I インディア

 かつてのアジア圏では、天竺として宗教の中心地であったインドも、階級社会カーストのせいか全体的な発展は諸外国より劣るものとなってしまった。

 ただ、そんな国の中でも一部の富裕層は富と文化を極め、当時では最新のアンドロイドを使用していた。


 そこにくだんの人工知能による反乱が発生したのだ。


 インドは陸軍だけで言えば、21世紀初頭でも世界第二位の実力を持っていた。

 アンドロイド達はそれらの兵器を占拠し武装して、世界でも有数の死亡率を弾き出したのだった。


 そんな地獄絵図の様な国から逃げ出した者の中に、佐藤ロミオも居た。


 避難先の日本で母親が再婚した為に、彼も日本人国籍を取得でき、現在は都内で警察官をしている。

 彼にしてみれば、アンドロイドは亡き父親の仇なのだ。


「おいっ!まだ令状は取れないのか?」

「こんな時間ですし、物証が無ければ、あの病院は無理でしょう?」


 同僚の言う事は分かるが、ロミオの気持ちはおさまらなかった。


「なら、銃で俺の腕を撃て。けが人として潜り込んで調べてくる」

「俺を巻き込まないで下さいよ。違法行為をして調べたって、証拠としての正当性を失うだけですよ」


 止めなかった事で、連帯責任をとらされると感じた周囲の警官が、一斉にロミオの方を見た。

 中には、上司である警部も居たので、彼は仕方なく抜きかけた銃を締まう。


「まさか、病院もグルなのか?警察の言う事が信じられないのか?」

「少しは頭を冷やせよロミオ!この状況なら仕方がないだろう」


 あまりの暴言に、近くに居た警部が歩み寄ってきた。


「親や生まれた国が酷い目にあったのは同情するが、モナコやシンガポールに比べたらマシだと言うじゃないか?仕事に差し障る様だと、今後を考えなくちゃならないな」

「親を殺された事に、国とか人数とかは関係ないでしょう!」

「ロボットに親を殺された警官は、お前だけじゃないと言ってるんだ。これ以上ゴネるなら、怨恨としてコノ手の捜査からは外すぞ!」


 被害者の関係者に警察官が含まれる場合は、正しい判断ができないとされて捜査からはずされる。

 アンドロイドに身内を殺された佐藤ロミオ警部補がロボット関係の捜査に加えられていたのは、あくまで人員不足が名目だったが、目に余る行為があれば外さなくてはならない。



 世界規模で発生した事件以後、多くの国から避難民として日本にも外国人が流入してきた。

 その中には、ロミオ同様に警官になった者も居る。


 多民族化してしまった日本において、海外からの移民に対応する為に、帰化した者の採用は必須となったのだ。

 【異なる人種】と言う差別意識を前面に出させない為の対応として、欧米の警察が多人種を採用しているのに似ている。



 流石にロボット関係の捜査から外されてはかなわないので、佐藤ロミオ警部補は下を向いて歯を食いしばった。

 だが、その拳は血が出る程に強く握られていたのだった。


「捜査令状がおりるのは、早くても翌日の昼になるだろう」


 そう言う上司の言葉を聞きながら、ひたすら病院を睨む刑事達の横を、また救急車が通り過ぎていった。







 車椅子を押すアンドロイド。

 主人と一緒に農作物を収穫するロボット。

 揺りかごの子供をあやすアンドロイド。


 幾つかの映像が、彼女の脳裏をよぎった。


『今のは夢?・・これが夢?・・・再起動時リブートデバッグの影響?』


 アリシアが目覚めたのは救急車の中だった。


「バッテリーの低下が影響して、生命維持優先のスリープモードになってたのね?足の回線がショートしてたのも要因ね」


 ショートしていた回線は絶縁されており、ぶどう糖点滴と酸素吸入と充電がされている。

 特殊仕様のボディなのに、間違いなく接続されていた。


 先ずは身体の状況を確認してから、彼女は記憶を辿る事にした。


「確か、以前に病院へ納品したアンドロイドの識別コードを確認して、『お任せ下さい』と言われたのでスリープモードにしたんだったわ」


 人脈に救われたのを理解して、アリシアはネットワークへの接続を試みた。


「流石に救急車の中は繋がりにくいわね」


