38 期末テスト


 とうとうこの日がやって来た。期末テスト当日。今日から帰るのは早いが、地獄のようなテストが毎日続く。パン屋や図書室で彼女らと勉強した成果が出るか、勝負である。

 雪は今もしとしとと降っており、肌寒い。テスト中、手が悴んで書けなくならなければいいが。


 そんなテスト前だというのに、教科書を衝立ついたてにして全方位を隠し、謎な行動をしている幼馴染み――佐渡瑞季の姿が視界に入る。声を掛けたらいいのか分からないので、俺は英単語帳をひたすら読んでいるが、何も進展が無い。というか多分絵を描いているのだろうが、気になって仕方がないので声を掛けてみる。


「なあ、瑞季、さっきから何してるんだ?」


「絵を描いてるの。見て分からない?」


 いや、肝心の絵が隠されてて見えないのですが。


「誰にも見られたくない、以外の情報入ってこねーよ。教科書でバリアする必要ないだろ」


 教科書で絵を隠したら、暗くて描けないんじゃなかろうか。見られたくないのは分かるが。


「関係者以外には見られてはいけない絵なの」


「だったら学校に持ってくるなよ」


「〆切は間近!」


「そうか」


 もう瑞季事情はよく分からないので曖昧に返す。


「あーテストやだー」


「一緒に頑張ろうね、一条くん!」


 その一言でHPが回復して、パワーがみなぎってきた気がする。倉科さんというとあの日の寝言が印象に残ってる。本人は自覚無いし、そもそも記憶にすら無いと思うけど俺にとっては、彼女といるとドキドキするし、以前より意識してしまう。もっと触れていたいって思ってしまう。このテスト前にそんな事考えちゃいけないよな。分かってる。

 テストで集中出来る気がしない。


 HRが終わり、いよいよテスト。

 HRが終わった直後、瑞季にこんな事を言われた。


「消しゴム落とさないようにね」


 何でだ? 意味深発言に戸惑いが隠せない。それにより、何でコンクールに参加するって言ってくれなかったのか、という疑問さえ頭に浮かんでしまった。まずい。テストに集中出来る気がしない。最近の瑞季は謎過ぎる。考えるな、自分。


 テストが始まった。


 わかんねー。そういう時は窓を眺めよう。窓見るのってカンニングにならないよね? 俺、普通に何度も窓を眺める癖、あるんだけど。


 窓を眺め終わり、テスト用紙を見る。


 あ! これって瑞季が言ってた高揚じゃないか? 分かった気がする。サンキュー、瑞季。


 その後もスラスラかは分からないが、黙々と問題を解いた。


 多分、50点はいった気がする。分からない問題もあったが、分かる問題はケアレスミスなく、丁寧に解けたと思う。補習、追試だけは何としてでも避けたい。そのせいで大事な冬休みが奪われてしまう。


 テストが終わった。


「どう? スラスラ解けた?」


「まあな。瑞季のお陰で」


「それは……嬉しい」


 今日の瑞季、意味深で素直ってどういう事だよ。様子がおかしい。


「全教科70点越えたら、フランスパン奢るからね」


 ここでもフランスパン持ってくるのかよ。


「まあ越えないと思うから。いいです」


「少しは頑張りなさいよ」


 そんなこんなで今日のテストが終わった。テストは3日間続く。テスト期間中も復習と予習を極め、何とか頑張った。


 ――そして、3日が過ぎた。


 今日は待ちに待った答案返却日。


 テストの結果が楽しみで教室内がざわついている。


「テストまじでヤバいんだけどーずっと寝てたわ」

「それな」

「80点越えればいい方だよね」


 80点!?

 意識高すぎやしませんか。


 ぼーっと女子三人組を眺めていると。


「そういうあんたはどうなのよ」


「へっ?」


 いきなりの不意討ちに頓狂な声を上げてしまう。


「いやーフランスパン食べれる70点越えればいいなーって。多分、実際は50点台」


「自信は?」


「無いです……」


 すると、教室のドアから倉科さんが現れた。


「おはよう、一条くん、瑞季ちゃん」


「「おはよう」」


 手をひらひらと振る倉科さん。いつ見ても所作に華があるなあ、と感心する。

 倉科さんは席に着いて、やる事を済ませると俺たちの方に来た。陰キャボッチ軍団の近くに学校一の美少女が来ていいものなのか。周囲の人々もざわめき始めた。


「あの女神様がボッチ軍団の方に行ったぞ」

「最近何かと一条と距離近いよね」

「佐渡さんなんてこの前、ボッチ卒業したもんね」

「何かあるのかしら」


 周囲の人々は好き勝手言い合う。倉科さんはそれだけ注目を集めているんだ。クラス代表的な存在。生徒会長でもあるもんな。


「一条くん、テストどうだった?」


「何とか倉科さんと瑞季のお陰で頑張れたよ」


「そう。それは良かった」


 そう言って、彼女は明るく笑った。


「倉科ちゃん、私負けないから」


「負けないって何が?」


「テストの点数よ」


「私も負けない。頑張る」


「今頑張っても遅くない?」


「うるさいわね」


 お願いだから俺の前でバチバチしないでほしい。今回は瑞季が悪い。


「あとは結果を待つだけだね」


 その言葉でドキドキしてきた。



「それでは名前呼ばれたら取りにきて下さい」


 いよいよ、その時がやって来た。高鳴る鼓動を抑えるのに必死だ。窓の外を見ても何も変わらないのに、現実逃避でつい見てしまう。手を組んだり、組み直したりを繰り返す。


「安藤」


 次だ。


「一条」


「はい!」


 あ、やらかした。皆、返事なんていちいちしないのに、してしまった。究極に恥ずかしい。

 ぷっ、と瑞季が吹き出す。

 後で覚えてろよ。


 英語は71点だった。ギリフランスパン圏内だ。待って、フランスパン圏内って何?


