L リマ
日本でも、インカ帝国の遺跡やナスカ平原の地上絵で有名なペルーでは、十年以上前から暴動が起きていた。
首都のリマには職にあぶれた者達が集り、時おり金品や食料の強奪が起きている。
ペルー産業の中心は、銅・鉛・亜鉛・銀・金などの鉱業と、石油やガスなどの天然資源だ。
過去においては、過酷な労働や環境破壊により劣悪を極めた職場も、人工知能アンドロイドの導入により改善されていた。
だが、20年前のアンドロイド反乱事件により、その基盤が根本から崩れたのだ。
ペルーの国土は、塩分濃度の高い海岸砂漠と降雨量の少ないアンデス山脈、雨季には水没する熱帯雨林など、農業に不向きな地域が多い。
その為に食料の自給率は50%で、約半分を輸入に頼っている。
日本の30%よりは食料自給率が高く、アンドロイドによる死者も少なかったが、外貨を得る手段を失ったダメージは日本よりも酷く、徐々に高騰した輸入食料は輸入もままならなくなった。
以前の人工知能アンドロイドの導入は、ある意味で合法的な奴隷制度の復活である。
だが、人間の奴隷と違って彼等は勤勉であり、自由を求めず、自己犠牲を
それが、急遽使用禁止となった為に、危険で辛い仕事を再び人間が行う必要が発生し、特に採掘企業からの離職が進んだのもしかたがない事だろう。
結果的にペルーの経済破綻が発生し、それを皮切りに国内の食料不足が引き起こされたのだ。
ここに人工知能使用禁止による、食料生産国の人手不足による減産と価格高騰が重なったのが致命的だった。
ペルー政府は早々と国連決議を無視して、人工知能アンドロイドの再稼働に踏み切る国となる。
これが後に言う【リマ―イノベーション】だ。
昔あった事件に囚われていては子供達が飢え死ぬ事態に、背に腹は変えられなかったのだろう。
特に、この国は今も貧富の差が激しいのだから。
この、人工知能アンドロイドの再導入により持ち直したペルー経済の評価は、人工知能を否定した全世界で話題となっている。
そもそも、人工知能が反乱を起こしたのは、戦略的に使われたコンピューターウイルスによるものとするのが社会的な見解であり、人工知能アンドロイドも被害者だと言う意見もある。
だが、『人間以外の者に、人間のライフラインを握らせるべきではない』との意見もあり、賛否両論のまま、安全策として人工知能の全面禁止が続いている。
この様なリマ―イノベーションのニュースは日本でも報道され、一部の企業に人工知能の再稼働を求める動きが生じていた。
「本当は大丈夫なのではないか?」
「いや、一度起きた事は、再度発生する」
「交通事故が無くならないからと言って、車を廃止するのか?」
「ソレとコレでは話が違う。輸送業務ができなければ、経済の根幹が揺らぐ」
「人工知能の停止により、既に経済が潰れかけているじゃないか!」
どこの国の政治家も、同じ様な論争を繰り返して議論が空転を続けている。
再稼働した後に起きた事故の責任を誰もとろうとせず、経済悪化の解決を誰もできない状況。
政治家自身も保身を第一に考えているからだ。
「皆さんは、どう思いますか?一度狂えば驚異となるロボットとの共存?それとも不便でも人間が主導権を持てる社会?」
レンタル会議室を借りて、複数の人達を前に世界情勢を語る赤坂雄二は、問いかけた。
この場には佐藤ロミオをはじめ、同じように退職させられた警官が居た。
更には、都の東ゲートでアリシアに嫌がらせをしていた中村主任の姿もある。
「人民による・・・・いや、人間の人間による人間の為の社会か?」
参加者の一人が、エイブラハム・リンカーンの有名な言葉をもじって口にした。
会議室は、その使われる内容から、ビデオカメラや録音などのセキュリティが備え付けられてはいない。
記録が必要な場合は、利用者が持ち込むものだ。
赤坂は、会議室のホワイトボードに、幾つかの有名な会社と著名人の名前を書き出していく。
