41 美術館デート①


 さっきまで冬休みだったはずなのに、気づけば春休み。せわしく三学期は過ぎた。修学旅行に行ったり、雪合戦をしたり、節分や雛祭りも楽しんだ。一番嫌な思い出だったのが、勉強合宿だ。それも一週間前のこと。違う県に行って、起床→勉強→テスト→勉強→就寝の日々。食事、睡眠、風呂等の基本的な活動以外は全て勉強。いくら受験の為だったとしても、俺にとっては地獄だった。そんな地獄を少しでも楽にする為に家からゲームを持ってきて、夜な夜なゲームしてたのは内緒。

 桜はまだ咲いてないが、家々の庭にちらほら梅の花がまだ残っている。雪はもう解けてしまっている。まだ少し寒さを感じる季節。だけど、もうすぐ春がやって来る。俺はすごく楽しみだった。

 4月からは高校三年生だ。あっという間に過ぎて、気づいたら大学生になってるのでは? と思う。時の流れは早いものだ。


 そんなゆったりと春休みを過ごしていた俺。ガバッとベッドから起き上がり、時間を確認する。午前10時。すごく遅起きだ。ふと、枕元に置いていたスマホに通知ランプが付いている事に気づく。まあ朝だから通知ランプくらい当たり前だよな。

 メッセージを確認すると倉科さんと瑞季に新着メッセージがあった。まずは倉科さんから確認する。酷いとか言うなよ?

 彼女からはおはようメールと今、卵焼き作ってるとの事だった。卵焼きの写真も添えられていて、とても美味しそうだった。

 瑞季のはいつものおふざけとウザ会話だろうな、と思って眠気まなこで見てみるとどうやら違った。


『美術館デートしない?』


 へっ? デート?

 それに何で美術館なんだろう……前、言ってたコンクールと何か関係があるのだろうか。


『デート? 美術館じゃなくても遊園地とか水族館とかじゃダメなのか? まあ俺は全然美術館でもいいけど』


 息抜きに二人きりで出掛けたいという事だろう。


『美術館じゃないとダメ。デートっていう言い方も悪かったわ。遊びに行きましょって意味』


『まあ別にいいけど』


『えっ? いいの!? 不意討ちでキスしちゃうかもしれないよ』 


『しねーよ』

『ちょっ。おい。こんなにキススタンプと絵文字送ってくるなよ。キモいって!』


 瑞季はキスのスタンプと唇の絵文字をしつこいくらいに連投してきた。消すの大変だからやめてほしい。


『そういえば、あんたとは一度もキスした事なかったわね』


『当たり前だろ』


『どうかこの際に』


『やらねーよ』


『倉科ちゃんとはもうキスしたの? 連絡先交換したらしいけど』


 何で知って――そうか、倉科さんと瑞季、連絡先交換したんだ。おめでとう。この前のバイト先に来た事、言わないでくれてたらいいけど。


『まだ付き合ってもない』


『あっそう。つまんねーな。ちっ』


 瑞季の言葉遣いが汚くなってる気がするのですが。しかも舌打ちまで。人の恋愛事情につまらないとか言うのやめてくれませんか?


『話は逸れたけど、美術館デート、明日か明後日行きましょう。日本展覧会集合で』


 話が逸れたのは瑞季のせいだろ。ていうか、駅集合とかじゃないんだな。

 今日は日曜日。となると、月・火(祝日)という事になる。話し合いの結果、人の少なそうな月曜日に決まった。スケジュールが慌ただしい。


『ああ。それと美桜みお蒼空そらも誘っていいか?』


『別にいいわよ』


 それが冗談だということに俺は気づいていなかった。この文で普通は冗談だと気づかない。



 一条家夕食時。

 海外出張に行っている父さんを除いて、家族が食卓に集まった。

 食卓には美味しいメニューが並べられている。食事は基本、妹が作っている。俺も作れなくはない。


「あのさ、明日瑞季と美術館行く事になったんだけど、行きたい人いるかー?」


「えっ。瑞季お姉ちゃんと? 良かったじゃん! お赤飯買ってきてあげよっか?」


「だからいつも言ってるが、そういう意味じゃない。めでたくも何でもないから」


「えっ、それってデートじゃないか? 僕も二人で行った方がいいと思う」


 兄さんまでこう言う始末だ。皆、家族は俺と瑞季がそういう仲だとずっと思っている。何度説明しても変わる事はない。


「瑞季も来てもいいって言ってるし、美術館巡り楽しもうよ。久しぶりに瑞季と会ってみたくないか?」


「そんなに言うなら僕は行く。明日なら大学無いし」

「じゃあ、私も行こうかなー。瑞季お姉ちゃんに聞きたい事、いっぱいあるし」

「お母さんは邪魔したくないし、遠慮するわ。……うふふ」


 こうして、兄の蒼空と妹の美桜も一緒に行く事となった。それより、母さんのうふふが怖いんだけど。ストーカーとかしないよね!?