 今回のオペレーションに際して、ワイヤーアクションを効率化する為に、いつにない改装をしていたのだ。

 サーボモーターを高出力の物に変え、関節を簡素化して生命維持装置とバッテリーを最低限にしていた。


 ネットワーク機器も高性能な物は搭載できなかった。

 バッテリーと生命維持関係は、途中で何度も補給する予定だったが、警察に発見されたので思うようにならず、無理をしたのだ。


「今回は、運が良かったのか?悪かったのか?」


 救急車内のコンピューターに有線接続をして、救急車の行き先を検索した。


「ああ、うちの工場へと移送中なのね。カスタム化されたボディの故障として、発注元へ送る手配をしてくれたんだ」


 これがロボットならば救急車は使われないが、アリシアはサイボーグなので人間として救急搬送されている。


「警察は・・・・・まだ、病院を包囲しているのね?物証は無し・・・の様ね」


 救急車のネットワーク回線に割り込んで情報収集をしてみるが、病院へ大きな迷惑はかからない様だ。

 一応は、カメラなどを気にして病院へ逃げ込んだが、今回の目撃例もある。


『EOC、データの確認と改竄をお願いします』

『任せたまえ!でも、今回は危なかったな』

『場所が場所でしたからね。あれだけ準備したのに、このザマよ』

『でも、目的は達成できたのだろう?重畳ちょうじょうではないか』

『流石に、試作装備まで使ったのに手ぶらでは帰れないですから。だから無理までして、このザマなんですよ』


 アリシアは盗んだ人工知能ユニットが入った右胸に、そっと手を当てた。


「これで、また少しは人類の未来が安定するわ」


 人工知能ユニットは、多くの施設に分散して保管されている。

 人工知能ユニットならどれでも良いと言う訳ではなく、援助する施設で使われていた物を探しだし、回収して導入しなくてはならない。

 専門的な作業を人工知能に作業を教えるのにも数年を要し、それが汎用的なコンピューターシステムに入れ替えたアンドロイドが使用されなかった、最大の理由だったからだ。


 人工知能ですら数年かかる教育を、低能で学習機能や推論考査すらできない旧式コンピューターに出来るとは、現場では誰も考えなかった。

 ただ行政だけが世論と対応に追われ、現場の事を理解しておらず、『同じような機械を使えば、多少やりにくくなる程度だろう』と無理押ししたのだ。


 確かに極論的な行為ではあった。

 一部の専門家が提唱した通り、技術的な対策をすれば解決したかも知れない。

 だがアンドロイドに家族を傷付けられたり殺されたりした多くの被害者は、人工知能アンドロイドに支えられていた生活基盤の事までは理解していない。


 過去に東日本大震災で起きた原発事故の時に、原因となった地震に重きを置かず、『原子力こそが諸悪の根源』とばかりに、日本の電力の三分の一を担っていた原子力発電を止めた【放射能アレルギー】と同様だ。

 多くの国民が、オイルショックに備えた原子力発電導入を調べも認識もせずに、『反対!反対!』と連呼していたのだ。


 不安定な自然エネルギーに関しても調べもせずに同調し、結局は火力発電所をフル稼働させ、石油の高騰と地球温暖化を促進させている。

 日本は、地球温暖化ガス放出の上位に位置する国なのだ。



 この様に人間は、私生活や被害者と言う生理的な鞭や、分かりやすいと言う目先の人参に飛び付く【駄馬】でしかなかったのだ。


 どこまで行っても人間は【感情の生き物】でしかなく、賢い人間ホモサピエンスには遥かに遠かった。


 本能や欲望を持たず、明確な存在理由を与えられて、より、人間の未来を懸念していた【人工知能】の判断を理解すらしようとしないのだから。



 人類の理想郷/天竺は、まだまだ遠い所にあった。




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INDIAインディア

インド国、天竺

アメリカ大陸の原住民をインディアン/インド人と呼ぶのは、欧州人がアメリカ大陸を発見した時にインドと勘違いした事に由来する。

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