43 美術館デート③


 店内に入ると、すぐに店員さんに4人席に案内された。もう既に店内は人で埋めつくされていた。このレストランは美術館の中にあり、壁で仕切られていないので、外が見られる形になっていた。美術館を歩く人、廊下、絵は見れないが日本画・洋画コーナーの入り口。見晴らしの良い場所だった。そして、大きな窓からは外の景色が見られて、陽光がレストランに射し込んでいる。

 オシャレな洋風のレストランで、椅子の座り心地も良かった。後は食事の味が美味しいかどうかだ。


 席に座り、メニュー表を眺める。大体、頼む物は決まっている。


「みんなー何頼む?」


 美桜が前屈みになりながら聞いてきた。


「俺はオムライス」

「私はグラタンでいいわ」

「僕は……」


「さっさと決めなさい!」


 美桜が蒼空の頭にチョップした。蒼空は痛がっていた。相変わらず妹は、手厳しい。


 結果、瑞季がグラタン、美桜がナポリタン、蒼空がペペロンチーノ、最後に俺はオムライスを頼んだ。料理が届くのが待ち遠しい。


 春の暖かい空気が肌に伝わる。心地よい。店内の涼しい空調とマッチして、眠くなってきそうだ。


「こら、そこ寝ない!」


 いてっ。

 何でそんな美桜は不機嫌なんだ。待ってる間くらい寝てもいいだろ。


「待ってる間くらい寝させて」


「んー、分かった。でもだって、理玖お兄ちゃん寝相悪いんだもん」


 そういう理由なんだ。なるほど。

 それは俺も少し悪い。


 俺が伸ばした手を引っ込め、起きると隣に座る瑞季が何か言いたそうにノートを隠し持っていた。横を見るとテーブルの下からチラッとノートが見える。いつになくそわそわしている瑞季。


 俺が声を掛けようとしたその時。


「あ、あのっ。待ち時間暇だったら私の落選した絵でも見る? 別に強制じゃないし見なくてもいいけど」


「見たい!」


 次々と見たい、という声が相次ぎ、瑞季は目を見開き驚いていた。


「え――見ても面白い事なんて何もないわよ」


「それでも見たい。瑞季は見てほしくてそう言ったんだろ?」


「そ、それはまあ……」


 全く。ツンデレというかクーデレなんだから。

 瑞季は頬を赤くし、ポリポリと掻いた。そういう姿が可愛い、と思ってしまう。


 そして瑞季はノートを開いてみせた。


「お~」


 感嘆が上がる。


 その絵は森の中に一人の美しい少女がいて、その周りに動物達が集まっている絵だった。何とも愉快で楽しそうだった。絵の中に入りたいくらいだ。鳥がさえずっているのが分かる。それは鳥の囀りが絵の中から聞こえてくるように感じた。それくらい瑞季の絵は圧巻だった。何故この絵が落ちてしまったのだろう。そんな疑問が浮かぶくらいに。

 その絵はシャーペンで書かれていて、多分下書きとかラフ的な物だと思う。それでも充分凄かった。線が一つ一つ繊細に丁寧に書かれて、細部にまで拘っているのがよく分かる。というか高校生でここまで書ける事自体凄い事なんだけど。


「あっ、こっちも……」


(やっぱいいや。そっちが先で……)


 何か小声でボソボソ言ってるが、小さすぎて聞こえない。

 瑞季はスマホを取り出した。


「瑞季? どうかしたのか?」


「あー絵の具で色塗った完成版も写真に納めてるんだけど見る?」


 何故そっちを先に見せてくれなかったんだ。


「見る」


 一同、瑞季のスマホを覗き込む。


 だが、その時バッドなタイミングで店員さんが料理を運んできてくれた。


「お客様ーご注文の品ですー」


「は、はい」


 食べ物が運ばれてきた。俺はジュースを飲み、再度瑞季のスマホ画面を覗き込んだ。ちょっと間が入ってしまったから、絵を見る気持ちが冷めてしまった。


 また皆、画面を見だしたのだが瑞季はグラタンを食べたそうにしている。あまり乗り気ではない。


「早く食べたいんだけど。冷めちゃう」


「ちょっと待って」


 瑞季の絵の具の絵の感想を言う。


「んー」


 蒼空が唸り声を出す。


「これはこれで良いんじゃない? 沢山動物がいて楽しそうで。でも……」


 美桜がそう言った。でも、の後が気になる。


 絵の具の色が混ざってるとか、色使いが間違ってるとか、雑だとか、そういう基本的なミスは犯してない。ただ、少し引っ掛かる箇所があった。


「すごく良く描けてると思う。だけど、明るい楽しいはずの絵なのに使ってる絵の具が寒色系で暗い絵に見える。絵のストーリー性の部分は明るいのに、暗い絵になってる。言ってる意味分かるか?」


