28 彼女の絵


 こんな風にして劇やら巨大迷路やらで遊びまくり、充実した文化祭を送った。休憩を経て、俺達はまた校舎前へと戻った。オレンジジュースを飲んだら一気に疲労が和らいだ。皆もポカリやらカルピスやらを飲み、休憩していた。


「次はどこ回る?」


「そうねぇ……屋台でもぶらぶらすれば良くない?」


 そうして、屋台を見て回る事に決まった。どの屋台も行列が出来ている。ワッフルとか美味しそうだなあ。同時にどこからかポップコーンやたい焼きの香ばしい匂いもしてくる。本当に文化祭は食が重視されてるよな。


 俺が食べ物の事でボーッとしていると、瑞季が横から口を挟む。


「今、食べ物の事考えてたでしょ。そんなん言っても買ってあげないわよ」


「食べ物の事なら倉科さんでしょ」


「倉科ちゃん!?」


「あー、うー」


 彼女はゆでダコのように顔を赤くし、指をもじもじさせ、俯いた。昨日、食べまくった事を恥じているのだろう。「一条くん、それ言わないで」という顔をしている。


 今度は三人組の男子の方を見つめていると、またも瑞季から辛辣な言葉が出た。


「何、男子の方見てるの。そんなに羨ましいなら、まざってくればいいじゃない」


「それが出来たら苦労しねーよ」


 瑞季は困ったような掴み所の無い表情をしていた。


 しばらくしたら、物作りのコーナーにやって来た。写真立てにコースター、折り紙、バルーンアートなど。持って帰れる大きさだし、お土産になる。それに目を付けた華が声を上げた。


「ねえ、これ良くない? バルーンアートしようよ」


 その華の提案により、バルーンアートをする事になった。簡単に手軽に出来るし、持ち運びも便利。持って帰ったら部屋などに飾れるだろう。ただ一つ問題がある。割れたら怖い。


 倉科さんはバルーンアート出来るのだろうか。

 彼女を怖がらせないように気を配ろうとする俺だった。


「私、うさぎやりたいー」と倉科さん。

「あたしはねこかな」と華。

 凛はぞうをやりたいと言った。

「私はいぬでいいや」と瑞季。

 最後に俺は「じゃあ俺はぱんだやるわ」と言った。


「ぱんだ難しくない?」


「二色だよね」


 大丈夫、これでも俺経験者だし、上級者だから。


「何気に凛のぞうも難しそうだよね」


「頑張ってみる!」と凛は奮闘していた。


 まずは色を選ぶ所から。

 俺は必然的に白と黒だが、他の皆は違うだろう。


「ねこって何色だろう」


「ねこなら黄色でいいんじゃない?」と瑞季。


「やっぱりそうだよね」


 最終結論が出たようだ。


 ぞうは水色、いぬは茶色に決まった。

 残るは倉科さんのうさぎだ。


「ううーどうしよう……」


「うさぎなら薄ピンクじゃない?」


 相変わらず色選びのチョイスが上手い。瑞季は。


「薄ピンクある?」


「あるよ!」


 うさぎで薄ピンク。可愛らしいうさぎが想像できる。きっと彼女はピンクか白で迷ったのだろう。


 色のついたバルーンの色が決まった所で早速作業に取りかかる。


 バルーンを膨らましていた。ここでは肺活量が必要になってくる。俺と瑞季は難なく膨らませたのだが……。残りの三人が膨らませられなかった。


「凛、華ー、貸して」


「息が切れそう。もうダメ、死ぬ」


 瑞季に二人はバルーンを渡し、彼女に膨らませてもらった。軽くちょちょいのちょいでバルーンは膨らんだ。これって間接キスじゃない? と思ったが、女子同士だからさほど問題はない。