「全教科70点以上って言ったから。油断しないこと」


 何でそんなに怒ってるんだよ。口調が強い。


「一条くんすごいじゃない。応援してるね」


 にしてはって失礼じゃない? 、倉科さん。瑞季、何か吹き込んだか。


 因みに倉科さんと瑞季の結果は倉科さん100点で瑞季98点だった。どっちも凄い。


「まだ他の教科残ってるもん」


 瑞季が怒ってた原因はそれか。拗ねてしまって子供みたいだ。


 全ての教科が返されて、俺の主要教科の点数はこうだった。現代文85点、古文79点、数学69点、理科58点、日本史76点、世界史82点、英語71点だった。何とか補習は免れたが……。フランスパンが……。


「フランスパンは無しね」


「お願いだから。過去最高得点だから。どうか、頼む」


「うーん。じゃあ、半分だけあげる。でも、私今、すごく機嫌が悪いの」


 それは見ていれば分かる。倉科さんに負けて悔しいのだろう。

 倉科さんと瑞季の五教科の総合得点は倉科さんが482点で瑞季が469点だった。二人とも凄いのだが、二人は自分が凄い事を認めない。もっと上を目指せるとばかり、思ってる。


「瑞季ちゃん、次があるよ。充分頑張ったよ、一条くんも」


 二人は俺の事など眼中にないだろう。

 でも、そう言ってくれるのが嬉しい。


「ごめん、倉科ちゃんの顔も見たくない」


 きっと瑞季はトイレで泣くのだろう。悔しいから。昔から負けず嫌いな奴なんだ。恋愛においても勉強においてもスポーツにおいても。


 でも、悔しくても倉科さんと瑞季の友達関係に亀裂が入るのは避けたかった。そんな二人を見ていたくなかった。

 だから、俺に出来る事をした。


 翌日。

 瑞季の機嫌は昨日より良くなった。瑞季の場合、時間が解決してくれる気がする。


「二人とも一緒に帰らない?」


「いいよ」と倉科さん。


「倉科ちゃんがいるならやだ」


「そう言わずに、さ」


 結局、三人で帰る事になった。


「テストお疲れ様ー」


「お疲れ様」


 皆、テンション低いな。


「瑞季はさ、倉科さんのことを何だと思ってるの?」


「人間」


「そういう事じゃなくて……」


「え、倉科ちゃんって人間じゃないの!?」


「人間だよ」と倉科さんが微笑む。


 話が逸れた。


「倉科さんは瑞季にとって競争相手じゃなくて、友達なんじゃないの? 友達だったら勝ち負けとか関係ないじゃん」


 はっ、と瑞季の目が動く。


「そりゃあ、まあ友達だけど」


「だったらテスト結果なんて気にするなよ」


「気にしちゃうんだから仕方ないじゃない。私は常に一番でいたいの。前回より悪い結果だったし……何がいけなかったの!」


「何もいけなくないよ。勉強頑張ってたし。常に一番は無理。上には上がいるし、下には下がいる。だから諦めろ。俺はテスト結果なんて気にした事がない。ただ、イラストレーターになる夢だけは諦めないでほしい」


 瑞季の大きな瞳に涙がじんわりと浮かぶ。


「そんなんだから留年するんでしょ。でも、ありがと。なんか嬉しい。そうだよね、テスト結果でいちいち気にしてたら、生きていけないよね。イラストレーターになれるよう、頑張る。倉科ちゃん、勝手にライバル意識してごめん、許して」


「うん。でも、競うのも楽しいから次も一緒に頑張ろう」


 瑞季は笑顔で頷いた。介入はしたけど、ギクシャクしてた関係が元通りになって良かった、と安堵する。


「それでな、最新のゲームソフト買ったんだよ、俺。テストが終わったら遊ぼうと思ってて、楽しみ。冬休み、遊び尽くすぞ!」


「良かったわね」


 瑞季の目が死んでる。絶対他人事だ。


 今日も今日とて、いつも通りの日常だった。こんな平穏がいつまでも続けばいいのに、と思う。ずっと高校生でいたい。それは願う事は出来ても叶わぬ現実だ。


「冬休み三人で何処か遊びに行かない?」と倉科さんが提案する。


「私はイラスト沢山書かなきゃいけないから無理」


「俺はカフェのバイトで忙しい」


「そっかー残念」


 三人で遊びにはいけなかった。また別の機会だ。



 二学期最後の終業式の日。

 学校一の美少女――倉科さんにこんな事を告げられた。


「ねえ、一条くん。連絡先交換しない?」


 俺の日常が非日常に変わったような気配がした。どうやら、聞き間違いではないらしい。



*あとがき*

次の目標はフォロー300、星100、PV2万です。皆様、ご評価、ご閲覧にご協力下さい_(..)_





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