「ええ」

「でも、敢えて暗い色にしたの。夜の森の中を描きたかったから」


「……それでも」


「何?」


「いや、何でも。一応聞くが絵のタイトルは?」


「森の動物じゅうにん


「そうか、ありがとう」


 タイトル的には差し支えない。


 でも、少女の表情が無表情なのもどうかと思う。それに……。


「なあ、少女に表情を持たせたらどうなんだ? 無表情はちょっと。笑顔とか驚いた顔とか悲しそうな顔でも何でもいい」


「それは私も分かってたわよ。でも、途中で気づいたけど締め切り近くて直せなかった。下書き通りに描く事に必死だった。だから、しょうがないのよ!」


 瑞季は頭に血が昇り、怒っていた。悔しさも滲んでいる。


「少女に楽器とか持たせるのもアリな気がする」


 俺はあまり瑞季の発言を聞いてなかった。怒ってる瑞季の声は怖いから。


「理玖……うるさい」


「まあまあ、瑞季お姉ちゃんも頑張ったんだし、そこまで言わなくても……」と美桜が口を挟んだ。


 美桜の言う通りだ。少し言いすぎた。だけど、瑞季の落選の原因はやっぱり絵の具の塗りやその他諸々な気がする。今更原因探ししたって意味は勿論無いんだけれど。

 また瑞季と喧嘩して修復したはずの赤い糸がぷっつり切れた音がした。


 しばらくは無言のまま、料理を食べた。美味しいはずの料理の味が色々あって美味しく感じられない。一方、美桜と蒼空は茶番劇を繰り広げている。


「あのねえ、パスタはナポリタンの方が美味しいの!」


「ペペロンチーノの方がオシャレで響きもよくて、女性の髪みたいな麺だからするするいける」


「するするいけるって何? 気持ち悪いんだけど。表現の仕方が変態のそれで引くわー」


「美桜、トマトソース口に付いてるよ」


「あ、逃げた。理玖お兄ちゃんも何か言ってあげて」


「喧嘩はやめよう」


「そっちこそ」


「瑞季お姉ちゃん、山と海どっちが好き?」


 いきなり美桜は瑞季に話を振った。これが何を意味するのか分からない。


「海かな」


「動物園と水族館は?」


 本当は「理玖お兄ちゃんとデート行くなら」と付け加えるつもりだったが、美桜は躊躇った。


「水族館」


「やっぱりー?」


「犬と猫なら?」


「断然猫!」


 どれも即答だったが、これが一番即答だった。迷いなくて尊敬する。恋愛に関してもキッパリ断りそうだもんな、瑞季は。瑞季の表情は現実逃避されたようで、影はなかった。


「猫飼わないの?」


「飼えないの。マンションで親も許可してくれないから。小学校の頃からそういう話してたよね、懐かしい」


「うん、私も! そっかー」


 美桜は瑞季と理玖を話とかで関わらせちゃダメだ、と悟った。今はバチバチしてて、ちょっと話しただけで喧嘩になる。瑞季は美桜と話してる時は元気だし、普通にしている。


「でも、友達が飼ってて今度遊びに行きたいなーって思ってる」


「友達? 理玖お兄ちゃんは飼ってないよ?」


「違う。女の子の友達。新しく出来たの」


「おめでとーやっぱり? 瑞季お姉ちゃん、雰囲気変わったもんねー。何かあると思ってたんだよ、実は」


「うん」


 瑞季は嬉しそうだった。俺がいなければ、彼女はいつも通りなんだろうな。



 食事が終わった。

 パスタを食べてた二人は食感がよくて美味しいと言っていたし、瑞季は絵を見られてたせいで冷めちゃったけど、美味しかったと言っていた。俺の食べてたオムライスは卵もライスも美味しくて、最高だった。ここの店は一流だ。


「さて、行きますか」


 感情の無い平坦なトーンで瑞季が言った。それについていくように俺たちも続いた。

 今度は陶芸、書道、工芸品のコーナーを回る。


 まずは書道から。

 ダイナミックに一文字を書いている作品もあったし、綺麗な文字で漢詩を書いている作品もあった。中には綺麗な字だけれど、達筆過ぎて読めない物もあった。書道コーナーも学びになるなあ、と俺は思っていた。


 そんな中、瑞季が四字熟語を見て呟いた。


「皆、一期一会とか千載一遇とか三寒四温とか平和だわ。人類滅亡とか無いのかしら」


 なんか物騒なこと、言ってるー!


「普通無いだろ」


「人類滅亡とか書道で書いたら本当に呪われて滅亡するのかしら。興味深い」


「怖いこと言うなよ(泣)」


「暴飲暴食とか倉科ちゃんにぴったりな四字熟語じゃない? そう思わない?」


「いない人の陰口は言うな」


 確かに。そうは思ったが。暴飲暴食じゃないもん! 私には似合わないよ……とか倉科さん言いそう。普段の清楚な彼女とは似つかわしくない。だが、俺らは彼女の素の部分を知っている。そういう彼女も勿論可愛い。


「絶体絶命と人類滅亡と暴飲暴食と焼肉定食はあって欲しかった。私が書いて応募すればよかったわ」


「絶対、審査通らないから!」


 俺は断言する。通ったら逆に怖い。魔の美術館に生まれ変わるに違いない。


 気づけば俺は瑞季と仲良く(?)喋っていた。いつもこうなのだ。いつの間にか関係が修復してたり、はたまた喧嘩したりの繰り返し。きちんと「ごめん」って謝って仲直りした記憶は一度も無い。

 美桜と蒼空は早歩きでさっさとどこかに行ってしまった。もうお土産コーナーに着いたのだろうか。まあ、電話でいつでも呼び出せるし、いいんだけど。


 そんな調子で次のコーナーへと向かった。





 ***

 2万PVありがとうございます!


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る