 残るは倉科さん。俺が膨らませてあげようかとも思ったが、意識してしまう。


「理玖、膨らませてあげて」


「え、でも……」


 瑞季にヘルプを求めるが、全然聞いてくれない。


 倉科さんは頬を最大限膨らませて、顔が酸欠なのか赤くなっている。必死な姿が可愛らしかった。多分、膨らませ方の根本が間違っている。


「倉科さん、か、貸して……」


 彼女はバルーンを恐る恐る俺に渡した。

 俺はバルーンを口に咥えようとしたのだが、バルーンを膨らませるという単純な行動が出来なかった。


 やっぱ無理……。どうしても手が震えてしまう。咥えようとするとすぐに躊躇ってしまう。


「どうしたの? 一条くん。膨らませてくれないの?」


 彼女は窺うように顔を覗きこむ。

 俺は目を逸らした。


「ごめん、無理だ。瑞季、お願い」


「仕方ない。私がやってあげますか」


 そうのたまうと瑞季は倉科さんのバルーンを膨らませた。何だか倉科さんと俺は納得のいかない様子。膨らませてあげれば良かったなどという後悔はもう遅い。


 すると倉科さんからこんな呟きが聞こえた。


「昨日は間接キスくらいしてくれたのに……」


「え? え?」


「か、間接、キス!?」


 聞こえないようで若干大きかった彼女の呟きは皆の耳に聞こえてしまった。周囲の人々は驚き、たじろぐ。


「あ……」


 彼女は放心状態になっていた。


 そして、我に返り、

「間接キスなんてしてないよ! してないから! な、何でもない。今の忘れて」と叫んだ。


「はーい」


 全員嘘丸出しの無機質な声で返事した。


 そして、冷静を欠いた状態でバルーンをねじる作業に移行した。


「皆、紙見ながらね」


 紙というのは作る物ごとに手順が書いてある説明書みたいな紙である。


「割れたらどうしようっ……」


 そう声を震わせて不安の声を上げるのは凛だ。


「私も」


 倉科さんも賛同する。


 最初が中々踏み出せない二人を他所に三人は作業を黙々と進める。しばらくすると凛も負けじと追い付いてきた。ぞうはかなり難しいのだ。


「倉科ちゃん、割れないから大丈夫だよ。ほら」


 瑞季がうさぎをねじって見せた。


「ほんとだ」


 何でも出来そうな彼女だが、こうやって出来ない事もあるのが、可愛いというか微笑ましい。何でも出来ちゃうと敷居が高くて近づき難い。だからこれくらいが丁度いい。


「このくらいかな? もう少し右?」


 バルーンアートは距離配分も重要になってくる。

 かなり難関ゾーンに入ってきたから瑞季や俺も手助けする。


 そんな事もあり、バルーンアートが完成した。


「やったー完成した!」


 難しい俺のぱんだや凛のぞうも手助けもあり、無事に問題なく、完成した。

 瑞季なんていぬ簡単すぎだから、もう一つ作りたいとか言う始末だ。

 倉科さんのうさぎも可愛く仕上がった。この中で一番可愛いと思う。


「鞄に仕舞って割れたらどうしよう……」


「大丈夫だよ、割れないから。割れてもまた作ればいいじゃん」


 さっきから倉科さんは割れる心配ばかりしている。そんなに気にしても仕方がないのに。


「じゃ、行こっか」


 バルーンアートというお土産も作れた事だし、物作りコーナーから立ち去った。


「可愛いっ。部屋飾りたい」


 倉科さんのテンションは少し高めだ。うさぎよりそう言う倉科さんの方が可愛いよ、と思うのだが口には出さない。これは俺だけの秘密だ。


「そうだねー私も部屋飾る」


「理玖くん、よく二色のぱんだ作れたよね。すごいよ」と凛が言った。


「すごい、ですかね? 凛さんだって難しいぞう作れてすごいじゃないですか」


「いやいや。って何で敬語なの?」


 俺にだって分かりません。謎です。というかそこはツッコまないで下さい、お願いですから。


「じゃ、次どこ行く?」


