31 お化け屋敷
「改めてパンの屋台の手伝い、お疲れ様ー!」
華がそのように仕切った。見ての通り、皆疲れてヘトヘトだ。華はオレンジジュースを持ち上げて、皆のコップと乾杯した。
「お疲れ様。華と凛はあんまり疲れてなさそうだけど」
「というか何で瑞季ちゃん、拡声器であんな事言ってたの?」
「瑞季、また変な事したのか!?」
「何でもないない」
手を横に振って、
ここで瑞季へのおしおきが決まったのだった。
俺と倉科さんも少し遅れていたが、半分くらいは食べ終えた所だ。
「メロンパンって周りがサクサクで美味しいのよねー」
「分かるー」
倉科さんはパンのチラシを配る時に誤って自分の好きなパン――メロンパンを口にしてしまったのだ。そのくらい好きなんだろう。
「塩クロワッサンも塩が丁度良いしょっぱさで美味しいよ」
皆、パンの感想をそれぞれ言っていた。ここの屋台のパンは美味しいと。でも、俺は正直ヤマシタ・ベーカリーのパンの方が美味しく感じられた。ここの皆を連れて行きたいくらいだ。
「パン、美味しかったね」
ようやく食べ終えた。
焼きそばとさつまいもパンを全員で分け合った。どちらも美味しかった。何故屋台の焼きそばとかたこ焼きとかが、こんなに美味しいのか分からない。どれも屋台でしか味わえない味なのだ。
倉科さんは一人でハッシュドポテトを頬を膨らませて食べていた。リスみたいで可愛い。
残るはたこ焼きだ。
倉科さんは黙々とたこ焼きを沢山食べている。たこ焼きは8個しかない。
「一条くんは食べないの?」
「うん」
少し怪訝そうな顔をしている倉科さん。
4つ目を食べ終えた所で俺はこう指示した。
「倉科さん、口開けて」
「ふぇっ!?」
不意討ちだったのか素直に彼女は口を開けた。
そのまま彼女の口にたこ焼きを突っ込んだ。しかも辛子付きの。
「辛い辛い辛い。うわぁー。酷いよぉ、一条くんっ」
急いで倉科さんに水の入ったコップを渡した。
「一条くんのいじわる。許さないからね!」
「あはは。少しからかってみたくて」
彼女の慌ててる姿や怒ってる姿や泣き顔も可愛い。そんな一面も見たくてそうしたのだ。前より彼女が色々な姿を見せてくれるようになった、そんな気がする。心を開いてくれた証だと思うとちょっぴり嬉しかった。
ちょっと自分はドSになってしまったのかもしれない。瑞季と似てきただろうか。
「瑞季ちゃんなら分かるけど」
「それ失礼じゃない? 倉科ちゃん」
「一条くん、あーん」
俺も彼女にあーん、される。
だが、反応の無い俺に倉科さんは焦っていた。きっと辛子入りだと思ったのだろう。それからも俺は彼女にあーんされまくった。されたいから問題はない。
「え? あれ?」
「辛子はさっきのにしか入ってないよ」
「どうやって入れたの!?」
「秘密🖤」
彼女は終始むすーっとしていた。
今度瑞季にもおしおきとして辛子入りたこ焼きをプレゼントする事に決めた。
「それで、これからどこ回る予定なの?」
「まだ決めてない」と俺は言った。
「え? 皆で回るんじゃないの?」
「違うに決まってるでしょ、倉科ちゃん。私たちは午前中観た劇が面白かったから、午後の部の違う劇観る予定」
「じゃあ、そろそろ解散しよっか」
「えー、一条くん信用ならないよー」
どうやら先ほどの事で不信感を与えてしまったらしい。
そうして瑞季たちとはまた別れた。今度はどこを回ろうか。
パンフレットを広げて見てみる。沢山あってごちゃごちゃしてて、分かりづらい。もう屋台では遊びまくったしな。外は止めて、校舎内で遊ぶ事にした。といっても瑞季たちの行く劇は二人きりになれないから無しだ。特に劇が見たい気持ちも無かったし。
「倉科さん、ヨーヨーとか金魚すくいとか興味無いもんね」
「どうせ、私に水かけて濡れた私を嘲笑うんでしょ」
彼女の人間不振が強化されてる!?
