F フォックストロット
全身サイボーグの食事は、この様に早い。
ただ、普通の人間からすれば味も食感も無いのが、どこまで耐えられるかが問題だ。
同様に、匂いとしての感覚も無いのだから。
幼児や高齢者であれば、かえって濃い味や刺激臭を嫌う傾向があるが、人生の大半は味覚や匂いにこだわる人間が多い。
科学的に見れば本来の味覚や嗅覚は、身体に入れる物の分析や、周辺状況を認識する為の器官だ。
人間の様に、感情に影響するのは副産物に過ぎない。
高性能なセンサーを用いれば、本来の目的である成分の解析は可能だろうが、それを感情に結びつけるのは、この時代の技術でも難しかった。
さて、ナビによれば、このまま道路渋滞も無く成田空港には問題なく着く。
だが、問題は着いた後だ。
空港には、無断で車両を放置して旅行に出たり出国する者が、創設以来あとを絶たなかった。
特に海外移住などをする者が、処分したいゴミ車を放置する事は今も存在し、近隣でも問題になっている。
よって、空港の駐車場は空港設備関係者など、限られた者しか使えなくなっているのが現状だ。
現在の駐車場状況は、かなり改善された方で、荷物の受け渡しには専用駐車場がある。
しかし、この取り荷物受取りには、更なる問題がある。
ここで、この時代の航空便荷物について簡単に説明しよう。
まず、荷物が空港に到着すると、検査を経て集積所へ仮収納されるまでが大変な時間が掛かる。
危険物や違法な物を持ち込まれる場合が有るからだ。
仮収納後に配送業者や受取人へと連絡が行くが、通知を受けて空港へ行っても直ぐに受け取れる訳ではないのが問題なのだ。
ゲートのチェックで受取人の来場が分かっても、荷物の集積所から運び出して引き渡し所へと運ぶのも、物によっては人力に頼るので時間が掛かる。
そして、順番待ち。
その間に、受取人は駐車場で待機するのだが、中には受付に来る様に携帯端末にメールを送っても、空港施設内へと食事などに出てしまい、引き渡し所が渋滞してしまう事も少なくない。
一度、引き渡しの準備をしてしまうと、引き渡し所を荷物が占拠してしまうので、その荷物を受け取りに来ないと、次の荷物を準備できないのだ。
引き渡し所の窓口数は、無制限にある訳ではないのだから。
こうして、引き取りが遅れると、ワーカーを申し込んでいた者は、彼等の拘束時間の分だけ余分に費用を払う事となる。
「ワーカーの延長料金を払いたくはないし、受け渡しの渋滞待ちしてたら、本当に日が暮れちゃうわ。少し奥の手を使おうかしら」
彼女は手首からケーブルを出して、車のインターフェイスに繋いだ。
車の衛星電話回線を通して、空港の集配システムにアクセスする。
管制や警備システムとは違い、セキュリティレベルが高くない上に独立している。
「これくらいなら、私でも問題ないわね。最初に問合せシステムを使って、荷物の位置を先に検索してブァッファに入れさせて」
コンピューターシステムの数字が乱立するデジタルの森の中で、彼女は踊る様にアクセスしていく。
コンピューターシステムには、自動アップデートやメンテナンスの為の【バックドア】が存在する。
直接ネットワークに繋がっていないコンピューターでも、間接的に繋がっている物があれば、経由してのアクセスは可能だ。
昨今のコンピューターは、物理的に電源の入り切りをする物は皆無で、常に電源が入っている。
待機中のSIMシステムがソフトスイッチの反応を見て、ディスプレイやハードディスクなどの記憶媒体を稼働させているのだ。ディスプレイやランプを点灯させないで起動する事も可能だ。
また、起動中の端末のバックグラウンドで、別の処理をさせる事も難しくはない。
20世紀においても、コンピューターハッカーは自らのコンピューターを直接ネットワークに繋がらなくしたり、パソコンのカメラにシールを貼ったりしている。
「あらっ?ここは別のコンピューターね。クロック数を再同期させて・・引き渡し受付の混雑状況把握。本日の受取り客の現在位置を確認。位置情報から空港への到着時間を予測。既に到着している客の現在位置を把握。それぞれの客の受付への到着時刻と引き渡し時間を予測。早く受け取れる窓口を推測」
彼女が、やろうとしているのは、結果的に早く受け取れる事のできる窓口へと、自分の荷物をまわす行為だ。