「私のイラスト見に来てよ。……なんか恥ずかしいけど」


「あ! そうそう。瑞季ちゃんのイラスト見に行くって約束だった! 是非見に行きたい!」


 倉科さんはパンフレットを指差す。イラスト展は3-2と3-3と書いてある。瑞季が教えたのは2組だけだったが。


「それならそこで決定ね! 瑞季ちゃんのイラスト楽しみだなー」


「ねえ、イラスト展ってさ、イラストだけなの? 美術部だから陶芸品とか彫刻とかあったりする?」


「あるよ。楽しみにしてて」


 そうして一行は校舎の三階へと辿り着いた。かなり校舎は広くて、6組まである。3-2周辺の廊下を見て、目を見はった。

 そこには色鉛筆で描かれた絵と美術部新聞という物があった。その色鉛筆で描かれた絵というのが、写真みたいで上手くてびっくりした。色鉛筆でここまで描けるものなのか、と。

 美術部新聞の名前の所に瑞季の名前があるのか探したが見当たらなかった。残念。


 中に入ると案内人の女の子と『美術部イラスト展』という看板が姿を現した。


 3-2の教室に入ると鉛筆で描かれたであろう人物画が見えた。

 輪郭から髪の繊細さ、顔、身体の描写など、全てが完璧であった。ちゃんと人間の特徴を捉えていて、上手かった。瑞季が描いたのは男性でクールな感じであった為、瑞季はこういう男性が好みなのかと考えるに至ったが、多分違うだろう。


 続いて彫刻のコーナーへ向かった。

 瑞季の作品は猫の彫刻だった。木製で可愛らしい物だった。触るのが禁止なのが惜しく、思わず背中を撫でたくなった。猫がちゃんと彫られていて、きっと制作期間長かっただろうなあ、と予想してみる。華や凛は可愛い~と言葉を溢していた。


 書道や陶芸品を見終わり、3-3の教室に向かおうとした。因みに書道や陶芸品に瑞季の作品は無かった。


「今度の作品はもっとすごいから。覚悟しておいて」


 そう瑞季は向かう前に付け加えた。


 3-3の教室に入った途端、声が出せなかった。


「なっ……!」


 そこには大きな鯨のイラスト。油絵で描かれていた。これはかなりスケールが大きい。黒板全面に使い、黒板は白い布に覆われて、その上にこの油絵があった。


 群青色の鯨の周りには白や金色の光が染められていた。鯨もかなり大きく、立体的で迫力のある作品だ。これは一人では作れないだろう。そう思っていると瑞季が、「これ、美術部全員で描いた共同作品なの。美術部員の本気よ」と言った。


「おお、さすがだな」


 タイトルは『星の鯨』。ファンタジー感溢れる幻想的な油絵だった。まるで鯨に幻想世界に誘われ、自分がそこに入っているかのよう。鯨が優雅に泳いでいる。黒板が海になるように。

 完璧な作品だった。美術部員の集大成だ。


 これで全部の作品は見終わった。どの作品も素晴らしかった。勿論、瑞季が描いた作品全ての写真を撮った。だから、いつでも見られる。振り返る事も可能だ。


「あー見終わっちゃったね、どれも良かった」


「瑞季ちゃん、やっぱりすごいよ」


「最後の鯨の油絵、思わず目を奪われちゃった」


 このようにそれぞれ感想を述べた。

 感想を述べながら教室を出たのだが、何故か華と凛の二人は手を振っている。何故だろう。


「瑞季ちゃん、こっち」


 そう指示され、瑞季は二人の方に寄った。


 倉科さんは目を点にさせている。


「じゃあうちらとはここで別れよう。じゃあね、また会おう」


 そう凛、華、瑞季の三人は手を振ってくれた。二人きりにさせてくれた気遣いに心から感謝した。


「倉科さん、行こっか」


「うん」


 瑞季から「お幸せに」という言葉が聞こえた気がするが、聞き流した。


 いつも思うんだが、何で「お幸せに」なんだ? 意味深だし、煽ってるようにしか聞こえない。





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