そんな警戒しなくていいのに。
「しないよ、そんなこと。本当にさっきはごめんね」
倉科さんにはいじめられた過去があるのだ。その事を俺は当然ながら知らない。
あまり彼女の気が晴れない。
「お化け屋敷にする?」
「えー怖い。やっぱり一条くんのいじわる」
「実は俺も怖いんだ。お化け屋敷、皆で歩けば怖くない」
「怖いよぅ!」
お化け屋敷のある2-2の教室前に移動した。もうお化け屋敷に行くのは確定なのだ。
看板にも黒い紙に赤い文字で『お化け屋敷・桐ノ宮』と書かれていた。怖そうに見えない可愛いお化けのイラストも書かれていた。
そして、教室から行列が続いていて2-4組辺りまでその列は続いていた。俺と倉科さんは最後尾に並んだ。開いている教室から見えたのは一面真っ黒な布とお化け屋敷を運営する女子生徒だけだった。
「怖いよ、一条くん。もう戻ろう」
倉科さんは俺の腕をがっしりと
倉科さんは腕を抱きしめたまま。俺は彼女の大きな胸が当たり、ドキドキする。密着すればする程、むにゅりと柔らかな感触が増し、平常心が保てなくなってくる。
まもなく俺たちの番だ。
「倉科さん、大丈夫だから。俺と一緒だから呪われる事はないよ」
俺は優しく倉科さんの丸くて小さな頭を撫でた。綺麗な黒髪が艶めいている。
「……ありがとう、一条、くん。一条くんと一緒なら何も怖くない」
彼女は自分に言い聞かせてるようだった。
お化け屋敷の中に入っても腕は彼女に掴まれたままなのか? 怖いというよりドキドキする。
「さあ、次の方ー」
呼ばれたから中に入った。女子生徒に「この3つの水晶玉をエリアにある3つの紫色の座布団に置いて下さい」と言われた。どうやらそれがミッションらしい。頑張るか。
「倉科さん、ミッション頑張ろうね!」
「う、うん!」
そうしてお化け屋敷の中に入った。照明の無い薄暗い部屋。前が何も見えない黒い布。ぼんやりと照らされたオレンジ色の灯り。恐怖を演出するには充分過ぎる演出だった。
「こ、怖いよー」
前方の右側から
「キャー」
倉科さんの甲高い悲鳴。倉科さんは俺の腕の抱擁を解き、俺の肩を掴んで背中に顔を埋めた。相当怖いのだろう。
「もう無理、もう無理!」
「多分、後ろから来ると思うよ」
そして後ろからゾンビみたいなのが倉科さんの肩と首に触れた。
「ゴギャアアァ」
そんな気味の悪い声と共に。
「キャー。何で? 何で? 何で私を襲うの!」
倉科さんは腰を抜かして、しゃがみ込んでしまった。
「ほら、手を貸すよ」
彼女に手を差し伸べた。彼女は柔らかい手でぎゅっと握ってくれた。
「この手は離さないから。手を繋いでいれば怖くないから」
そう励ました。
「うん。一条くんの手を握ってると安心する」
(暗がりだから誰にも見えないよね。恥ずかしくないよね)と倉科さんは思った。
「もう水晶玉置く場所近づいてきたよ」
目の前の一つ目の座布団に水晶玉を置いた。
「あと2つ」
倉科さんは少し安心したようだ。暗がりでも笑顔になっているのが想像出来た。
先に進めば進む程、お化けの数が減ってきてる気がする。最後にお化けが凝縮されているのか? 最後が一番怖い的な。
今度はこんにゃくが顔に来た。きっとお化け屋敷担当の生徒が横から手を出して、こんにゃくを当てているのだろう。
「ひやあっ!」
倉科さんは気持ち悪そうにしていた。
「何? 気持ち悪い」
「ただのこんにゃくだって」
「うぅっ……」
泣き声を漏らしながらも順調に二つ目の水晶玉を置く座布団に水晶玉を置けた。もうすぐラストスパートだ。
三つ目の座布団が見えた時、彼女はこんな事を呟いた。
「私、もっと安心したい」
「え――」
「私、怖いの。だから……も、もっと手を繋いで欲しいの!」
そう叫び、倉科さんは指を絡ませた。俺も彼女の要望に応える為にすんなり絡ませた。彼女のひんやりと冷たい細い指が感触として伝わってくる。それはとても気持ちよかった。