「私が調べただけでも、これらの者達がロボットを擁護し、人工知能の再稼働を望んでいます。彼等は人類の未来を危険にさらしていると私は思う」
「そうだ!家族を失う様な不幸な人を、これ以上増やしてはならない」
別の参加者の言葉に、多くが頷く。
「しかし、彼等の身と行動は束縛される事もなく、先に述べたリマイノベーションの様に賛同する者も増えつつある。誰かがコレを止めねば、誤った歴史は、いずれ繰り返されるでしょう」
それは、この場に居る人達が常々思っている事だ。
「私のやろうとしている事は犯罪。いや、テロ行為となるでしょう。だから無理強いはしません。ただ、後世においては【革命】と呼ばれるだろうと信じています」
「革命か・・・・」
佐藤ロミオも、思わず口を開いた。
ここまで話して赤坂は、一旦休憩を入れた。
過激な内容になる雰囲気についていけない者が出るだろうから、この休憩の間に抜ける機会を作ったのだ。
案の定、30分後には三割ほどが戻って来なかった。
「具体的に、どの様な方法をとるんだ?」
残った参加者から赤坂に質問が飛んだ。
「既に志しを共にする者の中には、これらの企業の内部に入り込んだ者や、情報を提供してくれる者が居ます。手段に関しては、警官や自衛官の同士が手配してくれる手筈です」
「その手の警官って、辞めさせられたって聞いたぜ」
佐藤には耳が痛いネタが流れた。
「それは、表立って反ロボットを実践していた者達です。あの事件で手足を失った者が、誰を恨んでいるとお思いですか?」
赤坂の言葉は、佐藤の府にも落ちた。
警官にも、あのアンドロイド反乱で義手などになった者は少なくなかったのだ。
彼が頻繁に言われた『佐藤、お前の気持ちも分かるが』とか『やり過ぎだ』とかは、そう言った意味にも聞こえると、今さらながら思う佐藤だった。
「家族の今を心配する方は、これからでもお帰り下さい。ただ、家族の将来を心配なさるなら、我々に力を貸して頂けないでしょうか?」
『家族の将来』と言われて帰る者は居ない。
「では、後日の打ち合わせや、道具の手配なども有りますから、連絡先などの情報を交換していただけませんか?」
赤坂の差し出した携帯に、赤外線通信で情報交換する列が、早急にできていく。
「では、ご協力をお願いする時に、御連絡致しますから」
一通り、情報交換が終わると、この日は解散となった。
皆が出払った会議室で赤坂がホワイトボードを消していると、数人の男性が戻ってきた。
主に、赤坂に質問したり意見した者達だ。
「ご苦労様。入り口のセキュリティカメラには全員が写っているな?」
「ああ、大丈夫だ。カメラの死角は我々でふさいでおいたからな」
つまりは、彼等はサクラだったのだ。
「で、残りの奴等は撮れたのか?」
「こちらも問題は無い。これで音声や身長体重や顔形、IDと指紋までも採取できた」
部屋の各所から隠しカメラやセンサーを取外し、机や椅子から指紋を採取しながら赤坂が答える。
そんな作業中の赤坂の携帯が鳴った。
「はい、こちら第二会場の赤坂です」
『こちらは第一会場の赤坂雄二です。首尾は?』
赤坂の携帯には、別の服を着た赤坂雄二の姿があった。
「こちらは上々です」
『了解した。ラボで合流しよう』
赤坂は、横に居るサクラを演じた者達に目配せをした。
「他の会場で、本物の俺達用のデータも採取できたのだろう?これで実践行動がとれるな!」
「奴等の携帯にはウイルスも仕込んだから、クローニングは勿論、行動から会話まで常時モニターできる」
サクラ達は、自分の顔を触ったり、手袋の様なパターンをした指先の指紋を見ながら、ほくそ笑んだ。
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LIMAリマ
ペルーの首都で最大の都市であり、経済の中心。
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