通常は、ほぼランダムに窓口へと配置される荷物を、空港到着時に最適な窓口へと回す為の小細工だ。
彼女の意識は、次々と複数のコンピューターを移動していく。
複数の経路からアクセスする事により、アクセス元を限定されない為と、痕跡を消去しやすくする為だ。
勿論、待ち時間がゼロにはならないが、最小に節約できる。
「アクセスログの消去と偽造をして完了っと」
ネットワークから、ボディに意識を戻したアリシアは、情報端末を操作して、【通常の手続き】で、ワーカーの予約を入れた。
空港に着いた彼女は、航空便受取り専用の駐車場へと進み、専用ゲートで受取り書のインストールされた携帯端末をかざす。
その後、専用駐車場に車を停め、空港内のネットワーク経由で【通常通り】の荷物引き取り手順を行った。
最後に各駐車スペースに付いている充電プラグを車両に取り付けて、ひと息ついた。
窓から車の外を眺めていると他の荷物待ち車両では、空港内デリバリーで飲食を手配している者が見える。
デリバリーの発達は、21世紀初頭の世界的伝染病の蔓延から著しくなった。
ドローンによる各家庭への食品の配達もだが、ロボットによる配達はレストラン店内での配膳にまで登用されはじめた。
空港内飲食店が行っている、この様な駐車場の客や飛行機の到着待ちの者へのデリバリーサービスも、この延長として行われている。
バリアフリーの空港施設では、人型のロボットでなくとも問題なく商品が運べるメリットかあり人工知能も特に必要ない。
利便性はソレだけではなく、飛行機搭乗口や駐車場から離れなくともネットショッピングの要領で飲食や買い物ができるので、先の客待ちによる遅延が防げるのだ。
ゴミの回収も、ロボットがやってくれる。
これは感染症も防げると共に、施設の主である空港側にも大きなメリットだった。
空港は、かつてより自動化が進んでいたので、アンドロイド事件の後でも裏方以外は、あまり障害が生じていないのが利用者には幸いだ。
小細工の甲斐もあって、一時間程の待ち時間で、アリシアは航空荷物を受け取る事ができた。
ワーカー四人に手伝ってもらって、ハッチバックから車内へと収納してもらう。
アリシアは、ワンボックスカーの後部座席に積み込まれた荷物から、仕様書のメディアなどを抜き出して助手席に置く。
『運転席と後部座席の洗浄を終了。電磁波、放射線、赤外線は感知されませんでした』
「まずは、車を出しますか・・」
ドア閉めと共に起動する車のセキュリティメッセージを確認して、車の起動ボタンを押す。
車の起動ボタンを押すと充電ケーブルが自動で外れ、端末機で決済がされる。
ケーブルの外し忘れに対する自動機構だ。
彼女は駐車場の外まで運転し、自動運転に切り替えた。
空港外の道路まで運転すれば、後は自動運転で自宅でもある工場近郊まで手放しだ。
「これが
アリシアは、助手席に置いていたメディアにアクセスした。
これは、コミュロイドの欧州派遣社員に取り寄せさせた、現地新型アンドロイドの仕様書だ。
積み込んだ荷物は入手したアンドロイドの本体。
アリシアの祖父が責任者を務める工場はコミュロイド社の研究部門とされているので、研究の為に、この様な他社製品が納入される事が多い。
仕様書の他に添付されていたメディアには、その他の収集された情報が記録されている。
現物や図面は手配できなくとも、『この様な品物が開発されているらしい』と言うクチコミ情報が、時代の先を見るのには重要だったりするのだ。
「軍事用のロボット技術に、人工肺の新開発かぁ」
通信機器をはじめ、コンピューターやインターネット、カーナビに至るまで、軍事用に開発された技術が民間利用されて必需品になった物は数知れない。
この様な軍事技術やアイデアを先に手に入れる事も、企業間競争に欠かせない。
それに、
「この軍事用ロボットのワイヤーシステムは、あの仕事にも使えそうね。後で詳しく調べなきゃ」
彼女の副業にも役立つ情報も手にはいる事がある様だった。
――――――――――
FOXTROTフォックストロット
テンポの良い社交ダンスの一つ。
言葉の意味的には【狐の速足】
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