59 届けたい想い


 告白する事が決まれば、作戦会議だ。


「私がおびき寄せるから。目の前に来たら、理玖はすぐ告るのよ」


 瑞季が誘き寄せてくれるらしい。倉科さんはカウンターで縮こまって、顔だけひょっこりと出して、隠れている。彼女を誘き寄せるのはかなり無理があると思うが……。


 すると、瑞季が呼び鈴を押した。しかし、来たのは明るい店員さんの方だった。


「はーい。ご注文は何に致しますか?」


「アイスコーヒーを一つ」


「かしこまりました!」


 店員が去った後、瑞季が一言。


「やっぱ、ダメみたいね」


 いや、普通失敗するだろ。瑞季がこんな安直な考えをするなんて意外だった。


 またもや、瑞季は懲りずに呼び鈴を押した。何度やっても同じだと思うけど。


「ご注文は?」


「ソーダのソフトクリームを一つ」


 増え続ける予感しかしない。このままでいくと、テーブルに商品が埋め尽くすぞ。だが、瑞季は冷めた表情で食べ続ける。


「確率おかしくない?」


「確かにな」


 すると、今度は強行突破な行動に出る。


「すみませーん、倉科さんを呼んできてもらえませんか?」


「すみません、倉科は現在、レジで忙しくて注文を聞きにいけない状況なんです」


 えー。

 これは会計を済まさないといけないのか? 帰るしかない?

 倉科さんは今からレジ打ちを始めた。どう見てもわざとらしい。


「帰る? どうする?」


「帰らない。もっとゆったりと告白したい。帰り際急いでなんて嫌だ。それに今の彼女の行動はどう考えても、その場しのぎだろ。だから、レジ打ちから他の仕事に変わるかもしれない」


 担当する仕事が変わる可能性は充分あった。

 数分待って、瑞季とお喋りをしているとパンの在庫管理に倉科さんが移った。


「今がチャンスよ!」


 俺は急いで、倉科さんのいる場所へと駆けていった。買うパンを悩んでいるふりして。


「あ、あのっ、倉科さ――」


 スタタタタ。


「倉科さん!」


 スタタタ。


「倉科さん! オススメのパンは……」


 倉科さんは観念したのか、やっと接客してくれた。


「いらっ、しゃいませー。美味しいパンは如何……、如何ですかっ? 今はっ、さつまいもパンと栗かぼちゃパンとスイートポテトがオススメですっ。限定商品も多数あるので、是非この機会にお買い上げ下、ひゃいっ」


 倉科さんは噛みながらも、ちゃんと接客してくれた。すごく緊張しているだろう。声で分かる。彼女からすれば、フラれた相手の接客なんて本当は嫌だろう。でも、仕事だから割りきらないといけない。彼女は頑張った。