 翌日。

 俺と美桜と蒼空は電車に揺られていた。


『美術館の場所、分かる?』


『うん。マップあるから平気』


 俺はスマホを終始いじっていた。妹と兄はうとうとと眠っている。正しくは、寝ているふりをしている。まだ、妹と兄が来る事を伝えてはいない。匂わせてはいたが。


 美術館の最寄り駅に着くと、蒼空が「瑞季に会うの久しぶりだな」と小さな声で呟いた。俺の耳にもすとん、と入ってきた。


 そうして、美術館に着いた。

 美術館には大きなモニュメントがあり、祝日は明日なのに人で溢れていた。中に入るとエントランスで佇む瑞季をすぐに見つけた。

 瑞季の服装は白い長袖のワイシャツに黒いパンツ、そして黒いスニーカーだった。肩からはトートバッグを提げている。


「瑞季」


 そう声を掛けると瑞季と目が合った。


「「久しぶり」」と兄妹も挨拶して、手を振った。


 瑞季も手を振り返した。――瞬間、瑞季ははっ、と目を大きく見開いた。蒼空と美桜の存在に気づくと。


「何で……何で……どうして……」


「えっ、瑞季?」


「この……バカっ!」


 瑞季は走り去ってしまった。

 そのまま女子トイレへと逃げ込んでしまったようだ。


「美桜、瑞季を連れ戻してきてくれないか?」


「分かった」


 数十分後、瑞季は帰ってきた。


「デートって言ったじゃない。二人きりを希望してたのに。何で二人を連れて来ちゃったのよ」


 そんな泣き言を言いながら。


「だってメールで誘っていいって言ってたじゃん」


「あれは冗談よ」


「冗談だったのか!? 冗談なら冗談らしく言えって」


 あれはどう考えても冗談という風に聞こえなかった。


「それはそうとて、瑞季も大人っぽくなったなー。中学生の頃の瑞季も美少女だったけど、今の瑞季も美しくて僕は好きだよ。どんな瑞季も好きだ。こんな僕と一緒に踊ろ――」


「瑞季お姉ちゃん口説くなら、他でやって。瑞季お姉ちゃんはお兄ちゃんとくっつくんだから。邪魔」


「実の兄に向かって邪魔とはなんだ。いくら僕が醜くても言い方ってもんがあるだろ。ほら、理玖を見習えって」


「醜いって自覚はあったんだ」


 妹の毒舌ツンデレ具合に蒼空は白目を剥いて、口をぽっかり開けていた。


 見習えと兄は言っていたが、俺は大人しく立っているように見えて実は二人の茶番劇に呆れて呆然と立っているだけだ。早く美術館を回りたい。


「それじゃあ、美術館を見て回ろうか」


「ちょっと待って。先に皆に伝えたい事があるの」


「――ここには私の絵は飾られていない」


「えっ」


 瑞季が美術館主催の絵画コンクールに応募した絵。それが落選してしまったのだ。勉強する時間を削ってまで必死で描いていた。瑞季は頑張った。でも、選ばれなかった。瑞季が一番悔しいだろう。だから今はそっとしておこうと思った。

 因みに美術部の活動とは何ら関係もない。

 てっきり、瑞季の絵が展示されている前提で来たが、普通は美術館に友達の絵など展示されてないのが普通だろう。


「瑞季は頑張った。次があるって。それでも美術館に誘ってくれてありがとな」


「そうね」


 瑞季の声は低く、沈んでいた。けれども、瑞季はそこまでへこんでいるようには見えなかった。


「瑞季の絵、見てみたかったなー」と蒼空。


「ごめんなさいね、見せられなくて。けど――」


 そこで瑞季は口をつぐんだ。


「けど?」


「何でもない。後でのお楽しみ」


 こうして、ショックな事もあったが、四人での美術館巡りが始まった。


「迷子になるといけないから、手を繋ごうか、瑞季」


 そう言って蒼空は瑞季の手に軽く触れる。


「コラ、蒼空お兄ちゃん。変な事しないの! 瑞季お姉ちゃんの手を繋いでいいのは理玖お兄ちゃんだけなんだから!」


「俺だって繋がねーよ」


「繋いであげてよ」


「「嫌だねっ」」


 俺と瑞季の声が重なった。

 双方にとって不利益だ。


「こいつの肌に触れるとムカデが這ったようにぞわぞわするのよね」


「ひどっ。俺も瑞季の手は冷たいから嫌だな」


 今日も至っていつも通りだ。美術館には賑やかな声が溢れ出す。





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