2-3
本部の見学会に移ることになった。
冬森との一件で説明会に来ていた周囲の面々からは、『おい、コイツ、あの冬森サマを怒らせてるぞ』やら『信じられなーい! それも高校生のクセに!』などと言いたげな人目を集めてしまった宮西だが、ここは自分が悪いと深く反省をすることにした。そして反省改め、ぶらぶらと本部の中を歩き回っていく。
石畳の広場からは歩いて十分ほどの、二十階建てのビルが『キューブ』の本部だった。
(しかしまあ、管理が大変そうなビルだなあ……)
会議室があったり、自習室が備えられたり、フロア一階が丸々休憩室だったり。学生たちが勉強に打ち込めるように配慮されたスペースは至る箇所に設置されてあった。
透明感あふれる内部の造り、狭さを微塵も感じさせないほどのゆとりの設けられた造り、そんな中で勉強を重ね、またチームのメンバーとも交流を深めていく『キューブ』の一員たち。
(……ふーん……あんなに楽しそうに勉強してる光景なんて見たことないな……)
特に勉強が目的でもなく
一通り施設を観て周った後、宮西は三階部全てのフロアが贅沢に用いられている休憩室で、自販機のジュースを買い一服する。太陽の光が適度に差し込むように設計されているのか、透明感溢れる休憩室内部はとても穏やかだった。腰を下ろしたふかふかのソファの座り心地も、まるで腰が吸い取られるようで抜群に気持がいい。
(この雰囲気作り、やっぱりあの冬森凛檎さんのおかげ? この大人数を纏め上げるなんて、僕なんかにはとても……)
あの一件以降、彼女と話す機会がなかった。というよりは、意図的に距離を置かれていると表現すればよいのだろうか?
(まあ、これ以上機嫌を損ねちゃうと追い出されるかもしれないし……)
と、背後でベージュのブレザーを着用した『キューブ』のメンバーが、説明会に来ていた中学生くらいの子に、何やらアドバイスを送っていた。
「でもな、この『キューブ』、生半可な気持ちで来ると容赦ないらしいぞ。リーダーの冬森の方針でな、自分のケツは自分で拭くことになってんだ。一見当たり前のことかもしれないが、これが結構キツイらしいもんだ。過去には『キューブ』の名前を使って調子乗ってたヤツも、敵に囲まれりゃあ、そりゃあリーダーに助けを求めるさ。でもな、冬森はそういうヤツらには容赦しない。テメェの責任は徹底的にテメェで負わせる方針だ」
それは過大に表現しているのかは不明だが、まだ小学生気分を抜け出していないだろう中学生の子たちの顔色は青ざめていく。無理もない、高校生の僕でも怖くなったから、宮西は思う。
(……はぁ、これはもしかしたらチームを変えた方がいいかもしれませんね……)
ふぅ、とため息を入れる宮西だった。
◇
「ねえ、凛檎ちゃん。この前
星型のアクセサリでシルバーの髪をポニーテールに結んだ、柔和な微笑みが特徴的な少女、
冬森はさっと前髪を手で掻き上げ、
「ああ、ポインティングベクトルだっけ? 電磁波の本に載ってたわ。丁寧に解説してある本を見つけたから、今度貸してあげといてね」
「話は変わるけど凛檎ちゃん、さっきの説明会、誰か目ぼしい人見つかった?」
「目ぼしいだなんて分かるはずはないわよ。実際に一人一人おしゃべりでもしてみないと分からないことだし。ま、時間の関係的に不可能だけれどね。でも……」
「でも……?」
「訊かなくても、望未も分かってるでしょ? 明らかに雰囲気が他とは違った人間を」
黒川は落ち着いた様子で、彼女に返答する。
「あの青髪の子……だよね?」
そう言える根拠はある。
大きな要因はその振舞い方。まだ何も分からないような初心者なら、『キューブ』のリーダーである冬森の話は目を逸らすことなくしっかりと聞くはず。まだ
「……ま、珍しいことでも何でもないし。説明会に潜入してチームを叩き潰す方法なんて、それこそ使い古されて新しく感じるくらいにね」
説明会にやって来る人間が全て純粋にチームに入ろうとする気持ちを持っている訳ではないことは、ある意味常識でもあった。そこに気を取らないリーダーなんぞ存在しないだろう。
二割の中高生が参加していると言われるR4、百五十万人が一万のチームを創るこの時代。
「用心することに越したことない、だよね? 凛檎ちゃん。……あの茶髪の子も?」
クスっと笑い、最後にそっと付け加えた黒川望未。冬森はグルリと素早く黒川の顔を向いた。首から掛けた銀の十字架のアクセサリと長い金の髪が弧を描く。
「ほんっとうに信じられない! 説明会中に居眠りなんて初めて見たわ!」
への字に唇を結んで、むすぅぅと肩を強張らせるように声を荒げる冬森。
まあまあ、と苦笑いを浮かべつつも冬森を宥めようとする黒川。
「そんなに怒らなくてもぉ。きっとあの子も疲れてたんじゃないのかな~」
「疲れていても居眠りしてイイ理由にはなりません!」
ビシっと黒川を指差す冬森。
「ひょっとしたらあの子、大物になるかも。なんたって、あの冬森凛檎サマの目の前で居眠りをしたんだから。あ~もしかしてあの子、凄い魔法使いだったり? 可愛い顔してたけど?」
「あれはただのマヌケよ。顔は……可愛い顔かもしれないけど! でも、実力なんか大したことないの! 絶対にそう! 大したことないの!」
「ふーん、そう言える根拠は?」
「うるさい! 大したことないったらないの!」
彼のことは認めたくはかった。自分が話しているときに居眠りをして、問い詰めてやったらイイワケを繰り返す。そんな人間は絶対に認めたくない! そんな気持ちだった。
「……だけど……」
「だけど……?」
「……いえ、何もないわ! あのバカの話は止めにしましょ!」
頭をブンブン振り、あの茶髪の少年のことを頭から追い出そうとする冬森。
しかし、一つだけ気になることがあった。
(……でも、あの雰囲気は何だったのかしら? あの茶髪に大した実力はないはずなのに……)
それは多くの魔法使いを見てきた勘から得られる結論。だが、何かが矛盾している。理由は悔しいが全く分からない。
(……もう、何なのよ!)
純粋に茶髪のマヌケに対する立腹と、彼に抱えた矛盾が混じり合い、さらに腹が立ってきた。
と、その時、
「あっ、噂をすれば」
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