「君のことが……好、スイートポテトってパンじゃないんですか? お値段は……」


 倉科さんは(君のことがスイートポテトって何?)という怪訝な顔をしている。

 それでも冷静さを取り繕う。


「スイートポテトは今月出来た新商品でパンではありません。値段は390円ですっ」


「分かりました。テイクアウトでも店で食べてもOKですか?」


「はいっ」


 俺はスイートポテトを買った。倉科さんに告白は出来なかった。そして、瑞季の元へ……。


「スイートポテトが買えた」


「はぁ」

「あんた、告白する気ないでしょ」


「あるよ! だって、『君のことが……す』まで言えたもん! いざその瞬間になると誰だって言えなくなるもんだろ」


「まあいいけど、閉店時間まで残り30分よ」


 ええぇええ……! それ先に言えよ。確かに外は暗くなっていた。30分以内に告白出来るだろうか。というか、するんだ。


 ***

 倉科side


 一条くんと瑞季ちゃんがずっと居座ってる。今までで最長時間な気がする。

 さっきから、私のこと見てる。誘き寄せようとしてる。それも真剣な目付きで。何が目的なんだろう……。

 さっきの接客緊張したなぁ。一条くん相手なんて。めっちゃ気まずい。それに君のことがスイートポテトって何? 全然分かんない。本当に謎めいている。

 今度、呼び鈴鳴ったら私が注文承ろう。いつまでも逃げてちゃダメだ。


 ***


 瑞季が呼び鈴を押した。これで、笑っても泣いても最後だ。


 誰が来るか……と思うと、倉科さんが来た。


 ここで告白するしか無い。理玖にとって瑞季の前で告白するのは、気が引けて恥ずかしかった。

 でも折角、彼女が来てくれたんだ。勇気を振り絞って。何故今まで、隠れて避けていたのかは分からないけれど。


「ご注文は……何ですかっ?」


「…………」


 理玖は深く息を吸って吐いた。心臓がバクバクと鼓動を鳴らす。深呼吸したのに、まともに息が出来ない。


「注文は……ありません。強いて言うなら、貴方です。貴方を注文したいです」


(何言ってるの?)と呆れ返る瑞季。


 あまりにもクサイセリフだったかな、と自分でも思う。


 倉科さんは「ふえっ!」と声を裏返した。


「……倉科さん、ずっと前から好きでした。俺と付き合って下さい」


 頭を深く深く下げた。顔はゆでダコのように熱を帯び、耳まで真っ赤だった。理玖は今までで一番、真剣だった。


 ずっと前から抱き続けていた想い。届けたかったこの想い。やっと口にする事が出来た。


 気になる返事は……?


「……」


 倉科さんは一度深呼吸をして、両手で持っていたトレイを下ろした。彼女は顔を滅茶苦茶真っ赤にして、ふるふると首を振っていた。


(私は一条くんが好きで、一条くんはパン屋の店員の私が好きで……。なんだ、そういう事だったんだ)


 世界は案外、狭かった。このおかしな三角関係(?)が生まれて、それに振り回されて、お互いそれに気づかなくて。私があんなに傷ついてたのが、馬鹿みたいに思えてきた。


(一条くん、私のこと、好きだったんじゃん)


「最初に言います。私は貴方のことがまだ、好きではありません。客と店員ですから。でも……付き合えないわけではありません。きっと付き合ってたら、そのうち好きになれると思うので。なので、付き合うには色々と確かめたい事があるので、質問に答えて下さいませんか?」


 嘘を吐いてしまった倉科さん。しかも、回りくどい言い方で。


 理玖は「分かりました」と頷いた。付き合えないわけではない、という事に希望が見えてきたようで、理玖の表情がぱあぁ、と晴れた。


「私なんて、いつもオドオドしてて、地味で、接客も下手で……何の魅力も無いです。一条さんはそんな私のどこが好きなんですか?」


 ごくり、と唾を飲み込む。倉科さんの好きな所を考えるのに、そう時間はかからなかった。


「ズバッと言うなら全部です。頑張ってる君を見てると応援したくなるし、顔も好きだし、性格も良いと思います。地味っていう言い方が悪いだけで、言い換えると飾らないってことですよね。そんな飾らない君が好きなんです。キラキラ輝いてる人より、飾らずにありのままでいて、陰にいる人の方がタイプなんです」


「ふ、ふえっ! あわわあわわ」


 倉科さんは驚いた声を上げると、そのまま地面にしゃがみ込んでしまった。顔を両手で覆って。


「倉科さんっ! 、大丈夫ですか?」


 慌てて彼女の背中を擦る。


「あ、あまりにも褒められ過ぎて……(死にそう)」


「ほどほどにしてあげなよ。倉科さん、可哀想じゃん」と瑞季。


「だって、質問に答えてって言うから……」


「そうですよね。仕切り直していきましょう!」と倉科さんが立ち上がった。


 もうとっくのとうに、閉店時間は過ぎていた。辺りはもう真っ暗。他の店員さんたちは気を遣って、店から追い出さないようにしてくれている。感謝だ。


(私、一条くんからの質問の答えに耐えられるかな……キュン死しそう……でも頑張るんだ)