両サイドからお化けが出てきたが、彼女は悲鳴一つ上げなかった。多分、手を繋いだ事で恐怖が和らいだのだろう。でも彼女の悲鳴も可愛いからずっと聞いていたかった、という気持ちもあった。
三つ目の座布団に水晶玉を置こうとした時、倉科さんはこう言った。
「絶対、水晶玉を置く時、前からお化け出てくるよね?」
「どうだろうね」
「曖昧な返事しないでよっ! 怖いよ」
水晶玉をそろりと置く。
すると、前から血の涙を流し、口が裂けた黒髪ロングのお化けが出てきた。
「「ギャー!!」」
このお化け屋敷史上、最も怖かった。出てくると分かっていたのに怖かった。心の準備も意味を成さない事もあるんだ、とこの時初めて知った。
お化け屋敷を出た。
倉科さんの目は赤かった。目には涙を浮かべていた。
「怖かったね」
「う、うん」
「次どこ回る? ――って夕方か」
気づけば夕日が昇っていた。入室前に出来ていた長蛇の列も今では3人くらいしか並んでいない。相当、ゆっくりお化け屋敷を楽しんでいたんだろう。過ぎていく時間に気づかなかった。
「もう帰ろっか」
「そうだね」
今頃、瑞季たちはどこにいるのだろうか。劇はとっくに終わっていて、帰路を歩いているのかな。そういえば今日は一緒に帰るか、話し合っていなかった。まずい! と思ったが、時既に遅し。今日は倉科さんと二人で帰っていいのかな。
下駄箱で靴を履き替え、昇降口を抜け、草が生い茂るグラウンドに着いた。そういえば文化祭一日目、ここでシャボン玉で遊んだっけ。懐かしいなー。楽しい時間はすぐに過ぎる。今では良い思い出だ。文化祭、思う存分楽しめた!
晴れているグラウンドは気持ちが良い。文化祭両日、晴れで良かったと心から思う。
あ!
心地よい太陽に当たっていたら、重大な事に気づいた。
倉科さんと恋人繋ぎしたまんまじゃん! 皆に見られてる……!
「倉科さん、手、離そうか」
「え?」
何で? という顔をしている。倉科さんは顔を真っ赤にし、頭をふるふると振った。緊張からか手は小刻みに震えているのが分かった。
「ずっとこのまま、……この手を繋いでいたい。ダメ、かな?」
沈黙が流れる。
この沈黙がつらくて逃げたくなった。歩こうと前に進もうとしても、彼女に引っ張られ、前に進めない。逃げようとする俺を逃がさないと告げているかのように。
諦めて俺はこう言った。
「倉科さんが恥ずかしくないならいいよ」
(恥ずかしくないよ、一条くんとだもん)
彼女は蚊の鳴くような声でそう呟いた。当然、俺には聞こえない。
「何か言ったか?」
「な、何も?」
倉科さんははぐらかした。
俺は倉科さんと校門前まで来て、そこで立ち止まった。
「文化祭、楽しかったね」
そこには堂々と看板が飾られている。
色々あった。彼女の知らない顔が沢山見れた。ボッチだった俺にとっては考えられないくらい幸せで楽しい文化祭になった。
「うん、本当に楽しかった。ありがとう、一条くん」
倉科さんはニコリと微笑み、夕日に照らされて彼女の顔は美しく煌めいた。その笑顔を見れるだけで、嬉しい気持ちになれる。もしかしたら彼女は魔法使いなのかもしれない。
最後に記念撮影だけして、それから帰り道を歩いた。
「来年も倉科さんと二人で回れたらいいな」
「来年も!? 瑞季ちゃんはいいの?」
彼女は俺の発言に喜んで驚いている様子。
「瑞季はあれでいいんだよ。友達できて幸せそうだし」
「そ、そっか」
倉科さんは頬をポリポリと掻いた。
「この手、いつまで繋いでればいいの?」
「繋いでたいだけ」
「え?」
「冗談。またね、倉科さん」
じゃあね、と彼女は手を振り返した。
彼女に握られていた左手は離してからずっと、寂しかった。
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