連中が騒ぎだした!済まんが手伝ってくれ」
待機室で休憩中だった者が無線で指示されたらしく、叫んでいる。
武装した郊外の住民たちが、検問の強行突破を試みているらしい。
どこから入手したのか、銃や手榴弾まで持っているらしく、銃声や爆発音までしている。
場内カメラのモニターにも、銃撃と爆煙が写し出されている。
『何人かトンネル内に潜入したもよう』
『緊急事態だ!隔壁の1番から3番と6番を閉めろ』
場内無線に現場の声が響き、時を置かずしてトンネル内の隔壁が閉まる振動が伝わってくる。
検問となっている防護壁のトンネルは、その数カ所に分厚い鉄の壁が天井側に収納されている。
非常時には幾重にもトンネルを塞ぐ【隔壁】となって、都市部を守る事ができるのだ。
「主任、これって、さっきニュースに出ていたネイティブ何とかですかね?〔世界に平等を〕とか言っていたんでしょ?」
「俺が知るかよ!」
同じ勤務の新人が聞いてくるが、答えようがない。
流された声明は、隔離された内側との差別をも訴えていた。
確かに壁の内側は、ロボットやドローンによって支えられている面がある。
恐らくだが赤坂は、首謀者が壁の外に居ると演じて、捜査の目を欺くつもりなのだろうと中村は思った。
このタイミングで暴動が起きるなど、壁の外にも手を回していたのは確かだ。
「既に協力者が居ると赤坂は言っていた。俺達は追加要員って訳か?」
現場に向かう中村の呟きは、誰の耳に届く事も無かった。
防護壁の外では、通信機を使った組織的行動がとられていた。
すべての検問が赤坂のニュースが流れると共に、一斉に奇襲を受けたのだ。
「赤坂さん。武器や通信機などの御協力、ありがとうございます。これで街の奴等も少しは我々が本気だと分かるでしょう」
「いくらデモ行進や陳情をしても、壁の外への支援をしてくれないのは、非人道的過ぎます。今まで無視してきた壁の中の連中も、今回の兄の行為で無視できない様になるでしょう」
壁の中の放送は、壁の外でも受信可能だ。
彼女は、赤坂雄二を【兄】と呼んでいた。
今回、決起を図った壁の外では、仕事も物資の供給もろくに無い為に、毎日の様に飢え死ぬ者が続出している。
一部の犯罪者の行動が郊外の住民全員の評価となり、食料などの供給が控えられた。
真っ当に暮らしたい住民も犯罪に手を染めたり、犯罪者を擁護しないと食料が手に入らない悪循環となっている。
今回の襲撃は、赤坂と名告る女性が武器などの手配をして扇動した事だが、遅かれ早かれ似た様な事件が起きただろう事は否定できない。
「食料を手配できれば良かったのですが、今や武器より食料の方が入手困難でして」
20世紀以前の日本ならば、全く逆の状況だっただろう。
都市部が、周りのスラムと化した郊外からの住民を拒絶していたのは、非合法な集団が根城としていたり難民の巣窟になっていたのだけが理由なのではない。
実は、それらの者まで引き受けると食料や物資の配給が破綻し、都市内にまで暴動が起きるからだ。
だが、都市外に閉め出された人達にはソノ様な事は関係無く、ただ死活問題なだけだった。
全てを助ける能力はなく、奪い合って全員で滅びるか?システム保全の為に一部を見捨てるかの選択は、多くの都市部や農村で行われた。
結果的に世界中で行われたのが『一部を見捨てる』と言う選択肢だ。
【赤坂達】は、この埋められない溝を上手く使って、警備体制の分散を図ったのだ。
検問では、激しい銃撃戦が繰り返されていた。
侵入者の撃退は終了し隔壁も降りて、ゲートからの侵入は不可能となっているが、検問への攻撃は続いている。
この攻撃は抗議の意思の現れなので、検問の突破や殺害が目的ではなく、弾丸が尽きるまで行われる。
「チクショウ!いつまで続くんだ?」
慣れない銃撃戦での、耳鳴りに苦しみながら、中村も反撃をしていた。
「弾丸の補充を持ってきました。テレビのニュースでは、例の犯人は、いまだに逃亡中で、他にも複数の殺人が行われたみたいですよ。巻き添えで何人も死んだとか」
休憩明けで待機室から出てきた隊員が、テレビ放映していたニュースの内容を中村に伝えてくれた。
「同じ奴の仕業なのか?」
「映像を見る限りは、違う犯人ですね。組織的なのか、タイミングが重なったのか、模倣犯なのかって言ってましたよ」
赤坂がやっているなら、組織的行動に間違いがない。
中村達の様な追加要員を勧誘したと言う事は、これからも頻繁にロボット関係者や協力者の殺害が起きる事は想像に難しくない。
「大変な時代になったなぁ」
その後に中村が、事態を他人ごとでないと知るまでに、そんなに時間はかからないのだが。
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Novemberノーベンバー
暦の11番目。11月
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