 倉科さんはギリギリの精神を保って、踏ん張っていた。


「いつから、私のことを意識し始めたんですか?」


「君がバイトを始めた時からかな。最初は一目惚れでした。こんなに可愛くて、理想の人がこんな所にいるなんて、って思いました。君がキョドりながらも頑張ってる姿を見るとほのぼのするんですよね。パンが好きなのもあるけど、毎日、君に会う為にこのパン屋に通ってたんです。高一の頃からずっと」


(そんな前から……! 私に会う為にお店に来てくれてたなんて、嬉しい。でも、少し恥ずかしい)


「そうなんですか。私のことをずっと……好きで……いてくれて……うぅっ。ありがとう、ございますっ!」


 死にそうになりながらも、倉科さんは何とか言えた。面と向かってお礼をいうのは恥ずかしい。


「私と付き合ったら、どこか行きたい所とかあるんですか?」


「んー遊園地とか水族館とか猫カフェとか」


「私も、です」


 いつになく正直な倉科さん。だが、数秒後自分が言った言葉に気づいたようだ。また、うずくまってしまった。頬を赤らめ、両手で顔を覆い、今度は頬をパンパン、と叩いている。


(あ~~何言ってるの、私! この馬鹿馬鹿馬鹿ぁー! 私もです? これじゃあ、本当にデートに行くみたいじゃない)


「冷静になれ、私! 冷静になれ!」


「倉科、さん? そんな頬を叩かなくても……」


「ごめんなさい、気を取り直します」


 コホン、と咳払いをし、倉科さんは言葉を続けた。


「私なんかと付き合っても、何も良い事ないですし、楽しくないですよ?」


 自信が無かった。

 私には何の取り柄もない。私と居てもつまらないだけじゃないか。楽しませる事が出来ないんじゃないのか。そう思えて仕方が無かった。私なんかが……私が一条くんの隣にいる資格なんてない。


「楽しいかどうかは俺が感じる事です。君が決める事じゃありません。きっと、倉科さんと付き合えたら、毎日が楽しいと思います」


 けれども、彼はこう言ってくれた。物凄く優しい。この人となら安心して付き合える、そう思えた。楽しいかは私じゃなくて、一条くんが決める。その通りだ。だから、一条くんに楽しいって思ってもらえるように努める事にした。


 もう一つ、気になって聞きたい事があった。


「私よりも優しくて良い人、この世界に山ほどいますよ? 本当に私でいいんですか?」


「俺の中では君が一番です。他の誰よりも君がいい」


 理玖は真っ直ぐに彼女を見る。これで全部言い切った。倉科さんが告白の返事をOKしてくれるかはまだ分からない。だから、ドキドキだった。こんなに一途な想い、他に無いだろう。


 質問が終わったので、理玖はこう告げる。


「だからっ……俺と付き合ってくれませんか?」


(そんなに言うなら……)


 倉科さんは柔らかく微笑んだ。

 そして――


「喜んで!」


 倉科さんは理玖の手を両手でぎゅっと握った。その手は柔らかくて、温かくて、小さくて、守ってあげたくなる手だった。



 ***


 俺は倉科さんと付き合う事になった。


 もう客と店員の関係じゃない。だから、キスもハグもその先も……何だって出来る。店内でイチャイチャも多分……だけど出来るだろう。


 これからも俺は毎日、ヤマシタ・ベーカリーに通おうと思う。

 美味しいパンを食べる為に――そして、彼女に会う為に。


 カウンターの奥からは、焼きたての香ばしいパンの匂いが漂ってきた。




             〈終〉




*あとがき*

最後まで読んで下さり、本当にありがとうございます。

完結出来たのも読者様のお陰です。長いあとがきは近況ノートの方に書いたので、良ければご一読下さい。






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毎日通ってるパン屋のオドオドしてる地味な店員が実は学校一の美少女だった件 しずり @sss_469m

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